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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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836.「世界一真摯で冷静で、情熱的な」

 紫の着物姿の(あで)やかな女性、シャオグイ。(ひたい)()えた一本角と、肌を()うような黒い縄模様の(あざ)を持つ『オーガ』という他種族だ。


 彼女の横には、(きん)ボタンでぴっちりと前を留めた剣士、エーテルワース。頭には羽飾りのついた帽子を乗せ、いかにも『戦う紳士(しんし)(ぜん)としているがれっきとした獣人――キツネ族である。


 彼らの後ろに(ひか)えているのは、山羊(やぎ)によく似た黒山羊族(バフォメット)という(しゅ)の獣人、ゲオルグ。どこで仕立てたのか知らないが、それなりに(しつ)の高いタキシードをまとっており、(うず)を巻くように(ゆが)んだ二本角や(まぎ)れもない山羊顔と絶妙なアンバランスさを(かも)し出している。


 なんで彼らがここに来たのか、さっぱり分からない。そもそもシャオグイは表面上『緋色(ひいろ)の月』のメンバーだし、エーテルワースはいわば獣人最大の裏切り者として認知されているし、ゲオルグに(いた)っては今までどこにいたの、って感じだ。なんにせよ混乱したわたしは、三人の奇妙な取り合わせを処理することが出来ず、ただただ唖然(あぜん)としてしまった。


貴様(きさま)ら……なにをしに来た」


 ぞわり、と背筋(せすじ)に冷たいものを感じて振り返ると、一瞬呼吸が止まってしまった。ゾラの顔には明らかに怒りがあったし、まとった雰囲気は暴力以上のもの――殺意を感じた。


「なにって、おしゃべりしに来たんどす。こんにちはぁ、お山の大将はん」


 シャオグイはつくづくとんでもない女性だと思う。こんな表情のゾラを前にして平気で軽口を叩けるんだから。それとも、ゾラを(しの)ぐほどの力が自分にあるとでも思っているのかも。……いやいや、まさか。


「む。貴殿(きでん)がゾラ殿(どの)か」スタスタと、エーテルワースがわたしの横を通り抜ける。そしてゾラの二メートル先で足を止めた。「吾輩(わがはい)はエーテルワース。かつて人間――トムとともに樹海を()ったキツネ族の者だ」


「……樹海を捨てて人間側についた裏切り者か。罪を清算しに来たのか?」


「違う。(だん)じて違う。トムはそもそも、獣人と人間の和解(わかい)を望んでいた。吾輩も彼の(こころざし)に打たれたまでのことだ。それに……なんというかここは……」エーテルワースはあたりを見回す。その瞳は絢爛豪華(けんらんごうか)な光を反射して、しっとりと(きら)めいていた。「人間が見れば喜びそうなものばかりだ」


「……なにが言いたい? (こと)次第(しだい)によっては今すぐ殺してやる」


 すると、ハックが勢いよく声を上げた。「今は交渉中です! 暴力行為は無しの約束です!」


「黙れ! 交渉などすでに決裂している! それに、闖入者(ちんにゅうしゃ)を許すなど付加条件(ふかじょうけん)にはない!」


「はいはいはいはい、喧嘩はそこまでどすぅ。怒鳴りはったらせっかくの黄金にもヒビが入ってまうわ」


「シャオグイ……貴様、『灰銀(はいぎん)』に(くみ)するのか?」


 ゾラの視線には憎悪が凝縮されていた。それを受けてもなお、シャオグイは平然としている。


「そう勘違いしはったら困りますぅ。ウチはいつだっておもろいモンの味方どすから」


「それを裏切りと言うのだ」


「あら、一本取られましたぁ。頭よろしおすなぁ、筋肉ダルマのくせに」


「ちょ、ちょっとシャオグイ!」ゆったりとわたしの横を通り抜けようとした彼女の(そで)を、思わず引いた。「なにめちゃくちゃなこと言ってるのよ。あなたはゾラを怒らせるためにここに来たの!?」


 シャオグイの瞳が、心底(しんそこ)嬉しそうに半月に(ゆが)んだ。


「あら、(ねえ)はんやないの。相変わらずぺったんこどすなぁ。可愛くてよろしおすなぁ。ウチは肩が()ってしゃあないわぁ」


 引っぱたいてやろうか、こいつ。


 いや待て、落ち着け。感情的になるな。


「あなたはなにをしにここまで来たのよ。いえ、あなたたち全員そうよ。シャオグイも、エーテルワースも、ゲオルグも」


 先ほどシャオグイは『おしゃべり』しに来たと言った。それがなにを意味しているにせよ、彼女がただただ場を引っ()き回して最悪の結末を(まね)き入れるように思えてならない。少なくとも、今のままの態度では。


「そら、真面目に答えるなら」シャオグイはこれ見よがしに胸元から鉄扇(てっせん)を取り出し、一同を見やった。「決着をつけに来たんどす」


 ……決着?


