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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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838.「物は大事に」

 ゲオルグ――(いな)、ヨハンの口にした言葉に、当然ながらわたしは首を(かし)げた。


 ゾラが戦争に参加するのは既定路線(きていろせん)であり、つまり彼の(ひき)いる『緋色(ひいろ)の月』も同じ運命をたどる。それをヨハンは一切合切承知(しょうち)しており、(くつがえ)すつもりがないってこと?


 ……それじゃ、交渉失敗となにも変わらないじゃないか。


「ヨハン」


 呼びかけると、シャオグイやハックが怪訝(けげん)そうに首を傾げるのが視界の(はし)に映った。『ヨハン』という名は彼らにとって馴染(なじ)みのないものなのだろう。


「なんでしょうか、お嬢さん」と、ヨハンはゆったりとこちらへ振り返る。人間の状態でもなかなかどうして表情の読めない男ではあったが、黒山羊と()した今は、なおさらなにを考えているのか分からない。


「……あなたは、ゾラが血族(けつぞく)と組んで戦争に参加することを止めないわけね?」


「ええ。既定路線ですから」


 じゃあなんのためにここまでやって来たのだ。そう言おうとしたのだけれど、ヨハンは口を(はさ)(すき)をくれなかった。


「すでにご承知のことと思いますが、ゾラさんは血族の力に由来(ゆらい)する契約を()わしています。その事実は私が保証しますよ」


 保証、か。


 ずっと気になっていたことがある。


「……あなたがゾラと契約を交わしたの?」


 すると、ヨハンは肩を(すく)めた。


「いいえ。しかし、同程度の強制力を持つ契約です。なにせ、契約相手は私の兄ですから」


 ヨハンの兄。ニコルとともに魔王討伐隊に加わった、ジーザスという名の血族。面識(めんしき)はないが話には聞いている。


 ヨハンの血縁者(けつえんしゃ)なら、『契約の力』を使えるのは不思議ではない。


 契約について考えているうちに、うなじのあたりに(しび)れるような感覚を得た。


 わたしがヨハンと交わした契約――魔王とニコルを倒すために協力すること。目的が達成されれば彼は『世界の半分』を報酬として受け取る――は、もし不履行(ふりこう)となった場合には命を奪う代物(しろもの)である。たとえばわたしが本心から魔王とニコルの討伐を諦めればその時点で絶命する。報酬を渡さなかった場合も同様だ。ヨハンもまた、同じ条件下にある。


 ゾラの契約がヨハンのそれと同じ強制力を持っているのなら、確かに、既定路線と言って差し(つか)えない。が、それはあくまでもゾラが自分の命を(かたく)なに守るのなら、だ。


「でも、契約は絶対じゃないわ。命を投げ出す覚悟があれば破棄(はき)も出来る」


 ……ゾラがこちらを(にら)んでいるのは、とっくに気付いている。まったく、おぞましいまでに憎悪の(こも)った視線だ。ヨハンに対してはそれほど露骨(ろこつ)な目付きをしなかったというのに。


 とはいえ、怖気(おじけ)づく場面ではない。多少の危険があろうとも言葉にしなければ伝わらないではないか。


「ここで交渉決裂になれば、『灰銀(はいぎん)の太陽』と『緋色の月』は戦いを再開するわ。さっきハックも言ったけど、最終的に『緋色の月』が生き残ったとして、充分な人員にはならないはずよ。戦争で全滅する可能性のほうが高いんじゃないかしら。わたしの知る限り、人間だってそう甘くはないもの」


 決戦に備えて活動する友人たちの顔を思い浮かべる。彼らは必死だ。どこまでも必死だ。


 すでに一度、王都は危機を経験している。なにがあろうとも死に物狂いで戦うだろう。彼らも、わたしも。


「自分の命と引き替えに『緋色の月』のメンバーの命を救う決断をするのは、不可能じゃないはずよ。ルドベキアの(おさ)として、仲間の命を最優先すべきじゃないかしら」


 自分がひどいことを口走っている自覚はある。だけれど、(こと)はすでに『誰の命も平等に救う』なんていう段階を過ぎてしまっている。『灰銀の太陽』も『緋色の月』も、相応(そうおう)の死傷者が出ているのだ。そしてゾラの決断ひとつで、今後彼らがさらに命を()り減らすかどうかが決まる。


「お嬢さん、貴方(あなた)の言い(ぶん)はごもっともです」


 しかし、とヨハンは人さし(ゆび)をピンと立てて続ける。


「戦争参加はゾラさんにとって――いえ、獣人をはじめとするすべての他種族にとって、聖域を確保するために必要な手段でもあります」


「……どういうこと?」


「ゾラさんの視点に立てば、(こと)は単純です。これから『黒の血族』は徒党(ととう)を組んで人間を殲滅(せんめつ)しようとする。彼らの力は絶大ですから、グレキランスは壊滅すると読むのは妥当(だとう)でしょうなぁ。にもかかわらず、戦争に参加せず樹海に引き籠っていたとしましょう。人間の土地を支配した血族は、ほどなくこの地に足を伸ばすはずです。特に夜会卿(やかいきょう)依然(いぜん)として他種族に興味津々(きょうみしんしん)ですからね」


