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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「フェアネス」

※ジェイド視点の三人称です。

 満身創痍(まんしんそうい)のコルニオラを前にして、ジェイドは歯噛みした。


 ――自分はいつだって、分かり切った物事にぶつかってはじめて戸惑(とまど)う。サフィーロ様が負けたとしたら、次に立つ俺が相対(あいたい)するのは手負(てお)いの女だということは結果が出る前から推測出来たろうに。しかもそいつは、今の俺にとって無視出来ない相手だ。


 コルニオラを特別視する理由について、ジェイドはすでに答えを見つけていた。自分が『半鱗(はんりん)』に()ち、『霊山(れいざん)』の出入口付近で無様(ぶざま)にも素っ裸で転がっていたときに彼女が声をかけてくれたのだ。もうじきすべてが良くなる、と。そして彼女はクロエとともに竜姫(りゅうき)の捜索に旅立ち、『半鱗』の大脱出がはじまった。


「ひとつ聞きたいことがあるの」身構えるジェイドに対し、コルニオラは脱力したまま言う。「どうして貴方(あなた)は『霊山』を出なかったの? その資格はあったのに」


 樹上(じゅじょう)で風が吹いている。(あお)られた木々がざわざわと音を立てていた。


「俺はサフィーロ様の部下だからだ」


「でも、見捨てられた。『鱗塗り』呼ばわりされて、『純鱗(じゅんりん)』から『半鱗』に転落したじゃない」


 ジェイドはあの日を思い出し、噛み締めるように一語一語を声に出す。「それでも俺は、サフィーロ様を裏切るような真似(まね)はしたくなかった」


 大脱走の日、ジェイドは何体もの『半鱗』に声をかけられた。お前はもう『純鱗』ではないのだから、ともに逃げよう、と。ここに残ったらどんなひどい目に()うか分からない、もしかすると事切(ことき)れるまで私刑(リンチ)される、とも警告された。それでもジェイドは無反応を決め込み、申し出を無視して『霊山』に残ったのである。


 待っていたのは彼らの警告した通りの悲劇だった。


『純鱗』から裏切り者呼ばわりをされて、全身がボロボロになるまで暴行を受けたのである。決して祝福出来ない経験ではあったが、そのときのジェイドはただの一度も『ああ、逃げればよかった』なんて思わなかった。暴力に(さら)されている(あいだ)、頭に浮かんだのはサフィーロの姿だけである。


「哀れむな。俺は俺の心に従っただけだ」


 コルニオラの瞳に浮かんだ(うれ)いを見て、ジェイドは鋭く言い放った。


 彼女はまばたきをひとつして、薄く(うなず)く。


「そうね……ごめんなさい」


 これから決闘をするというのに謝罪する。そんなコルニオラに、ジェイドは少しの違和感も覚えなかった。『らしい』とまで思う。


 数秒の沈黙を挟み、彼女のまとう空気が変容(へんよう)した。


 はじまる。そうジェイドが(さっ)すると同時に、彼も、彼女も、動いた。


 コルニオラへと疾駆(しっく)するジェイドに対し、彼女は大きく翼を引き――。


 (どう)()ぐように繰り出された翼の一撃を、ジェイドは地を舐めるように回避した。そして勢いを殺すことなく彼女に接近し、(こぶし)を引く。


 願わくば一撃で終わってくれるように。そんな思いで突き出した拳は、彼女のもう片方の翼に激突した。


 まるで鋼鉄を殴ったかのような衝撃が、彼の腕を伝播(でんぱ)する。それでも(ひる)むことなく、二発、三発と翼に拳を打ち込んだ。


 いかに硬くとも、衝撃は敵の身体に伝わるはず。いくつもの傷を()った状態だからこそ、たとえ防御されていても有効だとジェイドは考えていた。現に、拳を打ち込むたびに彼女の表情は一瞬苦しげに(ゆが)んだ。


 四発目を打ち込んだところで、コルニオラは数歩分、一気に後退した。追撃の意図(いと)でジェイドが足を踏み出した瞬間、彼女の翼が彼の身を激しく打つ。強烈な衝撃とともに、鱗がいくつか砕けた。


「ぐ、あ……」


 肺から空気が押し出され、前進すべく踏み出した足から力が抜けそうになる。


 コルニオラの翼の強度は確かに異常だとジェイドは実感した。サフィーロの堅牢(けんろう)な鱗を砕くほどの威力がある、と。


 そしてこうも思う。


 ――それがどうした。


 彼が脱力したのは、ほんの一瞬だけだった。再び放たれた翼の攻撃をかわし、拳を引いて足を踏み出す。が、彼の一撃は彼女に(かす)りもしなかった。ジェイドが拳を放つ直前に、コルニオラが一歩後退したのである。それと同時に彼女は翼を逆袈裟(ぎゃくけさ)に振り上げた。


 コルニオラのカウンターは、見事にジェイドの(わき)から首元にかけて直撃した。


 痛みに気が遠くなりながら、それでも彼は足を踏み出す。


 拳を打つ。


 避けられる。


 逆襲を食らう。


 単調で一方的な戦闘が繰り広げられていた。が、ジェイドの意識はむしろ攻撃を受けるたびに()んでいく。


 ふと、仲間の竜人の姿が目に入った。つい先ほどジェイドに怒声(どせい)をぶつけた者である。彼は真一文字に口を結び、じっとこちらを見つめていた。拳を握り、全身を強張(こわば)らせて。彼がなにを思っているのかジェイドには分からないし、推察(すいさつ)するつもりもなかった。ただ、物も言わず凝視(ぎょうし)しているその様子を目にして、ひどく愉快(ゆかい)な気持ちになった。


