Side Other.「囮勢力と革命勢力 ~それぞれの想い~」
※多視点の三人称です。
まずはじめにルドベキア南端に到着したのは、デビス率いる半馬人たちだった。次にエーテルワース、トロール、有翼人のグループ。最後にサフィーロをはじめとする竜人たち。全員が揃ったのは陽が落ちてからのことである。
窪地から距離を置いた、巨木のそびえる平地に彼らは集っていた。
彼らの関心事はもっぱらふたつ。
ひとつめは、これからはじまる過酷な戦闘。
そしてふたつめは、この場にいる異物――。
「辛気臭い顔どすなぁ。そんなんで勝てると思うてはるん?」
シャオグイは一同を見渡し、平然と言い放った。彼女こそがこの場にいる『灰銀の太陽』に妙な緊張感をもたらしている元凶である。味方でありながら、どうにも信用出来ない。それは彼女を除く全員の共通見解だった。
シャオグイをこの場に引き込んだのはエーテルワースである。ルドベキアまでの道中で、トロールの族長エルダーと彼女の殺し合いを止め、ともに南端までやってきたのだった。
「私は貴様を信用出来ん」
サフィーロのきっぱりした言葉に、誰もがひやりとする。内心では同意しつつも、それを口に出すのはまずいのではないかと焦った者は多い。
シャオグイはもっちりした胸元に手を突っ込んで扇を取り出すと、それを広げて口元を隠した。ころころと、鈴の転がるような笑いが響く。
「そない冷たいこと、ウチ傷付いてまうわ。仲間なんどすから仲良くせな」
「協力自体は拒絶しない。だが、貴様の利害が見えん。『緋色』を裏切り『灰銀』に与する利がどこにある?」
「ボロボロの竜人はん、今それ聞くんどすかぁ? まあ、アンタとは初対面やけど……」
デビスは眉間に皺を寄せ、二人のやり取りを聞いていた。サフィーロを制止しようと思うものの、彼としてもシャオグイの利害は心に引っかかっている。ゆえに、言葉を呑み込んでしまう。
「聞きたいのはそれだけではない」言って、サフィーロは腰の道具袋から直径二センチほどの球体を取り出した。「ハックから預かった丸薬だ。これはもともと貴様の物だろう? これがなんなのか、具体的に教えろ」
ハックがそれぞれの族長格に渡した丸薬である。危機に瀕したら飲むように、と言い添えて。
「あら、ぼんは碌に説明もせんと渡したんどすか」
シャオグイがわざとらしく目を丸くする。そしてころころと愉快そうに笑った。
「だから、これはなんなのだ」
「飲めば元気百倍の薬どすぅ。どんな傷もたちどころに全快して、実力以上の力を振るえる秘薬どす」
「……デメリットは?」
シャオグイの言葉が真実であるのなら、丸薬は絶大な効力を持った代物である。それをなんの負担もなしに使えるわけがないのは道理だ。サフィーロの疑問は誰もが抱くもっともなものであり、シャオグイの返答もまた、決して意外ではなかった。
「デメリットなんて、そんな大したモンないどすぅ。強いて言うなら、だいたい三年でポックリ死んでまうくらいどすなぁ」
意外ではないが、不快ではあった。サフィーロはもちろん、デビスやエーテルワースにとって。
トロールの族長であるエルダーも彼女の言葉をちゃんと聞いてはいたが、あまり関心を向けていなかったし、なにより三年という時間にあまり執着していなかった。
「ふん」サフィーロは不快そうに鼻を鳴らして続ける。「それで、利害はどうだ?」
「ウチは面白いことが好きなだけどすぇ。子供の頃、蟻はんで遊ばんかった? 巣に水注いだり、蟻地獄に落としたりして。それとおんなじことどす」
幼い頃の残酷な遊びを続けているだけ。それが利害だなんて、サフィーロにもデビスにも、ほかの誰にも真っ当に信じることなど出来なかった。しかし、それ以上問い詰めたところでなにも出てこないことを悟らせるには充分な口調と態度である。
「快楽主義のケダモノめ」
「サフィーロ。言い過ぎだ。よせ」
罵倒を捨て置くことが出来ず、デビスが口を挟む。
シャオグイはというと、平然と顔を扇いでいた。言葉を返す気配もない。
デビスは気付かれないようにひっそりとため息を吐き出し、手元の『共益紙』に目を落とす。それは今まさに変化が起きていた。
『行動開始。幸運を祈る。ハックより』
短いメッセージを確認し、少し待つ。それ以上なにか綴られる気配がないことを確かめ、デビスは顔を上げた。
「作戦開始だ。これよりルドベキアの中心――宮殿へ侵攻する」
鬨の声は上がらない。今は潜伏している状態で、無暗な雄叫びは自分たちの首を絞める材料にしかならないことを誰もが承知していた。ゆえに、一同は眼差しに意志を籠めている。
ハックの再交渉を有利にするために、あるいはハックが無事ゾラと介するために、囮となる。デビスは自分たちの役割をよく心得ていた。ただ、ことさらに言葉にしなかったのは士気を下げないためだ。周知の事実ではあれど、強調すべきではないタイミングはある。
やがて彼らは行動を開始した。
竜人とトロールを前衛、半馬人と有翼人を後衛にして、窪地の縁から一気にルドベキアへと雪崩れ込む。そのときにはもう、彼らの雄叫びが夜闇を引き裂いていた。囮としての行動としては申し分ない。
闇に魔物の姿が蠢き出したのは、彼らにとって幸運だろうか。そのタイミングを選んだのはハックであり、どんな結末が待っているにせよ彼の手のひらの上で精一杯踊るほかないことを、もう誰もが気付いていた。
「はじまったな」
騒乱が土に染み入り、壁を通過して地下にも薄く届いていた。呟いたアルビスは、鳥籠のなかで重い腰を上げる。
彼を見上げ、グリムはぎゅっと拳を握った。「いよいよなので」
二人の腕には、赤く染め抜いた布が巻かれている。ルドベキア内の何体かの獣人もまた、同様の布を巻き、心に火を灯したことだろう。
