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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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826.「眠る襲撃者」

骨の揺り籠(カッコー)』を出て()や一時間。わたしたちはルドベキアに向けて進んでいた。木々の間隔(かんかく)は広いけれど、枝葉(えだは)は頭上を雲のごとく(おお)っている。まるで糸のような細い木漏れ日が()すだけで、冷えた空気が充満していた。


「もう少し進んだら休憩しますです」


 先頭を進むハックが、ちらと振り返って言う。彼の言葉を獣人たちが次々と後方へ伝言していった。


 まだ距離があるとはいえ、向かう先は敵の拠点(きょてん)である。声を張るわけにはいかず、すべての指示は(ささや)きとして全員に伝達するよう、事前に取り決めてあった。


 そして、およそ一時間ごとの小休止も取り決めのひとつである。


「疲れてない?」


 すぐ後ろを歩く、片目の潰れたタヌキ顔の獣人に()いかける。すると彼はツンと口を(とが)らせて「平気でぃ」なんて返した。けれども息は荒い。


 そんな彼に、ジェニーが「無理しちゃ駄目にゃ」と労わる。


「無理なんてしてねぇって」


「にゃにゃにゃ……本当に大丈夫にゃ?」


「大丈夫でぃ!」


 胸を張るタヌキ顔の獣人を(なが)め、わたしはちょっぴり苦笑した。


骨の揺り籠(カッコー)』の住民のなかで『緋色(ひいろ)の月』――すなわちルドベキアとの戦いに名乗りを上げてくれた者は、比較的ハンデの少ない者が多い。が、そう体力があるわけでもない。長時間の行軍(こうぐん)を不安視する『骨の揺り籠(カッコー)』の(おさ)、キージーの判断を尊重し、最終的にはハックが一時間ごとの休憩を決定したのである。


 先を急いでいる状況には変わりないが、かといってルドベキアに到着した時点でへとへとになってしまっていたら意味がない。万全の状態で(いど)むのが第一だ。


 後ろを振り返ると、縄で縛られ、猿轡(さるぐつわ)()められたタテガミ族が黙々と歩いているのが見えた。『骨の揺り籠(カッコー)』を襲撃した者たちである。今のところ彼らが反抗する気配はない。


『今のところ順調ですね。目立ったトラブルもありませんし』


 わたしの目の前に、金色の小さな文字が浮かぶ。隣を行く山羊顔の獣人ゲオルグが、ちらと捕虜(ほりょ)のタテガミ族を振り返ってみせた。


「ええ、そうね」


『大事なお(まも)りですので、このままじっとしていていただきたいものです』


 お守り、か。あまり好ましい表現ではないけれど、事実その通りだ。捕虜を連れて歩いている理由は、ルドベキアまでの道中(どうちゅう)で『緋色の月』と遭遇(そうぐう)した場合、人質として利用するためである。万が一のときの交渉材料というわけだ。


 タテガミ族のさらに後方――しんがりに、四つ()いで進む巨大な獣人リフの姿が見えた。立ち上がると目立つうえに頭が枝葉を突き抜けてしまうので、やむなく四つ這いで進んでいるのである。


 視線を前に戻し、歩き続ける。


 今頃(いまごろ)みんなどうしてるだろう。ルドベキアへと向かっているのは把握してるけれど、動向の分からないメンバーもいる。たとえば……シンクレールやクラナッハがそうだ。エーテルワースやジェイドもそう。『共益紙(きょうえきし)』で()わされる情報は必要最低限のものだけで、個々の動きまでは見えてこない。生きているのか、すでに死んでしまったのかも。


 不穏(ふおん)な想像が頭に広がりかけたので、思わず首を横に振る。嫌な想像をしたって憂鬱(ゆううつ)になるだけだ。


 きっと生きてる。


 うん。きっとだ。


 前を行く獣人の足が、(にわ)かに止まった。


「どうしたの?」


 首を伸ばして先頭を(なが)めやると、ハックが一点を見つめて立ち尽くしている。その視線の先には――。


「え……?」


 獣道の真ん中に、なにやら茶色の(まだら)模様(もよう)をした、ひと(かたまり)の毛が落ちている。


 列から出て、駆ける。そしてハックのそばまで行くと、自然と足が止まった。道に横たわっているのが(まぎ)れもなく獣人であり、しかも誰なのかも分かってしまったから。


「ドルフ……」


 先日『骨の揺り籠(カッコー)』を襲撃した、『緋色の月』の四番手。リフの拳で天高く打ち上げられてから消息不明だった彼が、今、道の真ん中に倒れている。お腹が規則的に上下しているので息はあるのだろう。


「お姉さん」


 ぼそり、とハックが呟く。


 なにを言いたいのかは大体分かる。タテガミ族を縛り上げる際に使った余りの縄が、彼の手に握られていたから。




 ドルフが目覚めたのは、全身をきつく縛り上げてからのことだった。そこまで決して起きることなく昏々(こんこん)と眠り続けていたのがなんとも不思議である。


「ふわぁ……あん? なんだテメェ!? 人間!? 獣人もいやがるじゃねえか! しかも、おい、テメェはあのときの――いたたた」


 彼は勢い込んで(まく)し立てると、苦しげに顔をしかめた。


 ちらと振り返ると、捕虜のタテガミ族が背伸びをしてしきりに(うな)っている。ドルフの姿が見えないよう捕虜を後方に下げたのだけれど、声はしっかり届いたらしい。こうなる前にドルフにも猿轡をすればよかったのだけれど……。


