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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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Side Alvis.「新旧再会す」

※アルビス視点の三人称です。

 地上に出ると、やけに(ほこり)っぽい空気が鼻についた。ぽっかりと開いた家屋(かおく)の入り口からは、虫の微光(びこう)に照らされて(ちり)が舞っているのが見える。


 今自分が地上にいるという事実。アルビスは胸に押し寄せる感慨(かんがい)をしみじみと味わった。地下に幽閉(ゆうへい)されている(あいだ)は、地上の物事など些事(さじ)であるとばかり思い、戦争だの統治(とうち)だのに(こだわ)っていた自分自身を熱に浮かされた(おろ)か者だと内省(ないせい)したものだが、そうした一切が自己保身のための暗示に過ぎなかったことを思い知った。


「それじゃおじいさん、またなので」


 姿の()えない小人の言葉が、アルビスの耳に染み込んだ。


「ああ、元気での」


 声の方角に返す。


 ほどなくして、小さな小さな足音が遠ざかっていった。


 グリムに別行動を取るよう指示したのはほかならぬアルビスである。自分の周囲は危険にしかならない。ゆえに、共に行動することは悪手だった。何度かの押し問答(もんどう)(すえ)、グリムも納得してくれたのである。


 地下への入り口がある家屋(かおく)。その中心に立ち、アルビスは深呼吸を繰り返した。身体が外気に馴染(なじ)んでいくにつれて、心の内側に(とも)った火が勢力を強めていく。


 家屋の入り口をタテガミ族の青年が脇目(わきめ)も振らずに駆け去っていくのが、アルビスの目に映った。


 そして思う。


 ――あの青年が(わし)の姿を見たら、まずなにを言うだろうか。なにも口にすることなく一目散(いちもくさん)に逃げ出すかもしれぬ。あるいは立ち向かってくるやもしれぬ。


 どんな想定をも、アルビスは瑞々(みずみず)しく感じた。地上で自由の身であるという事実がどこまでも喜ばしい。


「取り戻そう」


 呟いて、アルビスは地下への入り口を岩で(ふさ)いだ。たとえ()いてもタテガミ族である。岩のひとつやふたつ持ち上げるなど造作(ぞうさ)もない。


 あちこちで鳴る喧騒(けんそう)が、アルビスの耳に清流(せいりゅう)のごとく流れ込んできていた。きっと『灰銀(はいぎん)の太陽』が行動をはじめたのだろう。そして、革命勢力も()を見て動こうとしているはずである。いや、すでに『緋色(ひいろ)の月』と戦闘をはじめているかもしれない。そんな具合の想像を、アルビスはゆったりと展開させる。


「南に急げ! 『灰銀』どもが雪崩(なだ)れ込んできやがった!」


「魔物も出てやがる。畜生(ちくしょう)……!」


「落ち着け! 俺たちが連中に負けるはずがない! こっちの勢力のほうが上だ!」


「ゾラ様の目と鼻の先に飛び込んで来るなんざ、馬鹿としか言えねえよ!」


 それぞれの獣人が思い思いの言葉を叫びながら駆け去っていく。


 アルビスは耳にした言葉のいずれも評価することなく、ゆっくりと戸外(こがい)に出た。


 見上げると、光の踊る緑の天蓋(てんがい)。周囲には石造りの画一的(かくいつてき)な住居。地面は(こけ)(おお)われて、強く踏みつけると(あわ)い光を放つ。通りを出て左を向くと、道の先に尋常(じんじょう)でない魔力に覆われた宮殿が見えた。宮殿前の広場にはアルビスの想像した通り、数えきれないほど多くの獣人が()れをなしている。


 ゾラを守るためか。それともゾラに守ってもらうためか。


 なんにせよ、アルビスは鼻白(はなじろ)んでしまった。


「くだらん」


 呟いて、一歩また一歩と宮殿に進む。そのうちに、背後から声がした。


「おいお前! なにちんたら歩いてやが――」


 声の(ぬし)はアルビスの真横に並ぶや(いな)や、吹き飛ばされて家屋の外壁に激突し、気を失った。


 敵を吹き飛ばすだけの魔術など、アルビスにとっては一瞬で行使出来たのである。ただ、彼はほとんど反射的に、無意識的に魔術を使っていた。だからこそ壁にぶつかって伸びているタテガミ族の腕に、革命勢力の証である赤い布が巻かれていないことにほっとした。


 アルビスは足を止め、先ほど魔術を放った右手を見つめる。まじまじと、(しわ)の一本に(いた)るまで。指はまったく震えていない。


 久方(ひさかた)ぶりの魔術の感覚は、なんの違和感もなく彼の心身に溶けていった。波紋(はもん)ひとつ立たない。それを祝福する気はもちろんなかった。


 (あゆ)みを再開するとともに、アルビスは片手を(かか)げる。すると手のひらの先に小さな魔力球が生まれた。一歩行くごとに、球はひと回り肥大(ひだい)していく。地道(じみち)に、そして確実に育っていく。


