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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「凪の決め事」

※ジェイド視点の三人称です。

 ジェイドは異様なまでに落ち着いてコルニオラと対峙(たいじ)していた。さざ波ひとつない、(なぎ)の心境。


 自分にすべてが理解出来たとは思っていない。ましてやなにが正しいのかなんて導き出すことの出来ない問題だった。


 ただ、はっきりと決めたことがひとつあって、それが彼にとっては途轍(とてつ)もなく大きく、また意味深い物事に思えた。そしてそれ(・・)()すだけの覚悟も持ち合わせている。


「サフィーロ様は意識を失っている」


 全員に届くよう、ジェイドは声を張り上げる。木々のざわめきや鳥の鳴き声、はたまた周りを囲む『緋色(ひいろ)の月』と『灰銀(はいぎん)の太陽』双方の立てる呼吸音や衣擦(きぬず)れ、あるいは空中にとどまるコルニオラの翼が大気を(つか)む音。それらを押しのけて、ジェイドの声は響き渡った。


「ゆえに、ここからは俺が実質的なリーダーとして貴様(きさま)らを先導する。異論は一切認めない」


 言葉の途中から、ざわめきがジェイドの耳に届いた。自分が宣言した内容が『純鱗(じゅんりん)』にとって受け入れがたいものであることぐらい、彼もよく承知(しょうち)している。だからこそ、明確な反論が返る前に言葉を重ねた。


「俺を認めがたい心情は理解している。不安はあるだろう。が、すべて(ぬぐ)い去ってやるとも。――俺は必ずや勝利する。その(あかつき)には俺を認めて、従え。サフィーロ様がそうであったように、力こそが竜人を束ねる上での最重要事項だ。サフィーロ様に勝利したこの女を俺が(くだ)した場合、貴様らを束ねるに()る力の証明になるだろう」


 徐々(じょじょ)にざわめきが引いていく。『純鱗』たちは互いに顔を見合わせ、不安げに何事かを(ささや)き合っていたが、やがてそれも消えてなくなった。


 誰もがじっとジェイドを見つめている。


 信頼の眼差(まなざ)しではない。(おど)すような目付きをしていた。


『純鱗』たちにとって今必要なのは勝利である。(くだん)の大脱走と、サフィーロの敗北。『半鱗(はんりん)』によってもたらされた二度におよぶ屈辱(くつじょく)を晴らさねば気が済まない。そのためには必ずや勝利を収めなければならないのだ。


 誰の口からも、はっきりとした異論は流れなかった。


「まるで、もう勝ったつもりなのね」


 ジェイドが空中に視線を向けると、コルニオラの無感情な(まなこ)にぶつかった。


 おそらく、とジェイドは考える。おそらく彼女は準備を整えてこの場に姿を現したに違いない。いかにして『純鱗』たちに決闘を()ませるか、そしていかにしてサフィーロを下すか、考え抜いたことだろう。結果的に彼女の想定通りに物事が推移(すいい)しているかどうかについてはジェイドにも分からない。サフィーロが決闘の順序について物申(ものもう)すことまで()り込み済みだったとは考えにくいものの、彼女はきっちりと勝利してみせた。この点は計算通りに違いない。


 ジェイドはコルニオラを真っ直ぐに見つめ返し、首を横に振った。


「あくまで勝利した仮定で話したまでのことだ。勝ちはこれからもぎ取る」


 全身全霊、すべてを()けて掴み取る。そうでなければならない。ゆえに、心にはひとつの波も立たなかった。


 まばたきひとつ。それを契機(けいき)に、コルニオラの気配が決定的に変わった。顕著(けんちょ)なのは眼差しの変化である。討つべき敵を前にしたときの、戦意(みなぎ)る狩人の目。


 自分も同じ目をしていることだろう、とジェイドは(かえり)みる。表情までも変わっているかもしれない。ただひたすらにサフィーロに憧れ、獰猛(どうもう)威圧(いあつ)()き散らしていた自分はもういない。崇拝(すうはい)なしに自分は決断したのだから。


「悪いけど、すぐに終わらせるわ。もう貴方(あなた)たちの姿は見たくないもの」


 言って、コルニオラは身を(ひるがえ)し――。


 (くれない)の一本槍。それがジェイドへと猛進した。


 勝利しなければならない。同時にそれは、コルニオラの死を意味するものであってもならない。そのふたつがジェイドの意志の両輪となり、肉体を躍動(やくどう)させた。


 宙に(おど)り出て、両手を組み合わせて振り上げる。接近する紅の閃光(せんこう)をわずか一瞬、待ち受ける。


 ジェイドに特別な能力はない。高硬度の鱗も、伸縮自在の爪も、武器として振るうことの出来る翼も、彼は持たない。ただ意志だけが猛烈な勢いで肉体を()けめぐり、心は月夜の湖のごとく()いでいる。ただそれだけだった。


 (みどり)(こぶし)は見事なタイミングで打ち下ろされた。槍の先端に激突する、ちょうどのところである。が、ジェイドの想定していた力と力のぶつかり合いは起きなかった。


