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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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Side Eldo.「裁きの代わりに残ったもの」

※エルド視点の三人称です。

 その夜、エルドは迷っていた。自分の身の振り方に。


 これまで先代の族長であるアルビスを(した)ってきたこと。それが、つい先日ゾラに容赦(ようしゃ)をされたことで揺らいでしまったのだ。彼は人を従わせる力を持っている。そして、正しさのために(みずか)らの力を振るうことを(いと)わない。多少の犠牲になどかまいはせず、しかし、無意味に命を奪うような真似(まね)はしない。


 グリムなる小人を手引きして、幽閉(ゆうへい)されたアルビスを自由にしたのは事実である。ならば、とエルドは考えた。


 ならば、ゾラのしもべとしての自分は罪人だ。彼に反逆しようと目論(もくろ)む者を自由にしたのだから。逆にアルビスの忠臣(ちゅうしん)であるならば、彼に従わないのは背信行為(はいしんこうい)になる。


 街のそこかしこでゾラへ反抗する者たちが(うごめ)いていた。水面下で結託(けったく)しているのだ。現に、エルドも彼らのひとりに声をかけられた。近いうちに革命が起こる、お前も乗らないか、と。エルドはその返事を保留していた。ゾラに報告することも出来たが、それすらも保留している。


 エルドは(わら)で作った硬い寝台に腰かけて、ずっと手のひらを見つめていた。厳密には、そこに乗った()せた赤の手拭(てぬぐ)いを凝視(ぎょうし)していた。


 誰に味方すべきか。そして、誰を裏切るべきか。何度も何度も(まど)いがめぐった。


 どうやら今夜は眠れそうにない。正義の()()を見つけるには、ひと晩で足りるとは思えなかった。事実彼は、ここ数日まともに眠っていない。明け方にしばしウトウトする程度である。


 自分は裁かれたがっているのかもしれない。エルドは手のなかの真っ赤な布を握りしめた。こうして迷っていることがなによりも(なさ)けなく、罪深い。それを自覚してなお迷ってしまう自分が憎くてたまらなかった。


 エルドは決して優柔不断な性格ではない。むしろ即断即決することがほとんどだった。そんな自分をよく承知(しょうち)しているからこそ、絶望的な気にもなってしまう。これまで自分は、本当の重大事(じゅうだいじ)にぶつかってこなかったのではないか、と。なんて小さく単純な生だったのだ、と。


 夜は段々と深くなっていく。じき魔物の時間に突入するだろう。そうなればルドベキアに(ひか)えた戦士たちが連中を殲滅(せんめつ)するはずだ。ルドベキアは東西南北の家々の戦士で、順番に夜間防衛を行っている。今日は北のブロックが担当だった。すでにルドベキアのあちこちで彼らは待機(たいき)していることだろう。欠伸(あくび)をしながら。


 明日になれば、とエルドはため息をつく。明日は自分のいる東ブロックが夜間防衛の担当だ。明日の晩は、魔物との戦いで迷うどころじゃなくなるだろう。いや、敵の勢力次第(しだい)ではぼんやりと考え込んでしまうかもしれないが、それでも眠れないだけの夜よりはずっとマシだ。


 そこまで考えて、エルドは首を振る。そして、内心で『情けない』と呟いた。なにが明日になれば迷いからは多少解放される、だ。迷ったまま明日を迎えるつもりみたいじゃないか。なんて愚かしい逃避だろう。


 彼は生唾(なまつば)()み、家屋(かおく)の入り口を見やった。数秒に一度、光を(たた)えた虫が入り口を横切る。あるいは家に入ってくる。


 どちらを選んでも後悔するのなら、選択を引き延ばすことこそ愚かしい。そう独白(どくはく)し、彼はひとつの賭けをした。次に入り口に現れた虫が暖色(だんしょく)ならゾラに、寒色(かんしょく)ならアルビスにつこう、と。


 彼は目を見開き、入り口を(にら)む。刻一刻(こくいっこく)と過ぎていく時間を意識する。もう自分自身で迷う必要はない。決断は天に(ゆだ)ねればいい。そうして、決まった物事を最後まで守り抜けばいい。


 虫が現れるまでの時間は、彼にとって永遠のように長かった。心臓の鼓動(こどう)がゆっくりと、自分の胸で鳴いている。呼吸さえ忘れていた。まばたきなどありえない。


 やがて、その瞬間が訪れた。彼にとっては望まないかたちで。


 いくつかの悲鳴と、猛々(たけだけ)しい咆哮(ほうこう)(あわ)ただしく駆けていく足音。それらに刺激されたのか、十数匹の虫が一斉(いっせい)に入り口に散った。赤、青、緑、黄、(だいだい)、紫……どれが最初に姿を現したかなど分からなかった。


