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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「深紅の一本槍」

※ジェイド視点の三人称です。

 樹上から(はな)たれた、高速回転する一本槍。


 コルニオラが全身を使って作り出したその攻撃は、ちょうどサフィーロの頭上へと真っ直ぐに降下する軌道(きどう)だった。


 ジェイドは無意識に(こぶし)を握り、思う。


 ――そうだ。コルニオラにはその攻撃がある。先ほどは爪の連撃で手一杯になっていたようだったが、そこから逃れてしまえば攻撃の手段はあるのだ。


 ジェイドは決して、コルニオラの勝利を願っていたわけではない。サフィーロが勝ってしかるべきだと、本心から思っている。しかしながら、コルニオラは死ぬべきではないと、そう感じたゆえの一連の行動である。裏切りと(とら)えられても仕方のない言動(げんどう)をしてきたが、敵の勝利を願っているわけではないのだ。


 ジェイドが思考していたのは、ほんの短い瞬間のことだった。コルニオラの攻撃の顛末(てんまつ)――そこに目と頭を奪われたのである。


 サフィーロは彼女の攻撃を避けなかった。彼は両手で槍の先端を(つか)んだのである。


 甲高い擦過音(さっかおん)が響き渡り、サフィーロの顔に苦悶(くもん)が浮かんだ。


 回転が止まればサフィーロの勝利。そのまま両手を(はじ)いて突き抜ければコルニオラの勝利。誰もがそのように考えたことだろう。ジェイドもまた、結末を直感していた。これが最後の攻撃に違いない、と。


 回転はやがて(ゆる)やかになり――しかし、サフィーロに掴まれたまま静止することはなかった。止まる一歩手前で、コルニオラが彼の手のひらを裂いて翼を開いたのである。


 鮮血が散り、サフィーロは苦しげに一歩退()き、両手を胸の前で交差した。それぞれの五指(ごし)から鋭利な爪が伸びたのは、その直後である。コルニオラが着地するより前――つまり、敵が追撃の姿勢に入る前にサフィーロが仕掛けたのだ。


 蛇行(だこう)し、分岐し、無数と(ひょう)するのが妥当(だとう)であるほどの攻撃がコルニオラに迫る。四方八方、そして地中からも。


「終わる」


 ジェイドはなかば無意識に呟いた。正真正銘(しょうしんしょうめい)、これが最後だと感じた。コルニオラが全身を貫かれるイメージが脳裏(のうり)(ひらめ)く。現実の景色はみるみる想像の光景に接近していった。


 爪が身体に到達する直前、彼女はサフィーロへと足を踏み出した。腕を伸ばせば届く、そんな距離まで接近した刹那(せつな)、彼女は翼を除いて全身を爪に貫かれた。


「が……あ……」


貴様(きさま)の負けだ、コルニオラ」


 しかし、彼女の目にはまだ意志の輝きがあった。


 翼が(にわ)かにはためき、両の先端がサフィーロの顔面へと向かう。


 読んでいたのだろう。サフィーロは瞬間的に爪を引き、自由になった両手で翼の先端を(つか)んだ。


「残念だったな。翼さえ(ふう)じてしまえば貴様など非力な虫けらも同然。……息をするのも苦しかろう? 全身を貫いたからな。すぐ楽にしてやろう」


 ぐらり、とコルニオラの身体が揺らぐ。サフィーロの胸へと倒れ込もうとするその姿は、脱力の結果でしかなかった。


 ――が、彼女の身体に力が宿(やど)るのを、ジェイドは確かに目にした。踏み出した片足、そして爪を立てて引いた右手。一瞬にしてなされた抵抗の準備動作も、サフィーロは把握(はあく)していたに違いない。彼の瞳はしっかりとコルニオラを(とら)えていたのだから。それでもなんの対処(たいしょ)もしなかったのは、翼から手を離すわけにはいかなかったからか、それとも非力な細腕では蒼の鱗に傷さえつけられないと高を(くく)っていたからか。


 鱗を砕く鋭い音。そして、肉を貫く生々(なまなま)しい音色が流れる。


 この場の全員が例外なく、その瞬間を目にしていたことだろう。息を()み。思考の一切を奪い去られて。


「な……に……?」


 コルニオラの突き出した腕は、サフィーロの背まで貫通していた。


「「「サフィーロ様!!」」」


 いくつかの叫びが(かさ)なる。が、戦場へと踏み込む者はいなかった。今は決闘のさなかであることを、頭ではなく身体で理解していたからだろう。ほかならぬサフィーロ自身が邪魔をひどく嫌っているのは周知(しゅうち)の事実である。


