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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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Side Jennie.「みっつめのお願い」

※ジェニー視点の三人称です。

 地上に降りたジェニーはなによりもまず、瓦礫(がれき)の山へと向かった。追撃がないことを理解した彼女の意識は、戦闘態勢から普段のそれへと切り替わったのである。だからこそ一目散(いちもくさん)に瓦礫へと向かい、身体の痛みをものともせずに砕けた岩をどかしていった。


 そしてクロの姿を見つけたジェニーは、張り裂けそうな意識で脈と呼吸を確認し、その両方が失われていないことを知ってほとんど泣きたいくらいに安堵(あんど)した。


 ジェニーによって地面に横たえられたクロは、目をつむったままである。気を失っていることは傍目(はため)にも明らかだった。


 そんな具合にクロのことに夢中になっていた彼女は、自分へと近付く影にまったく気が付かなかった。


「てやんでぃ」


 憤怒(ふんぬ)(こも)った甲高(かんだか)い声に気付いて、ジェニーは顔を上げた。


 隣にはいつの()にかタヌキ顔の獣人が、苦悶(くもん)の表情を浮かべて立っている。彼は自分の肩を押さえて、むっつりとクロを見下ろしていた。


「大丈夫にゃ?」


「大丈夫でぃ!」


 彼はふん、と鼻を鳴らす。心配されると強がる性格らしい。


 彼の肩は痛々しく()れ上がっている。クロに軽く殴打(おうだ)されたことが原因で。


「殺さねえのか?」


 そう()いかけるタヌキ顔に対して、ジェニーはぶんぶんと首を横に振った。


「それは駄目にゃ」


「なんででぃ! 俺たちはこいつにひどい目に()わされたんでぃ!」


「にゃあぁ……。それでも駄目にゃ」


 自分の心がみるみる(しぼ)んでいくのをジェニーは感じた。こういうときに上手く理由を説明出来ない自分を(なさ)けなく思ったのである。


 見かねたタヌキ顔が「同族だからか?」と問う。


 それが本当の理由かと言われると、ジェニーは首を(かし)げたい気持ちになった。大きく外れてはいないけれど、ぴったり一致(いっち)しているわけでもない。


「敵じゃないからにゃ」


 ぽそ、と口に出した言葉は、彼女自身、よく考えずに漏らしたものである。ただ頭に浮かんだものを率直(そっちょく)に声にしてみただけ。けれど、正鵠(せいこく)を得ていた。


「敵だろぃ!」


 憤慨(ふんがい)するタヌキ顔に、ジェニーはもう一度繰り返す。「敵じゃないんだにゃ」


 やがてタヌキ顔は(あきら)めたのか、ぼそぼそと独り言を呟いた。


「同じケットシーで、男と女……なるほどナ。……てやんでぃ。俺も理屈(りくつ)は分かるってモンだ。敵だけど敵じゃねえって言うなら、そりゃぁ、ロマンスだろぃ」


 うんうんとなにやら満足げに(うなず)くタヌキ顔を(なが)めて、ジェニーはただただ頭に疑問符を浮かべた。けれどあえて聞こうとも思わない。納得してくれたのならそれでいいのだから。


「……んっ」


 不意にクロが(うな)り、タヌキ顔がぴゅうっと風のようにジェニーの背後に回った。ひし、と彼女の服を掴み、ぷるぷると震えている。


 ジェニーはというと、そんなタヌキ顔に意識を向けている余裕なんてない。


「クロ!」


 呼びかけて、彼の肩にやんわりと()れた。


 やがて、彼の目が薄く開く。


「う、う、うにゃぁ……。にぇあぁぁぁ……。よ、よかったにゃぁ……」


 ジェニーの瞳からぽろぽろと大粒の涙が(あふ)れる。それは暖かい雫となってクロに降り(そそ)いだ。


 彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに普段の無表情に戻り、じっと横たわったままでいる。


「負けた」


 しばしの沈黙ののち、クロは小さくそう呟いた。


「そ、そうにゃ。クロの、く、く、クロ、く」


「泣くか喋るか、どっちかにしなよ」


「い、嫌だにゃ。じぇ、ジェニーは、よく、よっ、欲張りにゃから、どっちも、どっちもするにゃ」


「そう」


「よかったにゃ、ほ、本当、本当に、うぐ、えぐ、にゃあぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 ついにジェニーはクロの胸に突っ伏して、わんわんと泣き声を上げた。


 クロは何事(なにごと)か言おうとしたのか、小さく息を吸って口を開いたが、なにも言わずに閉じた。


 仰向(あおむ)けに倒れた者、その上に突っ伏して泣く者、その影に隠れて様子を見守っている者。三者の周囲を、明滅する光がゆっくりと舞い踊る。青に、緑に、(だいだい)に。色とりどりの微光(びこう)が彼らを照らし出している。