 夜会卿が他種族を愛玩物(あいがんぶつ)として(あつか)っているのは事実だ。ごく最近、キージーが話してくれたばかりだから。


「現状、夜会卿はこの地に手を出しづらいのですよ。なにせ、彼の支配する街と樹海との(あいだ)には『毒色原野(どくいろげんや)』が広がっていますから。……もしグレキランスを一部でも彼が()べるとなれば、樹海への道に致命的(ちめいてき)脅威(きょうい)はありません。せいぜい道のりが長く(けわ)しいくらいでしょうな。その程度、障害でもなんでもないわけです」


「つまり」(さえぎ)って、わたしはゾラを横目に見る。彼は顔面を苛立(いらだ)ちでいっぱいにしていた。「戦争に出ることと引き替えに、正式に自分たちの安全圏(あんぜんけん)を確保したいってわけ?」


「ええ、そうです。なので、事はゾラさんの命だけの問題ではないのですよ。自分自身の命を投げ出すことで、最終的に亡くなる獣人が減るのなら、ゾラさんは迷わず自死(じし)を選ぶでしょうな。しかし、戦争に参加しなかった場合に起こるリスクを(かんが)みれば、失われる命は減るどころか増え、なかには死ぬよりも恐ろしい目に()う者も出るときた。お嬢さん。ゾラさんを擁護(ようご)するわけではありませんが、彼は目先の利益ではなく、今後訪れる未来のために必要な行動をして――」


 なにかが鋭く、ヨハンの(ほお)のあたりを過ぎ去った。そして室内に、ガシャン、と物の(くだ)け散る音が響き渡る。


 咄嗟(とっさ)にゾラを見ると、彼は今しもなにか(・・・)を投げた姿勢のまま、じっとヨハンを凝視(ぎょうし)していた。先ほどよりもずっと不快感の籠った眼差(まなざ)しである。


「知ったふうな口を()くな」


 低く、(うな)るような声。一音一音に噛み殺すような威圧が(ふく)まれている。


 まずいかも、と思ったわたしをよそに、ヨハンは平然と返した。


「これはこれは……大事な宝物(ほうもつ)を壊すなんて貴方らしくない」


 逆さまの(さかずき)を尻に敷いている奴が言っていい言葉じゃないと思うけど、もちろん、口を挟む気にはなれなかった。


 一触即発(いっしょくそくはつ)の空気が室内に流れている。


「大事だと? 馬鹿な。もはやここにあるのはガラクタだ。なんの価値もない。なんの価値も生まれなかった代物(しろもの)だ」


「でしょうねぇ。交易(こうえき)()る素晴らしい品々なのですが、いやはや、勿体(もったい)ないことです。仮に戦勝したとしても、血族と獣人にはなんの交流もないでしょうから、交易も()まれるはずがないですからなぁ」


 ゾラとヨハンを視界に収めて、サーベルの(つか)()れる。なにかあればいつでも動けるように。


 そうした臨戦(りんせん)態勢を取りながらも、ふと、疑問が頭を(おお)った。


 そういえば、ここにある財宝の数々は奇妙としか思えない。彼ら獣人の生活において、特別価値のあるものではないのだ。


 それなのに、ルドベキアの中心である『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』――その玉座に、宝物が山を()しているのは何事(なにごと)か。


 単なる権威(けんい)象徴(しょうちょう)ではないことだけは確かだった。その証拠に、ゾラは金品で自分自身を着飾ってはない。


「まあ、物は大事に(あつか)ったほうがいいですよ。これは極めて現実的な忠告です。今は無意味に思えても、将来価値が生まれるかもしれないですからね。それも、遠くない将来に」


「それはどういう意味だ。答えろ、メフィスト」


 ヨハンはゾラの疑問には答えることなく、「さて、本題に戻りましょう」と話を戻した。


「戦争の参加可否(かひ)については、私も異論ありません。問題は貴方がたの戦場での振る舞い(・・・・)です」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ゲオルグ』→『黒山羊族(バフォメット)』なる、黒山羊に似た獣人。黒のタキシードに白手袋、黒革の靴といった出で立ち。言葉を発することが出来ないらしく、文字の魔術を用いてコミュニケーションを図る。『灰銀の太陽』と『緋色の月』の両方を救うと豪語している。詳しくは『809.「不動の黒山羊」』『810.「語る金文字」』『821.「怒りと使命を掌に」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。『夜会卿』に仕えている。『黒の血族』と人間のハーフ


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』にて


・『キージー』→『骨の揺り(カッコー)』の長老。かつて夜会卿のもとで使用人をしていたが、リフとともに追放された。詳しくは『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『ヨハンとの契約』→ヨハンの持つ血族の力を使い、彼とクロエが交わした契約。魔王とニコルを討伐する目的で共同戦線を張るというもの。契約期間は存在せず、明確に不履行の意志を示した場合には生命が失われる。契約はクロエを通して、彼女の仲間にも伝染していく。ヨハンの受け取る報酬は世界の半分。本来の目的に付随して『クロエの仲間が目的を達成した場合にも報酬を払うこと』『明確な主従関係はないものとする』『仮にヨハンが死んだとしても、その代理人に対して報酬の支払い義務が発生する』という三点の条件がある。詳しくは『270.「契約」』『272.「賭け」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『毒色(どくいろ)原野(げんや)』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』→獣人たちの中央集落『ルドベキア』の中心にある宮殿。玉座には財宝が大量に集められている。歴代酋長が使用する私室や、浴場、ゲストルームが存在する。全体に魔術除けが施されており、魔術を一切通さない。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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