 コルニオラが腕を抜き去ると、蒼の巨躯(きょく)が沈んだ。


「わたしの……勝ちよ。……サフィーロ」


 (あえ)ぐような、必死の声。しかし勝利宣言には違いない。


 サフィーロはきつく目を閉じ、言葉を返すことは出来ていない。が、その口元が何事かモゴモゴと(つむ)いでいた。誰の耳にも届かない言葉が、そこにあるのだろう。


「わたしは……殺すまで戦うつもりなんてないわ。誰か、サフィーロを運んであげて」


 五秒。


 十秒。


 無反応が続いていく。


 やがてコルニオラはため息を漏らし、蒼の巨体を持ち上げ、その下に自分の身体を差し込むようにして背負った。瞬間、彼女の全身から血液が(ほとばし)った。満身創痍(まんしんそうい)なのはむしろコルニオラのほうなのだ。


 ジェイドが足を踏み出すことが出来たのは、彼女の一連の行為を見てからのことである。


「俺が運ぶ」


「そう……。じゃあ、お願いするわ。薬草は持ってる?」


「量は多くないが……持っている」


「よかった。もし()りなければ、わたしの仲間に声をかけて。分けてあげるから」


 サフィーロを()い、ジェイドは小さく(うなず)いた。彼女に疑問をぶつけるつもりはない。コルニオラがどうしてそこまで申し出るのか。なぜ敗者の立場から物を考えることが出来るのか。その答えはすでに出ている。


 サフィーロを背負い、『純鱗(じゅんりん)』のもとへと踏み出す。背を伝うぬるい(したた)りは、きっと血液だろう。


「お……ろせ」


 かすれ声がジェイドの耳に届く。それを聞くことの出来た者は彼だけだったろう。


「降ろしません。早く治療しなければ――」


「だ、まれ……うら、ぎり、もの」


 胸の痛みを、ジェイドは意識した。サフィーロにとって自分は裏切り者でしかない。ほかの竜人の目から見ても同様だろう。


「……サフィーロ様。俺は今でも貴方(あなた)を尊敬していますし、忠実な部下でありたいと思っています」


 しかし、それは隷属(れいぞく)を示すわけではない。自我はある。――そこまでは口にしなかった。


 やがて仲間のもとまでたどり着くと、すぐに治療がはじめられた。血まみれの患部に薬草を貼り付け終える(ころ)には、サフィーロはすっかり気を失ってしまったようだった。荒い呼吸が規則的に繰り返されているが、(まぶた)は決して開かない。彼のうわ言も収まっていた。


「サフィーロ様が負けるなんて……」

「ありえないことだ……」

「許さんぞ……」


 言葉はそれぞれ違っていたが、『純鱗』の意志の方角は同じだった。誰もがサフィーロの敗北に衝撃を受け、復讐心を燃やしている。


「一回目の決闘はわたしの勝ち……。さあ、二回戦をはじめましょう」


 声の方角を見ると、コルニオラが血に染まった地面の上に立っていた。先ほどサフィーロと死闘を繰り広げた、その場所である。


 立ち上がったジェイドの肩を、仲間の竜人が乱暴に引き戻した。


「おい、お前に任せるわけにはいかん。サフィーロ様はお前を信用していなかった」


 違いない。もはやサフィーロの信用は失ってしまっている。


 が、問題はそんなところにはない。


「俺はサフィーロ様から二戦目の出陣を許された。すでに決まった物事だ」


 ジェイドは竜人の手を振り払い、戦場へと踏み出す。後ろから怒声(どせい)が飛んだが、決して振り返ることはなかった。


 コルニオラの前まで行くと、ジェイドは顔を(ゆが)めた。間近(まぢか)で見る彼女の傷は、痛々しいなんてものじゃない。全身のいたるところの鱗が砕かれ、爪による傷が今も血を滴らせている。


「二戦目も貴様が出るのか?」


「ええ」


「治療しろ」


「え?」


「その傷で俺に勝てると思うな。早く治療しろ」


 ジェイドは小声で言う。すると、コルニオラの目元が柔らかく歪んだ。


「そんな時間ないでしょ。薬草を貼ったってすぐには治らないもの」


 当たり前の事実である。治癒には相応(そうおう)の時間がかかる。そして薬草を貼り付けたまま戦うなど滑稽(こっけい)でしかない。どうせ戦闘中に()がれてしまうのは目に見えている。


 そんなことにも思い(いた)らず言葉を(はっ)してしまった自分自身に、ジェイドは苦笑した。そして、深呼吸をひとつして表情を切り替える。真剣で獰猛(もうれつ)な顔へと。


 しかし、コルニオラは脱力したままジェイドを(なが)めていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて

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