 随分(ずいぶん)と長い時間が()って、クロが呟いた。「僕は君の敵だぞ」


 それまでと同じく淡々(たんたん)とした言葉である。


 ようやく泣き止んだジェニーが、ゆっくりと身を起こす。彼女の顔は涙と鼻水でぐずぐずになっていた。


「敵じゃないにゃ」


「……僕は『緋色(ひいろ)の月』で、君は『灰銀(はいぎん)の太陽』だ。敵でしかない」


「そうじゃないにゃ。ハックがきっと、ふたつをくっつけるにゃ。だから敵じゃないにゃ」


「だとしても、まだそうなってない。だから僕は君を討つ義務がある」


 これにはさすがのジェニーも口を(とが)らせた。


「負けたんだから、クロはジェニーの言うこと聞くにゃ」


「……なんでそうなるの」


「なんでもだにゃ!」


 つん、とジェニーが指先でクロの(ひたい)をつつく。彼は怪訝(けげん)そうに目を細めた。


 ジェニーはさらに続ける。どうして言わなければならないことがあったから。


「クロだけ願いが叶うのは、なんだかずるいにゃ」


「願い? ……ああ、君が幸せに生きるだのっていう、あの冗談のこと」


 クロの皮肉(ひにく)をジェニーは聞き流した。昔はこんなだったのだ、二人は。


「ジェニーは、みっつめのお願いを叶えることにするにゃ」


「なにそれ。ちっとも覚えてない」


「クロを幸せにするにゃ」


 臆面(おくめん)もなくジェニーは言う。


 彼女の背後に隠れていたタヌキ顔の獣人はハッと口元を手で(おお)った。クロでさえ、目を丸くしている。平気なのは彼女ただひとり。


「クロは強くなりたかったのかもしれにゃいけど、もう充分強くなったにゃ」


「まだ足りない」


「足りなくないにゃ。充分だにゃ。……でも、クロはちっとも幸せそうじゃないにゃ」


「そんなことない。僕はここで強くなって、それなりに幸せにやってる」


「クロは嘘つくとき、目を()らすにゃ」


「……」


 クロはため息ののち、片手で目を覆う。


 その様子を見て、ジェニーはまた泣き出しそうになった。なんだかとても嬉しくて仕方なかったのだ。


「それ、クロが降参するときの(くせ)だにゃ」


 彼の口元が少し震えて、それから柔らかいカーブを(えが)いたように、ジェニーには見えた。




「クロ! てめぇ負けやがったな!」

「なにが二番手だ!」

「ゾラ様の男妾(おとこめかけ)が!」


 がやがやと声がする。顔を上げると、すっかり周囲をタテガミ族に囲まれていた。といっても、遠巻きにだが。


 また、そこここに『骨の揺り籠(カッコー)』の住民の影も見える。彼らはタテガミ族を恐れてか、物陰(ものかげ)に隠れていた。


 ジェニーはさすがにムッとして立ち上がろうとしたが、(ひざ)が地面から離れてくれない。戦闘の疲労でいっぱいいっぱいの状態だったのである。


「今ならやれるぜ!」

木偶(でく)(ぼう)もちっとも動かねえしな!」

「おう、かかれ!!」


 まずい、と思った瞬間――タテガミ族は拳を(かか)げた状態で静止した。


 なぜなら、リフが唐突(とうとつ)に立ち上がったからである。彼の目はすっかり充血していて、ジェニー同様、涙と鼻水でぐずぐずの顔になっている。


「もう……もう僕は誰も殺したくないんだよぉ! だから……どっか行ってよぉ!!」


 ほとんど絶叫に近い大声が空気を震わす。


 巨獣の哀願(あいがん)。それは切実な(おど)しを(ふく)んでいた。図体そのものも相まって、異常なまでの説得力を()(そな)えている。タテガミ族が回れ右をして一目散に逃げ出したのも無理はない。


 ジェニーはほっと胸を()で下ろし、クロに笑いかける。


 そして、かつての友達をぎゅっと抱き締めた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村をルドベキアの獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』参照


・『クロ』→黒毛のケットシー。ケットシーの族長を殺し、ルドベキアに移住した男。トムの脚を切断したのも彼。かつてジェニーの友達だった。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『リフ』→『骨の揺り(カッコー)』の住民。巨人の魔物キュクロプスと、タテガミ族とのハーフ。巨大な身体を持ち、頭には林檎の樹が生えている。夜会卿の統べる街で女性研究者によって生み出された。夜会卿の妾を誤って殺してしまった結果、使用人をしていたキージーとともに街を追放された。臆病な性格。幻覚の魔術を使うことが出来る。詳細は『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『骨の揺り籠(カッコー)』→身体的ハンデから、口減らしの目的で『異形の穴』に捨てられた獣人のうち、生き残った者たちで作り出した集落。『異形の穴』の底に存在する。詳しくは『第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」』にて

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