 アルビスは意識の高揚(こうよう)と魔力球の肥大とを重ね合わせて、そこに意味深い関連があるなどと考えることはなかった。そうする必要がなかったのである。あまりに自明(じめい)事柄(ことがら)は、思考を通過することなく脳に浸透(しんとう)するものだ。


「なんだあれは……!?」


「うっ……」


「太陽……?」


「いや、魔術だ! 先代の――」


「アルビスは地下にいたはずじゃ……!?」


 宮殿前の広場までやってきたアルビスは、当然のごとくタテガミ族の混乱の声を聞いた。が、これも彼の心に波紋を立てない。


 今やアルビスの(かか)げる魔力球は直径五メートルほどの大きさまで(ふく)れ上がっていた。タテガミ族が(おのの)いて道を(ゆず)るのも無理はない。アルビスの頭上の魔術は、暴力的な説得力を持って成長し続けていたのである。


「ゾラを呼べ」


 広場の中央で足を止め、アルビスは声を張った。


 沈黙が広場に降りる。誰もが石像のごとく硬直して、なんの返事もしない。ルドベキアの南で繰り広げられる騒乱(そうらん)の音がやけに大きく聞こえた。


「……ゾラを呼べ」


 もう一度言い(はな)つ。


 今度もまたタテガミ族は言葉を返すことなく、身動きひとつしない。


 もう一度言うべきかとアルビスは思ったが――。


「その必要はない」


 朗々(ろうろう)とした声とともに、宮殿へと続く道がバッと開ける。その先に、黄金のタテガミを備えた獣人が屹立(きつりつ)していた。


 ゾラ。


 自分を幽閉(ゆうへい)した男であり、現在のルドベキアを(たば)ねる(おさ)であり、『緋色の月』なる組織の頂点に()す者。


 アルビスの眼差(まなざ)しは彼に釘付(くぎづ)けになっていた。


 アルビスはゾラだけに意識を集中させていたが、宮殿から出てきた者はほかにもいた。ケットシーのクロ。そして、ミスラとオッフェンバック。


「なにをしている、貴様ら」ゾラは宮殿前に集ったタテガミ族を見渡し、威圧的(いあつてき)に放つ。「戦地は南だ。宮殿ではない」


「し、しかしゾラ様! おれたちはゾラ様をお(まも)りするために――」


 言葉が途絶(とだ)える。ゾラに進言(しんげん)した男は殺意を(はら)んだ視線を浴びて、口を開けたまま指一本動かすことが出来なくなっていた。


 ゾラは彼から視線を()らし、一同を見渡す。「身の(ほど)をわきまえろ。今すぐ南へ向かえ。残った者は例外なく反逆者だ」


 慌ただしい足音。湧き立つ土埃(つちぼこり)。ものの十秒で広場を埋めていた獣人の姿は消え去った。残ったのはゾラと、彼の取り巻きと、そしてアルビスだけである。


「クロ。ミスラ。オッフェンバック。南はブラフだ。ほかの方角を見てこい」


 小さな(うなず)きを返し、三つの影は広場を去った。残るはゾラとアルビスの二人である。


「アルビス(おう)」ゾラはひどく静かな口調で呼びかける。それでも威圧を感じさせる声であった。「騒ぎに(じょう)じて俺を討とうと?」


「ふぉ。拙速(せっそく)な男だ。再会して早々討つだのなんだの、相変わらず礼を(しっ)しておる」


「無駄口は好かんので。それに、貴方(あなた)の魔術は対話を拒否しているように感じるが」


 ゾラの視線がアルビスの頭上を()す。暗い赤の魔力球は、いまだにアルビスの頭上で肥大し続けていた。


「お主の組織……『緋色の月』と言ったな。ふぉ。わざわざ魔力を使ってこんなにも分かりやすいシンボルを掲げておるというのに、お主の部下は太陽だとか言っておったぞ。月も丸かろうに」


「……」


「これは攻撃ではなく贈り物だ。ありがたく受け取るといい」


 アルビスが腕を振ると同時に、魔力球はゾラへと一直線に向かっていった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『アルビス』→ルドベキアの元酋長。優秀な魔術師であり、多くの獣人に魔術の手ほどきをした。戦争への参加に反対したが、ゾラとの決闘に敗れ、地下に幽閉された。温和な性格であり、同じく幽閉された小人族の信頼を得ている。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出ている。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになった。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『クロ』→黒毛のケットシー。ケットシーの族長を殺し、ルドベキアに移住した男。トムの脚を切断したのも彼。かつてジェニーの友達だった。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて

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