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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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Side Jennie.「君の願いを叶えたかったから」

※ジェニー視点の三人称です。

 戦闘するクロとリフを目にして、ジェニーは両者を放っておくことが出来なかった。厳密にはリフの異常な様子を(さっ)して、止めなければと直感したのである。


 なにかがひどく間違っていて、その間違いの上でリフは攻撃を繰り返している。ジェニーの目にはそう映っていた。だからこそ彼に対して呼びかけ、彼の足にしがみついたのである。そして虫を払うように吹き飛ばされてもなお、諦める気にはならなかった。


 倒れたクロへと(せま)る拳を見たときも、同じ動機(どうき)で割って入ったのである。


「リフ! もうやめるにゃ!!」


 彼女は目を見開いて、そう呼びかけた。


 猛烈な風圧とともに拳が一寸先(いっすんさき)で制止したときも、彼女は決して目を閉じることはなかった。


 止まった拳。そこからゆっくりと視線を上向(うわむ)ける。ジェニーの瞳は、自分を見下ろすリフの眼差(まなざ)しに行き着いた。


「よかったにゃ」


 思わず彼女は呟く。


 リフの雰囲気は、普段の彼へと戻っていた。瞳にはちゃんと感情が宿(やど)っている。


 彼女が安堵(あんど)の息を漏らした直後、リフが(ひざ)を突いた。そうして次の瞬間には顔を(おお)ってしまった。嗚咽(おえつ)が流れ出し、大きな指の(あいだ)がしっとりと濡れていく。


「――」


 ほとんど声にならない泣き声。その合間合間に「ママ」と、くぐもった言葉が聞こえる。


 ジェニーにはリフが泣き出す理由など分からない。が、論理など関係なく彼女は納得し、彼の膝を()でた。


 それなりの物事があれば誰だって泣きたくなるし、実際に泣いたりする。なにもなくても涙が出ることだってある。だから涙の理由なんて関係なしに、(なぐさ)めたり、抱きしめてあげればいい。


 そんな彼女の隣に、ふらりと影が揺れる。


「キージー!?」頭から血を流し、顔面蒼白(そうはく)になった老人をジェニーは咄嗟(とっさ)に支えた。「にゃにゃにゃ! 大丈夫にゃ!? 血が出てるにゃ!」


「……心配かけてすまんの。……問題ない」


 ゆったりとした、消え入りそうな声だった。大丈夫だとは到底(とうてい)思えない。が、キージーはやんわりとジェニーを押しとどめ、リフの膝に手を置いた。


「ママ……ごめん、ごめんなさい、ママ」


 嗚咽(おえつ)()じりの切れ切れな声が、巨獣の(のど)から(あふ)れ出る。キージーは彼を見上げ、目をしばたたかせた。


「リフ……お前さんには、本当に、申し訳なかった」


「ママぁ」


「ちゃんと、本当のことを、喋っておくべきじゃったな」


「うぅぅ……」


「わしは、勇気が、なかったんじゃ。お前さんを哀しませてしまうと、そればかり……」


 キージーの言葉がリフに届いているのかは、(さだ)かではなかった。彼の嗚咽も、ときおりこぼれる言葉も、ほとんど変わらない。それでもジェニーは少しばかり安心していた。リフのことを一番理解しているのはキージーで、彼ならばちゃんと慰めてやれると直感したからである。


 が、彼女の安心感はすぐに()き消えた。背後の瓦礫(がれき)の音によって。


「……クロ」


 振り返ると、瓦礫のなかにクロが直立していた。リフに吹き飛ばされたその位置から一歩も動いていない。


 彼の顔は先ほど同様、なんの感情も見出せない無表情だったが、ひとつ変化があった。今この瞬間、クロは真っ直ぐジェニーを見据(みす)えていたのだ。


 一秒。


 二秒。


 沈黙が積もっていく(あいだ)も、彼の視線は決して外れなかった。


「君は馬鹿だ」


 クロの口が動き、はっきりと声が溢れるのを、ジェニーは耳にした。


 まず、喜びが彼女の胸に訪れた。クロが自分に対して言葉を発してくれたという事実は、ジェニーにとって進歩にほかならない。再会してからというもの、彼はこの瞬間までどんな呼びかけにも反応を返さなかったのだから。


 次に訪れたのは、疑問である。馬鹿、とクロは言った。どうしてそんなことを言われなければならないのか。


「ジェニーは馬鹿だから、クロの言ったことが分からないにゃ。説明してほしいにゃ」


 普段は分からないことをそのままにしている彼女だったが、このときばかりは別だった。クロが口にすることはちゃんと知りたいし、彼と同じ程度には理解したい。それがジェニーの率直(そっちょく)な想いである。


「放っておけば敵を排除出来たのに、割って入った」


「クロは敵じゃないにゃ」


 ジェニーは大真面目だった。


 これからハックが『緋色(ひいろ)の月』と『灰銀(はいぎん)の太陽』を和解させる。だからそもそも敵だなんて考えていない。


 クロは長いまばたきをひとつして、姿勢をやや前に落とし、身構えた。


「クロは」慌ててジェニーは言葉を(つむ)ぐ。「どうしてオヤブンを殺したにゃ」


 彼女が言い終わる(ころ)には、すでにクロは行動を開始していた。一直線に彼女へと疾駆(しっく)し、拳を振るったのである。ジェニーは咄嗟(とっさ)に腕を交差させて防御したが、その華奢(きゃしゃ)な身体は簡単に吹き飛び、瓦礫(がれき)の山に突っ込んだ。


 ジェニーはすぐに立ち上がる。目が(かす)み、耳鳴りもあった。もちろん、痛みは背を中心として警告を発している。しかし彼女にとって『そのまま寝ている』なんて選択肢はあり得ない。


 拳を振るった姿勢から、再びクロは前傾(ぜんけい)する。またなんの反応も返してくれないクロに戻ってしまったと思ったが――。


「裏切り者の獣人の始末に失敗した僕は――」


 言葉の途中で、クロが仕掛(しか)けるのが分かった。


 だからこそジェニーは、応戦の構えを取る。彼の言葉を聞くために。聞き続けるために。


「オヤブンとともにルドベキアに入った」


 やがて、二人の拳が打ち合わされ、風圧で細かい瓦礫が吹き飛んだ。


「失敗の責任を取るために」


 拳が何度も打ち合わされ、そのたびに重い打撃音が響き渡る。そんななかでも、クロの声は鮮明に聞こえた。


「オヤブンはゾラに謝罪した後、反論した。ケットシーの集落が消されることになったのはそのせいだ」


 クロの拳も蹴りも鋭い。声はどこまでも静かなのに、その動きには一切の容赦(ようしゃ)がなかった。


「オヤブンは、人間とかかわった獣人を許してもいいんじゃないかと言ったんだ」


 ジェニーには、クロを攻撃する意志はない。あくまでも防御と回避のために拳を重ねているだけ。


「ずっとそんなふうに考えていたんだ、オヤブンは。裏切り者の獣人と、彼をそそのかした人間に逃げられたことで――いや、彼らとひと晩言葉を交わしたことが理由で、考えが固まったんだろう」


 オヤブンの考えは、今やジェニーにとってちゃんと理解出来る(たぐい)のものだった。ケットシーの集落にいた頃は、裏切り者の獣人を許したり、ましてや人間を許容(きょよう)したりなんて夢にも思わなかったが。


「オヤブンの言葉はゾラを激怒させた。が、その場ではなにも起こらなかった。そしてオヤブンはルドベキアから集落に戻るよう命じられた」


 そしてクロだけが、ルドベキアに居残った。


「ゾラは残った僕にこう持ちかけた。明日ケットシーの集落を襲い、皆殺しにする。でも僕がゾラに協力すればひとりだけ生かしてやる、って。それはオヤブンであってもいいし、ほかのケットシーでもいい。もし断るのなら例外なく殲滅(せんめつ)する。僕も(ふく)め、ケットシーの血を()やす」


 どくん、とジェニーの心臓が高鳴った。


 瞬間、拳が打ち合わされる。空震(くうしん)ののち、ジェニーは拳を弾かれ、地を転げた。身体のあちこちが()()け、血が(にじ)む。痛みが表皮を通過して骨まで染み入る。しかし彼女はすぐさま立ち上がり、クロへと駆けた。


「にゃんで!!」


 声とともに放たれた拳を、クロはあっさりと避ける。そして生まれた(すき)を、彼は見逃さなかった。


 ジェニーの腹部に突き刺さった鋭い膝蹴り。一瞬彼女は意識が飛びそうになったが、吹き飛ばされ、地面に落下すると同時に意識が再び明瞭(めいりょう)になる。立ち上がるのも、今の彼女にとってはそう難しいことではなかった。


 ジェニーは疾駆する。そして大きく息を吸い、彼へと拳を放つと同時に叫んだ。


「にゃんでジェニーを選んだにゃ!!!」


 拳が打ち合わされる。それまでジェニーの放ったなかで一番鋭い攻撃だったが、突き出された双方の拳は打ち合わさったままぴくりとも動かなかった。


 クロと視線が合う。彼は相変わらずの無表情だった。小さく息を吸い、返事をしたときでさえ。


「君の願いを叶えたかったから」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村をルドベキアの獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』参照


・『キージー』→『骨の揺り(カッコー)』の長老。かつて夜会卿のもとで使用人をしていたが、リフとともに追放された。詳しくは『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『リフ』→『骨の揺り(カッコー)』の住民。巨人の魔物キュクロプスと、タテガミ族とのハーフ。巨大な身体を持ち、頭には林檎の樹が生えている。夜会卿の統べる街で女性研究者によって生み出された。夜会卿の妾を誤って殺してしまった結果、使用人をしていたキージーとともに街を追放された。臆病な性格。幻覚の魔術を使うことが出来る。詳細は『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『クロ』→黒毛のケットシー。ケットシーの族長を殺し、ルドベキアに移住した男。トムの脚を切断したのも彼。かつてジェニーの友達だった。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて

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