 エルドは立ち上がり、入り口を出た。


「敵だ! 『灰銀(はいぎん)』が攻めて来たぞ!!」


 どくん、とエルドの心臓が跳ねる。まだ自分は決めていない。


 まだ決めていないのに、運命が先に訪れてしまった。それを(なげ)きかけた自分に対し、歯噛みした。奥歯がごりごりと嫌な音を立てる。それでもかまわずに力を()めた。


 自分はなにを不幸ぶっているのだ。情けない。決めるべきときが来ただけではないか。


 そう内心で叫びながら、一方で空虚(くうきょ)な気分にもなっていた。自分を鞭打つ言葉はいくらでも思い浮かぶのに、結論に(いた)ってくれるような言葉はひとつとしてない。


 エルドはふらりと表に出た。そして、覚束(おぼつか)ない足取りで(あゆ)む。誰かの足音がしたら即座(そくざ)に物陰へと隠れ、いなくなれば再び歩き出した。どこへ向かっているのかは自分でもはっきりしない。ただ、方角だけは確かだ。


黄金宮殿(ザハブ・カスル)』。


 その方角へと歩んでいる。そこにはゾラがいる。地下にはアルビスがいる。


 自分はどちらのもとへ向かいたい?


「てめぇ、そこでなにしてやがんだ」


 びくり、と情けないほどエルドの身体は震えた。振り返ると、声の(ぬし)の姿がある。それは彼も知っている獣人だった。


「返事をしやがれ、てめぇ」


緋色(ひいろ)の月』に所属する獣人のなかでも、有力な者はルドベキアへの逗留(とうりゅう)が許されている。エルドに(せま)るその獣人も、当然、逗留を許されていた。


「ど」口を開く。音が漏れる。呼吸を整える。「ドルフじゃないか」


 目の前のトナカイ族とタテガミ族のハーフは、明らかに苛立(いらだ)っていた。なにをそう怒ることがあるのだろうと不思議に思ってしまうほどに。


「おい間抜(まぬ)け。聞かれたことに答えやがれ愚図(ぐず)野郎。てめぇはここでなにしてやがんだ」


 エルドは口を開きかけて、ピタリと動きを止めた。そのまま声を出すことなく時間が過ぎていく。


「おい!!」


 ドルフは、エルドの胸倉を――胸倉の毛を(つか)んだ。


 エルドが硬直した理由は単純で、自分が口にしようとした言葉が信じがたかったからである。なぜそれが真っ先に口をついて出ようとしたのか、(じつ)のところ自分は最初から答えが分かっていたのではないか。


『アルビス様を助けに行こうとしていた』


 そう言おうとしたのだ、彼は。


 ということは、とエルドは思考を進める。自分はゾラを裏切ろうとしている。それも自覚なく。


 一度容赦された命。恩義(おんぎ)には(むく)いなければと思う自分がいる。少なくとも、ちゃんと裁かれねばならないと、エルドは清々(すがすが)しいまでの気分で確信した。


「俺はアルビス様とともにゾラを討つ。ルドベキアをもとの街に戻す」


 言って、エルドは全身に(すず)やかな風を浴びたような感覚になった。これが本心で、同時に、自分への裁きは(まぬか)れない。目の前にいるのは『緋色の月』の有力者――つまりはゾラの懐刀(ふところがたな)とも言える男で、しかも血の気が多いときた。すぐにでも八つ裂きにされるだろう。それが裁きというものだ。


「そうか」


 言って、ドルフは(きびす)を返した。


「え?」


 エルドの当惑(とうわく)に答えは返らなかった。裁きは訪れず、決断だけが残ったのである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『アルビス』→ルドベキアの元酋長。優秀な魔術師であり、多くの獣人に魔術の手ほどきをした。戦争への参加に反対したが、ゾラとの決闘に敗れ、地下に幽閉された。温和な性格であり、同じく幽閉された小人族の信頼を得ている。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『エルド』→ルドベキアに住むタテガミ族の戦士。アルビスを信奉している。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイに似た獣人。別名、鉄砕のドルフ。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』→獣人たちの中央集落『ルドベキア』の中心にある宮殿。玉座には財宝が大量に集められている。歴代酋長が使用する私室や、浴場、ゲストルームが存在する。全体に魔術除けが施されており、魔術を一切通さない。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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