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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「シーソーゲームと反乱分子」

※ジェイド視点の三人称です。

「そんな……」


 サフィーロの爪が砕かれる場面など、はじめて目にした。ジェイドは唖然(あぜん)と口を開け、戦場を俯瞰(ふかん)する。サフィーロはなおも爪を分岐させて攻撃を繰り出し、コルニオラは両の翼を優雅(ゆうが)に操って(せま)りくる攻撃を次々と破壊していた。


「自慢の爪が壊された経験はある? きっとないわよね。いい経験が出来てよかったんじゃない?」


「減らず口を!」


 鋭い破砕音が響き渡り、火花が散る。サフィーロは苛烈(かれつ)なまでの攻勢に打って出ているが、対するコルニオラは見事に(しの)いでいた。


「……まずいんじゃねえのか……?」


 ぼそり、とジェイドの隣で呟きが漏れる。


 隣の竜人の、(こら)えきれなくなって(あふ)れ出たような声はまさに彼の心中(しんちゅう)にあった言葉そのものだった。


 ジェイドの知るなかで、サフィーロの敗北はたった二度だけである。決闘においても、魔物との戦闘においても。そのうち一回は、若き日のサフィーロがアレクに敗北したという噂を聞いただけのことである。おそらく真実なのだろうが、サフィーロ自身がそれを積極的に語ることはなかったので(さだ)かではない。


 そして二度目の敗北はつい最近の話である。『霊山(れいざん)』での決闘。相手は『灰銀(はいぎん)の太陽』に(くみ)する人間、クロエ。その決闘も、ジェイドの見る限りにおいてはサフィーロの一方的な試合だった。濃い砂煙に(おお)われている(あいだ)轟音(ごうおん)が響き渡り、いつの()にかサフィーロが壁に叩きつけられていたのである。はっきりとした敗北というよりは、詐術(さじゅつ)のように見えた。それでもクロエの勝利には違いない。


 アレクとの戦闘模様(もよう)がどうであったかはジェイドの知るところではないが、少なくとも、彼の目にしてきたあらゆる現実の場面において、サフィーロが相手と互角(ごかく)の戦闘を繰り広げたことは一度たりともなかった。いずれの場合も圧倒的優位に立っていたのである。


 それが、どうしたことか。これまで徹底(てってい)して見下(みくだ)してきた『半鱗(はんりん)』――コルニオラと五分五分の戦いを展開している。いや、攻撃を完璧に(しの)がれている以上、もしかするとサフィーロのほうが劣勢(れっせい)かもしれない。


「サフィーロ様……」

「なんだこれ……」

「敵は『半鱗』だろ……?」

「こんなに強かったのか……?」


 呟きが周囲に広がる。そのいずれも会話には発展しなかった。おそらくは、誰もが火花を散らす二人から目を離せずにいて、言葉をさらりと聞き流していたからだろう。ジェイド自身がそうであるように。


「その爪、ちっとも減らないのね。壊しても壊しても伸びてくるなんて厄介だわ」


 コルニオラは身体の動きを少しも(ゆる)めることなく、そう口にした。サフィーロの返事はない。


 すべての攻撃を(さば)いてはいるものの、コルニオラはなかなか前進出来ずにいる様子だった。一歩踏み出しては爪の雨を凌ぐべく一歩分の後退を余儀(よぎ)なくされる。見事な対応には違いなかったが、攻勢に転ずるのに苦慮(くりょ)している雰囲気はジェイドも感じた。傍目(はため)から見てそうであるということは、当事者であるサフィーロは当然把握しているはずである。ジェイドの知る限りサフィーロは、岡目八目(おかめはちもく)の通用しない存在であった。


 やがてコルニオラは八方から迫る爪を翼で(はじ)き、前傾(ぜんけい)した。その刹那(せつな)――。


「うっ……!」


 コルニオラの身体が宙に浮いた。(いな)、地中から飛び出した爪に突き刺され、衝撃(しょうげき)で身体が浮き上がったのである。


 彼女はすぐさま空を駆け、爪の嵐から距離を置いて着地した。


「どうした、コルニオラ。足元は無事だとでも思ったか?」


「……」


 コルニオラはじっとサフィーロを(にら)んだきり、返事をしない。爪の連撃は一旦(いったん)やんでいた。


 コルニオラの沈黙が、言外(げんがい)に焦りを示しているようにジェイドには思えた。そうして、なるほど、と思う。これまで、彼女の翼はどれほどサフィーロの攻撃を受けても傷ひとつつかなかった。それどころか、逆に攻撃を砕くほどの硬度を見せつけたのだ。もしコルニオラの全身が(ひと)しくそれだけの硬さを備えていたのならば、わざわざサフィーロの攻撃すべてを綺麗に(さば)く必要はない。眼球や鼻、口元といった、鱗に守られておらず、どうしてもダメージを受けてしまう箇所(かしょ)だけを対応すればいい。