 鋼鉄を打つような痛みが彼の腕を走る。コルニオラは一瞬のうちに槍を解除し、回転も停止させ、頭を(おお)うようにジェイドの攻撃を防御したのだ。


 ただ、猛進の勢いは消えていない。


 ――彼女が右腕を引くのが見えた。


 一秒にも満たない、ほんの刹那(せつな)。ジェイドの脳裏(のうり)をよぎったのは、サフィーロの姿である。つい先ほどコルニオラに貫かれた蒼の巨躯(きょく)が、自分と重なる。


 敗北。


 その二字が彼の頭に展開されることはなかった。別の気付きが彼を駆ったのである。


 ジェイドの目が(とら)えたのは、コルニオラの右手の爪だった。親指の爪だけが少しばかり欠けていたのである。


 サフィーロを貫いた際の傷とするなら、親指だけというのは道理(どうり)に合わない。すると、サフィーロが繰り出した爪の嵐に砕かれたのであろう。


 与えられた時間は一瞬で、ジェイドは両腕を翼に(はば)まれている。回避出来るほどの時間的余裕もない。そのなかで彼は、たったふたつの覚悟を決めた。


 死の覚悟。


 そして――死んだとしても最後の攻撃をやり抜く覚悟。


 コルニオラの右手が、ジェイドの腹部を貫いた。それと同時に、彼は己の膝でコルニオラの身体の中心を蹴り上げたのである。渾身(こんしん)の力で。


 ジェイドの膝に、やけに柔らかい感触が広がった。痛みのなか、彼は自分自身の想定が正しかったことを知る。


 コルニオラはサフィーロの攻撃を翼だけで(しの)いでいたのだ。彼の高硬度の鱗を貫くだけの硬さが右手にも宿(やど)っているとすれば、それを駆使(くし)して爪を(さば)かないのは不自然である。そして、サフィーロの爪に砕かれる程度の硬度であれば、蒼の鱗を破壊して肉を貫くのは困難。にもかかわらず、彼女はそれをやりおおせた。


 そこからジェイドが直感的に導き出したのは『硬度の転移』である。もちろん、それを駆使すれば爪の嵐にああまで蹂躙(じゅうりん)されることはなかっただろうが、そこにこそコルニオラの戦略があったのだろうとジェイドは(さっ)した。つまり、『硬度の転移』こそが彼女の秘策であり、サフィーロを討つその瞬間までは決して表に出すまいとしていたというわけである。結果的にサフィーロがそれに気付くことはなく、彼女の描いた通りのシナリオとなった。


 激しく吐血しながら放物線を描く、深紅。


 急激に力を失って地へ落ちる、碧。


 やがてふたつのまとまった落下音が、それぞれ()を置いて静寂に波紋(はもん)を作り出した。


 ジェイドの瞳に、目の(あら)枝葉(えだは)落陽(らくよう)の空が映っている。自分自身の呼吸が、ひどく遠い音として耳に届く。木々のざわめきも、帰巣(きそう)する鳥の声も、地虫(じむし)の響きも、両陣営の声も聞こえない。世界にひとりきりでいるような、そんな感覚だった。


 ――立たなければ。


 そう思ったのは、随分(ずいぶん)()ってからだった。


 遠ざかる意識を当初の目的へと繋いだのは、彼の心に(なぎ)をもたらした、たったひとつの決め事である。


 視界が持ち上がる。ぐらりと揺れ、再び地面が大写(おおうつ)しになる。


 もう一度。


 立ち上がりかけては倒れる。


 もう一度。


 またも同じ。


 彼がふらつきながらも両の足で立ったのは、ようやく四度目のことだった。


「勝った……」


「我々の勝利だ……」


「ジェイドがやったんだ……」


 いくつかの声がジェイドの耳に入り込んだ。が、それらに意識を(かたむ)けるだけの余裕はない。彼は視界に横たわる深紅の竜人のことだけを考えていた。


 倒れたコルニオラのそばまで行くと、ジェイドはしゃがみ込んだ。そして、口元に手のひらを持っていく。


 (かす)かな息吹(いぶき)が手のひらにあたった。


「……薬草を」


 彼がそう呟くと、いつの()にやらそばに寄ってきていた『純鱗』が、慌てて(みずか)らの腰につけた袋を(あさ)った。


「まず横になれ! でないと薬草を上手く貼れん」


 そう口走る『純鱗』に、ジェイドはぼんやりと首を(かし)げた。


「ち、がう。俺じゃ、なく、こいつ、に」


 コルニオラの傷だらけの身体を見つめ、ジェイドは言う。


 当惑(とうわく)を顔に浮かべる仲間へと、ジェイドはゆっくりと言葉を重ねた。


「指示に、従え……。異論、は……なか、った、だろ……!」


 自分自身の腹から生温(なまぬる)い液体が漏れ出すのを感じながら、ジェイドは『純鱗』を(はす)に見上げた。


 死んではならない者がいるとするのなら、それはコルニオラだけだ。たとえ彼女が死を覚悟してこの場にやってきたとしても。


 ジェイドの意志が通じたかは(さだ)かではないが、やがて『純鱗』はおずおずとコルニオラの身に薬草を貼りつけはじめた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて

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