今日までの数日間、グリムは革命勢力の確保に努めた。アルビスが指定したタテガミ族のもとに出向き、その老人の毛を携えて呼びかけたのである。結果として拒絶されることはなかった。ルドベキアに暮らす人々の四分の一にも満たない数ではあるものの、グリムが想定した以上の勢力を確実に手に入れることが出来たのである。
革命勢力のなかにエルドが入っていないことが、グリムにとって残念でならなかった。エルドはゾラとの一件があって、アルビスと袂を別ったのである。
震えるグリムの肩を、小人族の長老が優しく、しかしどこか神経質に叩く。「エー、頼んだぞグリム。エー、お前にすべてがかかっている」
グリムは口を真一文字に結んで、こっくりと頷いた。
本来、グリムはなんの戦力にもならないので地上に出るべきではない。が、戦闘とは別の仕事があった。
「エー、必ずや例の人間から歴史書を取り戻せ」
「分かったので」
クロエから歴史書を回収しなければならない。万が一にもそれがゾラの手に渡ってはいけないと、グリムは長老から聞いていた。
グリムの知っている事実は少ない。ゾラが小人の綴ったもののうち、もっとも古い歴史書を欲しており、そのために小人を襲撃したこと。そして長老は偽の歴史書を渡してその場を凌いだこと。
肝心の『なぜゾラにとって歴史書が必要なのか』について、グリムは知らなかった。たずねても長老は答えてくれなかったのである。
「行くぞ」
アルビスの呼びかけにグリムは頷く。そして『透過帽』を胸の前で握りしめた。
――どうか、僕も、みんなも、無事に目的を達成出来ますように。
グリムは声に出すことなく、心のなかでそう呟いた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて
・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて
・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて
・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて
・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて
・『エルダー』→トロールの族長。槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて
・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて
・『アルビス』→ルドベキアの元酋長。優秀な魔術師であり、多くの獣人に魔術の手ほどきをした。戦争への参加に反対したが、ゾラとの決闘に敗れ、地下に幽閉された。温和な性格であり、同じく幽閉された小人族の信頼を得ている。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて
・『エルド』→ルドベキアに住むタテガミ族の戦士。アルビスを信奉している。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて
・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて
・『老小人』→小人の長。「エー」が口癖。人間をひどく嫌っている。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて
・『共益紙』→書かれた内容を共有する紙片。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて
・『丸薬』→寿命と引き替えに一時的な力を得る、特殊な丸薬のこと。シャオグイが所有していたが、『灰銀の太陽』の代表的なメンバーの手に渡っている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて
・『小人の歴史書』→コロニーの長が代々書き残す歴史書。子孫繁栄よりも大事な仕事らしい。詳しくは『285.「魔女の書架」』にて
・『透過帽』→かぶっている間は姿を消せる角帽。魔道具。気配も消すが、物音までは消えない。詳しくは『597.「小人の頼み」』にて
・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて
・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて
・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて
・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて
・『有翼人』→純白の翼を持つ他種族。別名、恋する天使の翼。種族は男性のみで、性愛を共有財産とする価値観を持つ。年中裸で過ごしている。王都の遥か北西に存在する塔『エデン』で暮らしている。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『742.「恋する天使の[検閲削除]」』にて
・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地
・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて
・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて
・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて




