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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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828.「先代酋長より」

「お前さん、本当によかったんかいの?」


 行軍を再開してから、もうじき一時間。不安げにたずねたキージーは、わたしの隣で顔にうっすらと疲労の色を(にじ)ませていた。


「あれでいいのよ」


 先頭を行くハックとゲオルグを(なが)めながら、そう返す。彼らは互いに言葉を()わすことなく、黙々と足を運んでいた。もちろん、『骨の揺り籠(カッコー)』の獣人たちに過度な負担をかけないように配慮しているであろう、ゆったりした足取りで。


 ドルフに突き付けた提案がベストだったかというと、自信はない。誘導(ゆうどう)恐喝(きょうかつ)()()ぜて、どうにかこうにか『灰銀(はいぎん)の太陽』への協力を取り付けて共に行動するよう仕向けるのが最善(さいぜん)の道だったかもしれない。そうする気になれなかったのは、彼の心に揺さぶりをかけるだけの冷淡(れいたん)さをわたしが持てなかったからだ。けれども、わたしが実際彼に提示した内容もそう悪いものではないと信じている。


「告げ口する未来しか(えが)けん」


 困り顔で頭を()くキージーは、言葉通り、不穏(ふおん)な未来を胸に(いだ)いているのだろう。


「そのときはそのときよ」


 なるようにしかならない。必要なのは物事が悪い方向に転がった場合をちゃんと想定しておくことだ。


 わたしは周囲の(あゆ)みに合わせて足を運びながら、ドルフとのやり取りを思い出す。


『ドルフ。あなたのことを解放してあげてもいいわ』


『……どういうことだよ。タダじゃねえんだろうが』


『ええ。でも、あなたにとっても悪くない選択のはずよ』


『……詳しく話しやがれ、人間の女』


『クロエ』


『……詳しく話せよ、クロエ』


『あなたを解放する代わりに、これから言う通りに動いてほしいの。……真っ直ぐルドベキアに戻って、穴の底を探したけれどわたしたちが見つからなかったことをゾラに報告して』


『……ゾラを(だま)せってのかよ』


『そうよ』


『信じちゃくれねえよ。第一、オレ様は傷だらけだ。テメェらを見つけて戦って……負けたことはすぐにバレちまうよ』


『魔物と戦ったことにすればいいじゃない。昨日の夜だって、へとへとになるまで苦戦したわけでしょ?』


『……』


『必死で探したけれど敵は見つからなくて、報告と休憩のために一旦戻った。そういうことにすればトナカイ族に火の()が降りかかることはないんじゃない?』


『……』


 長い沈黙の果てにドルフは合意したのだ。そしてわたしたちの前で部下のタテガミ族と口裏合わせをして、彼らとともにルドベキアへと向かったのである。


 てっきり交渉(こうしょう)の途中でハックかゲオルグが口を挟んでくるかと思ったが、そうはならなかった。あとでそのことを聞いてみたのだけれど、ハックは『お姉さんの方針で問題ないです』と言い、ゲオルグに(いた)っては『そうすると思いました』だなんて、知ったことを返して肩を(すく)めてみせた。まったく、知り合って数日しか()ってないのにわたしのなにを把握しているのやら。


「そろそろ休憩だってよぉ」


 前を行く獣人が、なんとも嬉しそうに言った。




 まばらな木々。柔らかな(こけ)。道を外れて少し(くだ)った位置に川が流れており、休憩(きゅうけい)には絶好の場所である。まだちっとも疲れてはいなかったけれど、わたしも獣人たちと一緒に川の水を飲み、しばしの休憩を味わうことにした。


「隣、いいかしら」


「どうぞです」


 大木を背に座り込むハックの隣に腰を()ろす。見上げると、いくえにも折り(かさ)なった枝葉(えだは)を通過して、じんわりと木漏れ日が(にじ)んでいた。間延(まの)びした鳥の声や、さらさらと(おだ)やかに流れる水音が耳に心地よい。


「みんなから連絡はあった?」


 ゆったりした空気感を崩さぬよう、やんわりと呼びかける。するとハックはポケットに手を突っ込み、折りたたんだ紙を取り出した。


「侵攻組は順調にルドベキアに向かっているそうです。今日の晩には目的地に着くと思うです。こちらの歩みも同じくらいですから、ちょうどいいタイミングですね」


 ハックはにこりとも笑わない。微笑(びしょう)未満の柔らかな無表情を浮かべて『共益紙(きょうえきし)』を広げていく。


 紙面(しめん)に目を落とすと、思わず「これ……」と声が出てしまった。見覚えのない署名(しょめい)があったのである。


 彼は(うなず)くと、『共益紙(きょうえきし)』をわたしに手渡した。


勇敢(ゆうかん)なる小人より紙片(しへん)を借り、僭越(せんえつ)ながら記述する。貴兄(きけい)らはルドベキアを(いくさ)から解放すると聞いた。こちらはルドベキアにてゾラの転覆(てんぷく)(はか)っている。敵の敵は味方。利害が一致(いっち)するものと判断し、貴兄らに協力しようと思う。具体的には、貴兄らがルドベキアに雪崩(なだれ)れ込むその瞬間に合わせて、内部で革命を起こす。右手に(しゅ)で染めた布を巻いた獣人は味方と思ってくれたまえ。以上。ルドベキア先代酋長(しゅうちょう)アルビスより』


 どくどくと、心臓が強く鳴っている。


 ルドベキア内に『灰銀の太陽』の味方が存在する……?


