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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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Side Jennie.「過去は悠々と歩く」

※ジェニー視点の三人称です。

 ケットシーの集落の(おさ)は、(みな)からオヤブンと呼ばれ(した)われていた。威厳(いげん)があり、寛容(かんよう)さも持ち合わせている。ケットシーにしては体格にも恵まれており、しかし何事(なにごと)にも暴力に(うった)えることはなかった。


『人間の要素を強く残している』という理由で孤立(こりつ)していたジェニーにとって、(おさ)は数少ない『自分を対等に(あつか)ってくれる相手』だった。


 もうひとり、彼女を真っ当に扱ってくれたケットシーがいる。


 クロ。


 (なめ)らかな黒の毛に(おお)われたその獣人は、ジェニーにとって大切な友人だった。ドライな性格で、(しいた)げられる彼女に手を差し伸べることはしなかったけれども、それでも、ジェニーにとっては大事な存在だった。


 集落の外れにある、ぽっかりと木々の(ひら)けた場所。そこで二人は多くの時間を過ごしたものだ。太陽に温められた下草(したくさ)の香りを、近頃(ちかごろ)ジェニーはよく思い出すようになった。


 思い出の香り。二人の場所を象徴(しょうちょう)する匂い。


 これまでジェニーは、ケットシーの集落で過ごした時間について、追憶(ついおく)することはほとんどなかった。『毒食(どくじき)の魔女』に引き取られてからというもの、それらの記憶は彼女を苦しめるものでしかなかったから。


 過去が再び自分の前に立ちはだかることなど、ジェニーは夢にも思っていなかった。


 魔女との平穏(へいおん)で豊かな毎日が永遠に続く。樹海に足を踏み入れる日はもう二度とない。そんなふうに思っていたのだが、現実は真逆となった。


 毒食の魔女の死によって平穏は崩れ去り、今彼女は樹海にいる。過去が、決着をつけろと(せま)るように。




「みんな、一緒に頑張るにゃ!」


 ジェニーは『骨の揺り籠(カッコー)』の住民を見渡し、(こぶし)(かか)げた。彼女なりの精一杯の鼓舞(こぶ)である。彼らの表情には一様(いちよう)に不安げな色がこびりついていたが、やがて互いに(うなず)き合い、ジェニーと同じように拳で天を()した。


「やるぞ、戦うぞ!」


「自由のために!」


「生きている証明のために!」


 彼らが胸に(いだ)く想いについて、ジェニーは正確には理解していなかった。『骨の揺り籠(カッコー)』の人々はこれまで(しいた)げられてきて、これから自由を(つか)むために戦おうとしている。その程度の理解だ。ただ、彼らの真剣さは彼女にもしっかり伝わっている。


 巨躯(きょく)が立ち上がり、光の粒が散った。


 リフを見上げ、ジェニーは口元を引きしめる。


 リフは強い。身体も大きい。でも、彼に頼ってはいけない。そう彼女は直感していた。安心感は油断に繋がることを体得していたからだ。


 リフの頭の上にはキージーがいた。彼はリフの頭部に()えた果樹(かじゅ)をしきりにさすっている。落ち着かせようとしているのだろう。


「リフ。大丈夫じゃ。きっとお前は上手くやれる。大丈夫」


 リフとキージー。二人がルドベキアの出身であることをジェニーは知らない。当然、二人がここで味わった悲劇も知るはずがなかった。だから、キージーがやけにリフだけを心配しているのを、リフの性格上の問題としか受け取らなかった。


「大丈夫にゃ! ジェニーがついてるにゃ!」


 自信たっぷりに胸を張って見せる。するとリフは、弱々しく微笑んだ。「あ、ありがとう」


「どういたしましてだにゃ」にっこりと笑顔を浮かべ、ジェニーは今一度全員を見渡した。「それじゃ、そろそろ行くにゃ! みんな頑張ろうにゃ!」


 再び(こぶし)を突き上げようとして、中途半端(ちゅうとはんぱ)に止まる。脳裏(のうり)にクロの姿がよぎったのだ。彼女は(あわ)てて首を横に振り、頭に浮かんだかつての友人の姿を振り払った。


黄金宮殿(ザハブ・カスル)』での再会と戦闘。何度呼びかけても、クロは彼女の言葉に反応を返してはくれなかった。『緋色(ひいろ)の月』の一員として、敵を排除(はいじょ)する。ただそれだけ。そんな印象だった。


 どうしてタテガミ族とともにケットシーの集落を襲ったのか。


 どうして長を殺したのか。


 どうして自分は生かしたのか。


 どうしてこんなにも()がれているのに答えてくれないのか。


 結局、疑問への答えはひとつも返ってこなかった。拳をぶつけ合い、そして敗北しただけ。『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』での再会から数日、彼女は彼女なりにクロのことを考え続け、そして一旦(いったん)自分自身の執着は保留すべきとの結論に(いた)ったのである。