「まだだ! まだ足りん!」


 傷が足りない。流れた血が足りない。砕けた鱗の枚数も、全身を(むしば)む痛みも足りない。


 もう何度翼による攻撃を受けたか分からなかった。相変わらず、ジェイドの拳は彼女に届きすらしていない。それでも彼は高揚(こうよう)を感じていた。


 コルニオラが戸惑(とまど)いを顔に浮かべ、空中に退避した。


貴方(あなた)……どういうつもり?」


「なにがだ」


 ジェイドは肩で荒く息をしながら、足を止めて彼女を見上げる。


「わざと攻撃を受けてるようにしか見えない」


 ジェイドはそう複雑な攻撃手段を持っているわけではない。コルニオラのように特別な翼もなければ、サフィーロのように伸縮自在の爪を持つわけでもない。だが、こうまで単調な攻撃を繰り返すほど(おろ)かではなかった。つまり、図星(ずぼし)である。


 ジェイドは自分の傷と彼女の身体を見比べる。まだコルニオラのほうが痛ましい姿をしていたが、差は軽微(けいび)だった。もう充分、と彼は(うなず)く。


貴様(きさま)と同じだけの傷を()わなければフェアではない」


 言いながら、ジェイドはサフィーロの姿を思い浮かべていた。残酷(ざんこく)で、容赦(ようしゃ)がなく、手段を選ばない。そのような存在として畏怖(いふ)の対象になっているが、サフィーロの人格を示す言葉としてはどれも誤りだとジェイドは常々(つねづね)思っていた。


 フェアネス。


 それがサフィーロという竜人の(かく)だと、ジェイドは(かたく)ななまでに信じている。そしてその姿を模倣(もほう)しようと日頃から(つと)めてもいる。コルニオラへの単調な攻撃と、逆襲を受け続けた理由はそこにあった。


 目論見(もくろみ)としては成功したものの、ジェイドは苦々(にがにが)しく歯噛みする。サフィーロ様ならば、相手に気取(けど)られることもなしにやり()げるだろう。あるいは、決闘の開始時点で(みずか)らの身を裂いて、堂々(どうどう)と全力で戦うことだろう。その点自分はまだまだ未熟だ。


「おかしなことを考えるのね」


「……それは侮辱(ぶじょく)か?」


「いいえ、侮辱なんてしてないわ。けれど、普段から貴方たちが何事(なにごと)に対してもフェアだったなら、こうして竜人が真っ二つに分かれることもなかったのに」


 そうかもしれない、とジェイドは思う。『半鱗』の待遇(たいぐう)がアンフェアなのは明らかだったし、サフィーロの態度は決闘や審判の場でのみ表れる。普段の生活では、『半鱗』を徹底的(てっていてき)軽蔑(けいべつ)していたのは事実だった。そしてジェイドもまた、『純鱗』として彼らを見下(みくだ)していたのも事実である。


「それを考えたところで、もうどうにもならん」


 とっくに分水嶺(ぶんすいれい)()えてしまっている。後戻りなんて出来ない。たとえ『半鱗』が脱走の罪を認めたところで、『霊山』で平穏に生きることはないだろう。審判にかけられて皆殺しにされるだけだ。また、『純鱗』が(みずか)らの態度を謝罪することもなければ、仮にそうしたところで『半鱗』が(ゆる)すとも思えない。双方の(あいだ)には決定的な(へだ)たりが出来てしまっている。そしてジェイド自身、積極的にそれを埋めようとも思っていない。


 ジェイドは、自分とコルニオラを遠巻きに囲む竜人を(なが)めやった。


『半鱗』は深刻な表情をしている。


 一方で『純鱗』は、ひどく怪訝(けげん)な顔をしていた。フェアネスを口にするのがサフィーロだったなら、彼らも礼賛(らいさん)したことだろう。しかしジェイドの口から出たそれは、軽蔑(けいべつ)と不安を(あお)っただけに違いない。


「……そう、どうにもならないわ」


 ジェイドは視線をコルニオラへと戻す。彼女は憂鬱(ゆううつ)な目付きで彼を見下(みお)ろしていた。


『半鱗』が、自分たちだけが静かに暮らせる地を求めて旅立ったことはジェイドも知っている。が、これまでは『純鱗』の立場でしかそれを考えてこなかった。つまり『半鱗』の意志とは無関係に、ただ侮蔑(ぶべつ)を受けたとして怒りを燃やしていたのである。


 彼はコルニオラを見つめて、ようやく分かった気がする、と内心で独白した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『竜姫』→竜人たちにとって、族長に次ぐ重要人物。竜人たちの住処である『霊山』一帯の山脈に雪雲を固定し、人間の侵入から守っている。彼女の姿を見た者は目が潰れ、命を失うとされる呪いを持つ。『聖域』と呼ばれる場所に隔離されており、接触が出来るのは盲目の世話人であるパルルか、唯一前述の呪いの対象にならない族長のみ。詳しくは『687.「姫の呪い」』『Side Grimm.「困惑小人の赤面」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて

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