「これ、信じていいのかしら……?」


「信じるべきです」


 紙片に書かれた『勇敢なる小人』というのは、おそらくグリムのことだろう。彼がルドベキアの革命勢力と合流したのなら随分(ずいぶん)と心強い。


 しかしながら、もしこれが敵の罠だとしたら?


 わたしの不安を(さっ)したのだろう、ハックが言葉を加えた。


「僕たちを(だま)そうとしてるなら、もっと具体的な内容が書かれてるはずです。たとえば特定の地点で合流するよう(うなが)すとかです。……このアルビスという獣人は、こちらの情報を引き出す素振(そぶ)りもありませんです。グリムさんから必要なことはすべて共有されているんだと思うです。完全に信用出来るかは微妙ですけど、指示や要求がない以上、ある程度は信用しますです」


 ことさらに疑わない。けれども、協力を前提に行動はしない。そんなハックの意思が言葉の端々(はしばし)に表れているように感じた。


「これって」ふと気になってたずねる。「いつ書かれたの?」


「今朝です」


 であれば、ドルフと再会する前にハックは革命勢力の存在を知っていたことになる。あえてそれを口に出さなかったとなると――。


「ドルフもあんまり信用してないわけね」


「……一応、敵ですから」


 ハックの指先が『共益紙(きょうえきし)』の(はし)を掴む。彼の(ひか)えめで、けれども明確な意思表示に苦笑しながら、紙片を彼に返した。


 もし革命勢力が本当に存在するとしたら、彼らと繋がるようドルフを誘導する手もあった。両者が結託(けったく)すれば、言うまでもなく『灰銀の太陽』にとって強い武器となる。が、失敗した場合は悲惨(ひさん)だ。革命勢力の存在をゾラに告げ口されることだろう。双方のパターンを天秤(てんびん)にかけ、ハックはリスク回避を選んだというわけだ。


 つくづく賢明(けんめい)で慎重な子供……。


 視界の端に、黒い影が見える。曲線的な二本角を(いただ)く、黒毛の獣人。ゲオルグ。


 ハックは慎重だ。ちゃんと物事を考えている。でも、だからこそ、ゲオルグとともに行動することを良しとしている事実が心に引っかかってならない。彼はいまだに正体不明の獣人で、きっちりしたタキシード姿も怪しさたっぷりだし、妙な魔術を使ったりもする。『骨の揺り籠(カッコー)』の住民を扇動(せんどう)した手腕(しゅわん)(あざ)やかだったけれど、それだけで信用を置くべきではないだろう。


「ゲオルグのこと、どう思ってる?」


 枝葉(えだは)のざわめきに負けてしまうほどの小声で(ささや)く。


「協力者です」ハックは迷いなく言い切って、立ち上がった。「そろそろ進みますです」


 追及(ついきゅう)するな。なんだかそんなふうに感じてしまった。


 論理的には、ゲオルグは警戒しなければならない相手である。でも、わたしはハックを追及する気にも、ゲオルグに詰め寄る気にもなれなかった。


 ほかならぬわたし自身が――わけもなしに――彼を信用してしまっているのだろう。直感的に。あるいは、自分でも気付かないなんらかの理由によって。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『キージー』→『骨の揺り(カッコー)』の長老。かつて夜会卿のもとで使用人をしていたが、リフとともに追放された。詳しくは『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『ゲオルグ』→『黒山羊族(バフォメット)』なる、黒山羊に似た獣人。黒のタキシードに白手袋、黒革の靴といった出で立ち。言葉を発することが出来ないらしく、文字の魔術を用いてコミュニケーションを図る。『灰銀の太陽』と『緋色の月』の両方を救うと豪語している。詳しくは『809.「不動の黒山羊」』『810.「語る金文字」』『821.「怒りと使命を掌に」』にて


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイに似た獣人。別名、鉄砕のドルフ。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『骨の揺り籠(カッコー)』→身体的ハンデから、口減らしの目的で『異形の穴』に捨てられた獣人のうち、生き残った者たちで作り出した集落。『異形の穴』の底に存在する。詳しくは『第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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