 だからこそジェニーは、『骨の揺り籠(カッコー)』とともに北方からルドベキアへと侵入する提案をしたのである。クロへの執着を断ち切れたわけではないが、そこから目を()らした。でなければクロエたちとともに『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』を目指したことだろう。


 深呼吸をひとつして、ジェニーは(きびす)を返した。見据(みす)える先はルドベキアである。


 今考えるべきは『灰銀(はいぎん)の太陽』の勝利であり、つまりはハックの交渉成功にほかならない。そのために彼女が出来ることは、『骨の揺り籠(カッコー)』とともにルドベキアを侵攻することである。


 目的に向けて踏み出すべき一歩を、ジェニーは踏み出した。巨大な足音と(とき)の声が彼女に続く。




 街の南側に『緋色の月』の戦力の大部分が()かれているらしく、北方は閑散(かんさん)としていた。人影がまったくないというわけではない。家屋(かおく)のなかにはタテガミ族の姿があった。しかしいずれも女性か子供で、『緋色の月』の戦士として頭数(あたまかず)に入らない者ばかり。室内で小さくなっているだけで、立ち向かってくるような者はいなかった。


 行軍(こうぐん)は順調と言えた。このまま『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』まで戦闘なしでたどり着けるかもしれない。――そんな具合にジェニーが考えた矢先、タテガミ族の一団がこちらへと駆けてくるのが見えた。


 彼らは走りながら一様(いちよう)にリフを(にら)んでいた。焦りと恐怖の(にじ)んだ(まなこ)で。リフの大きさは明らかに規格外で、警戒と疑問を(いだ)くのは自然だ。


 ジェニーはちらと振り返り、リフの様子を確認した。足は止めていないものの顔を引きつらせている。彼の(おび)えはジェニーにも把握出来た。


 自分が先陣(せんじん)を切って戦わなければ。そんな使命感が彼女を()った。


「にぁああああ!!」


 咆哮(ほうこう)とともに、ジェニーは敵へ突っ込んでいった。タテガミ族の一団は総勢二十名程度である。少々厳しいが、彼女ひとりで相手をするのも不可能ではない数。


 先頭で身構えたタテガミ族の鼻頭(はながしら)を蹴り飛ばす。左から回り込んで来た者の爪を()け、鳩尾(みぞおち)に拳を打ち込む。背後の獣人を肘打(ひじう)ちで(ひる)ませ、横っ(つら)に裏拳を見舞う。


「ジェニーは!」


 彼女は叫ぶ。


「おしとやかじゃないにゃ!」


 耳と尻尾は、とっくに露出(ろしゅつ)している。


 お前はおしとやかにしなきゃいけないよ――いつか魔女に言われた台詞である。興奮すると耳と尻尾が露出するため、落ち着かせる意図(いと)でそう言い聞かせてくれたことはジェニーも理解している。人間の世界で生きるためには、人間じゃない部分は隠さなければならない。


 しかしジェニーは、もっと根本的なメッセージをも魔女の言葉から受け取っていた。


 おしとやかにしなきゃいけない。


 過去を忘れて生きなきゃならない。


 獣人としての(あかし)を隠すことは、とりもなおさず、獣人として生きてきた過去――ケットシーの集落での事件を(ふく)め、獣人時代に味わったあらゆる物事(ものごと)との決別も意味していた。


「道を開けろ。僕がやる」


 その声を、ジェニーは決して聞き(のが)さなかった。聞き逃すはずがないのだ。なぜなら――。


 ジェニーは動きを止め、視線を一点に固定した。タテガミ族の一団が道を(ゆず)った相手以外、もはやなにも映っていない。


 (なめ)らかな黒毛。ゆらゆらと揺れる、細く長い尻尾。怜悧(れいり)な無表情。


「……クロ」


 過去が歩いてくる。悠々(ゆうゆう)とした足取りで。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村をルドベキアの獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』参照


・『クロ』→黒毛のケットシー。ケットシーの族長を殺し、ルドベキアに移住した男。トムの脚を切断したのも彼。かつてジェニーの友達だった。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『キージー』→『骨の揺り(カッコー)』の長老。かつて夜会卿のもとで使用人をしていたが、リフとともに追放された。詳しくは『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『リフ』→『骨の揺り(カッコー)』の住民。巨人の魔物キュクロプスと、タテガミ族とのハーフ。巨大な身体を持ち、頭には林檎の樹が生えている。夜会卿の統べる街で女性研究者によって生み出された。夜会卿の妾を誤って殺してしまった結果、使用人をしていたキージーとともに街を追放された。臆病な性格。幻覚の魔術を使うことが出来る。詳細は『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。故人。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』参照


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『骨の揺り籠(カッコー)』→身体的ハンデから、口減らしの目的で『異形の穴』に捨てられた獣人のうち、生き残った者たちで作り出した集落。『異形の穴』の底に存在する。詳しくは『第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」』にて


・『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』→獣人たちの中央集落『ルドベキア』の中心にある宮殿。玉座には財宝が大量に集められている。歴代酋長が使用する私室や、浴場、ゲストルームが存在する。全体に魔術除けが施されており、魔術を一切通さない。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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