 どういうことだ。


 思わずハックを見て、ぎょっとしてしまった。彼は振り返って涙を流していたのだ。嗚咽(おえつ)することもなく、ただただぽろぽろと。表情はなぜか晴れ晴れとしている。


 ハックの視線の先にいるのは、シャオグイでもエーテルワースでも、ましてやわたしでもなく――ゲオルグだった。


 なぜ彼を見て泣くんだろう。まったくもって意味が分からない。


 そんなわたしの疑問などおかまいなしに、ゾラの声が響き渡る。


「決着だと?」


 威圧的(いあつてき)な声を放つゾラに対し、エーテルワースは少しも物怖(ものお)じせずに返した。「そうだ。吾輩が貴殿を討つ。そのために来た」


 んん?


 エーテルワースがゾラと戦う?


 わたしの視界を、紫の着物がサッと横切った。シャオグイはあっという()にエーテルワースの口を手で(ふさ)ぐ。


「む、もご。はおふい(シャオグイ)! はひをふる(なにをする)! わがはひは(吾輩は)はははうはめに(戦うために)――」


「はいはい、大人しゅうしましょおねキツネはん。アンタ、興奮してなにを口走っとるんどすかぁ? 嫌やわぁ、この子。興奮して英雄願望おもらししてもうたわぁ。堪忍(かんにん)なぁ、ゾラはん」


 さっきゾラのことを『筋肉ダルマ』だなんて罵倒(ばとう)したのに、エーテルワースの失言には焦るのか……。シャオグイのことがちっとも分からない。やっぱり場を掻き回してるだけじゃないの?


 そうこうしているうちに動きがあった。ゾラではなく、ゲオルグに。


 彼はスタスタと足を運び、ハックの正面に立った。


「貴様も、なにをしに来たというのだ。まさかこの愚劣(ぐれつ)な集団に肩入れしているのではなかろうな?」


 ゾラの目は明らかにゲオルグを()していて、言葉も彼へ向けて放たれたのだと分かった。どうしてだか、これまでとは口調が違っている。相変わらず憎悪や怒り、殺意はあるものの、それ以上に当惑(とうわく)が表に出ていたのだ。


 ゲオルグはゾラを数秒見つめたのち、視線をハックへと下げた。


 ふわり、と白手袋がハックの頭を()でる。


「あ、う……あぁ……」


 ハックの嗚咽が、ついに室内に流れた。依然(いぜん)として涙は止まる気配がない。


 やがて、ゲオルグはゆっくりと口を開いた。そうして言葉を(つむ)いだのである。金文字ではなく、()で。


「よくやりましたね、ハック。貴方(あなた)は世界一真摯(しんし)で冷静で、情熱的な少年です。貴方の力がなければ、あらゆる物事がここまでたどり着くことはなかったでしょう。立派です。お父様もきっとお喜びになると思いますよ」


 ハックは耐えきれなかったのか、ゲオルグにしがみついて慟哭(どうこく)した。十歳そこそこの少年に戻ったように。


 わたしはというと、ただただ納得していた。()が裏にいたのなら、ハックの冷静すぎる態度も(うなず)ける。


 そして、同時に怒りと(あき)れを(いだ)いてもいた。なんだか(ずる)いじゃないか、と。『骨の揺り籠(カッコー)』で会ったときに全部教えてくれても良かったのに、と。


 いつの()にか隣に来ていたシャオグイに、つんつんと肩をつつかれた。


「姉はん、なんで泣いてはるんどすかぁ?」


「泣いてない」


「いや、ぼろぼろ泣いてはりますよって」


「うるさい。泣いてない」


 泣くほど嬉しいわけがないのに、どうしてか涙が止まらない。


 でも、しょうがないじゃないか。涙腺(るいせん)がどうしたって制御出来ないんだから。


「さて」とゲオルグは、やんわりとハックを引き()がす。彼の上着には涙の(あと)がばっちり残っていた。「お久しぶりですね、ゾラさん。調子はいかがですか?」


「おかげで最悪だ、メフィストめ」


「それは結構。では、本当の交渉(・・・・・)に入りましょうか」


 ゲオルグ。


 (いな)、メフィスト。


 否、ヨハンは得意げに口角(こうかく)を上げた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ゲオルグ』→『黒山羊族(バフォメット)』なる、黒山羊に似た獣人。黒のタキシードに白手袋、黒革の靴といった出で立ち。言葉を発することが出来ないらしく、文字の魔術を用いてコミュニケーションを図る。『灰銀の太陽』と『緋色の月』の両方を救うと豪語している。詳しくは『809.「不動の黒山羊」』『810.「語る金文字」』『821.「怒りと使命を掌に」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『オーガ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族。肌に這う黒い紋様と、額の角が特徴。残酷な種族とされている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて


・『キツネ族』→獣人の一種。読んで字のごとく、キツネに似た種


・『黒山羊族(バフォメット)』→ラガニア地方(魔王の城が存在する地方)の奥地で血族とともに暮らす他種族。ゲオルグ曰く、文化的な種族とのこと。詳しくは『810.「語る金文字」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『骨の揺り籠(カッコー)』→身体的ハンデから、口減らしの目的で『異形の穴』に捨てられた獣人のうち、生き残った者たちで作り出した集落。『異形の穴』の底に存在する。詳しくは『第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」』にて

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