「テメェらどうしてここにいやがる」


 彼は鋭い目付きで、わたしたちを順繰(じゅんぐ)りに(にら)む。すると、ある地点で瞳の動きが止まった。表情は硬く強張(こわば)り、口元が痙攣(けいれん)する。


 ドルフの視線の先を追うと、ちょうど四つ這いのリフが彼を眺めていた。


 ……なるほど。自分を空の彼方に吹き飛ばしたリフの姿が、さすがにトラウマにでもなっているんだろう。


「ドルフさん」ハックが落ち着いた声で呼びかける。「どうして道の真ん中で寝てたんです?」


「うるせえ! テメェには関係ねえだろうが!」


「無関係じゃありませんです。貴方(あなた)は『緋色の月』の一員で、僕たちの敵対組織なわけですから。動向の把握は必要です」


「へっ。なんでわざわざ教えてやらなきゃならねえんだよクソガキめ」


「教えてくれないなら、しょうがないのでもう一度リフさんに頼んで空の旅をしてもらうです」


 ドルフの顔がサッと蒼褪(あおざ)める。そして、みるみるうちに強気な表情が崩れ去っていった。


「チクショウ……なんで俺様がこんな目に……」


「『骨の揺り籠(カッコー)』を襲ったからですよ」


「うるせえ……んなこと分かってる」


「それで、どうしてここで寝てたんです? ルドベキアに今回の件を報告しに行く途中で居眠りしたわけじゃないですよね?」


「……」


 ドルフはひどくばつの悪そうな顔をしたあと、盛大にため息を吐き出した。そして苦しげに歯噛みする。


「黙ってちゃ分からないです」


 ハック、随分(ずいぶん)と攻めるなぁ……まあ、相手が相手で、状況が状況だから仕方ないけど。


 やがてドルフは、(しぼ)り出すように言葉を(つむ)いだ。


「クソが……なにもかも上手く行きやしねえ。……こんなことにならなきゃオレ様は……いや、そもそもゾラの馬鹿野郎が下らねえことを企まなきゃこんなことには……」


 恨み(ぶし)たっぷりの言葉に、おや、と思った。ゾラに対して『馬鹿野郎』だなんて。ここにはタテガミ族もいるのに、随分と大胆(だいたん)じゃないか。


「どういうことです? ゾラさんの(たくら)みとは、なんです?」


「知ってんだろクソガキ。血族と組んで戦争するってことだよ」


 思わず口を挟む。「あなたは人間を滅ぼすのに反対なの?」


「ちげえよ馬鹿女。ちゃんと脳味噌入ってんのか。人間なんて消えてなくなりゃ――おい女! その剣、抜くんじゃねえぞ!? オレ様は無抵抗なんだぞ!?」


 あ、ついついサーベルの(つか)を握ってた。うん、確かに無抵抗の相手に(やいば)を振るうのは卑怯(ひきょう)な気がする。


 口の悪さは彼の(くせ)みたいなものなんだろう。あんまり許容(きょよう)したくはないけれど、気にしたって仕方ない。


「で、人間が滅ぶのには賛成ってわけね。けど戦争はしたくない……参加するのが嫌ってこと?」


「誰だってそうだろ。特にオレたちは静かに暮らしたいんだ」


 意外。てっきり過激な奴だとばかり思ってた。


「でもな」ため息ひとつ。「従わなきゃ、トナカイ族は樹海で生きていけねえんだよ」


 言って、ドルフはがっくりと肩を落とした。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村をルドベキアの獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』参照


・『クラナッハ』→灰色の毛を持つ獣人(オオカミ族)。集落には属さず、『黒の血族』であるリリーとともに行動していた。気さくで遠慮がない性格。二度クロエたちを騙しているが、それはリリーを裏切ることが出来なかった結果として行動。可哀想な人の方でいたいと日頃から思っている。詳しくは『613.「饒舌オオカミ」』『650.「病と飢餓と綿雪と」』


・『キージー』→『骨の揺り(カッコー)』の長老。かつて夜会卿のもとで使用人をしていたが、リフとともに追放された。詳しくは『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『リフ』→『骨の揺り(カッコー)』の住民。巨人の魔物キュクロプスと、タテガミ族とのハーフ。巨大な身体を持ち、頭には林檎の樹が生えている。夜会卿の統べる街で女性研究者によって生み出された。夜会卿の妾を誤って殺してしまった結果、使用人をしていたキージーとともに街を追放された。臆病な性格。幻覚の魔術を使うことが出来る。詳細は『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『ゲオルグ』→『黒山羊族(バフォメット)』なる、黒山羊に似た獣人。黒のタキシードに白手袋、黒革の靴といった出で立ち。言葉を発することが出来ないらしく、文字の魔術を用いてコミュニケーションを図る。『灰銀の太陽』と『緋色の月』の両方を救うと豪語している。詳しくは『809.「不動の黒山羊」』『810.「語る金文字」』『821.「怒りと使命を掌に」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの元部下。煽られるとつい反応してしまう性格。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。クロエの働きにより『純鱗』に返り咲いた。樹海にて『半鱗』のリーダーであるコルニオラと決闘した末、彼女たち『半鱗』とともに生きることに決めた。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』『Side Jade.「正しさの在り処」』


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイに似た獣人。別名、鉄砕のドルフ。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『骨の揺り籠(カッコー)』→身体的ハンデから、口減らしの目的で『異形の穴』に捨てられた獣人のうち、生き残った者たちで作り出した集落。『異形の穴』の底に存在する。詳しくは『第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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