貴様(きさま)の全身が高硬度ならば、すでに私の(ふところ)に飛び込んでいるだろう。にもかかわらず貴様は前進を躊躇(ちゅうちょ)した。言うなれば、翼以外のすべてが貴様の弱点というわけだ」


「……さっき減らず口と言ったけれど、貴方(あなた)もなかなかのものよ。弁護人としての経験の賜物(たまもの)ね」


「ふん……。さて、貴様の程度は知れた。決闘前に得意な台詞を吐いていたが、所詮(しょせん)私の敵ではない」


 サフィーロの言葉を契機(けいき)に、再び爪の嵐が巻き起こった。今度は先ほどまでのように地上での攻撃ばかりではない。地中からも次々と爪が襲う。


 四方八方からの攻撃ならば、彼女もこれまで通り捌けただろう。しかし、すでに戦闘は次の段階へと推移(すいい)している。


 鮮血が木漏れ日に()えた。致命傷こそ()けているものの、コルニオラが地中からの攻撃までは対応出来ていないことは明らかだった。また、考えるべき物事が増えたからだろう、これまで十全(じゅうぜん)に捌いてきた地上の攻撃さえも、かすっていた。爪が触れるたびに甲高い音色(ねいろ)が鳴り、彼女の鱗が破片(はへん)を飛ばし、血液が散る。コルニオラを『その程度』と(だん)ずるだけの実力がサフィーロにあることは、もはや誰の目にも明らかだった。


「……コルニオラさんっ!」


『半鱗』のひとりが(はっ)したであろう、悲痛な叫びがジェイドの耳を打った。


 ぶるり、と身体が震える。


 なぜ震えるのか。


 恐れている?


 だとするなら、なにを?


 答えが出る前に、ジェイドの耳は別の声を聴いた。ごく間近(まぢか)で。


「サフィーロ様! もう――もう決着はついています! それ以上は必要ない!」


 なぜ。


 なぜ俺は叫んでいる……?


 取り返しのつかない自問が、冷や汗とともにジェイドの身体を流れた。


 サフィーロの連撃は止まらない。が、彼の瞳が一瞬だけこちらを睨んだのを、ジェイドは確かに見た。


 息苦しい。上手く呼吸が出来ない。


「ジェイド。貴様、自分がなにを言っているのか分かっているのか? 貴様はたった今、私を侮蔑(ぶべつ)したのだぞ? 同時に、敵に(くみ)したとも言えよう」


「ち、違うのです!」


 なにが違うというのか。自分でも分からず、それでもジェイドは浮かんだ言葉を吐き飛ばした。


「すでに敵の実力は知れました! もはや決闘はサフィーロ様の勝利です! ゆえに、わざわざお手を(わずら)わせるなど――」


「ジェイドよ。貴様はもう私の配下ではない。『純鱗(じゅんりん)』ではあれど、貴様は反乱分子だ。即刻(そっこく)私の前から消え去れ。でなければ――」


「いいえ! 消えるわけにはいきません。俺は二回戦を(にな)っているのです。決着を見届けるまでここを離れるわけにはまいりません! もとは俺が()うたことではありますが、二回戦は俺に任せるとおっしゃってくださったのは貴方です!」


 爪の嵐は止まらない。コルニオラは今や、(くれない)虹彩(こうさい)をまとっていた。血の赤と、鱗の赤。二重の色彩が陽光を(まだら)に受けている。


 コルニオラが空中に飛び上がった。彼女は(はる)か上へと(のぼ)り、やがて枝葉(えだは)を突っ切って樹上へと消える。


 逃げたのではないことは、『半鱗』たちの反応で明らかだった。彼らは落ち着いてサフィーロを見据(みす)えている。


「なるほど。目隠しのつもりか」


 サフィーロの舌が、上唇を舐める。


 枝葉に(さえぎ)られた天空。そこへと消えたコルニオラを追う手もあるはずだが、サフィーロはそうしなかった。


 地上で彼女を待ち受ける。それが彼の選んだ対応である。


 必ずや敵はなにか仕掛けてくる。それを完璧に破壊することで華々しい勝利を得よう――そんなサフィーロの意志が、ジェイドには把握出来た。


 コルニオラは負けるだろう。そして、ここにいる『半鱗』は一体残らず命を失う。予定調和だ。なにも不思議なことはない。最初から分かっていた結末。なのにどうして、こうも胸が苦しいのか。


 ジェイドは覚悟を決め、一歩踏み出した。


 すでに、先ほどの言葉で分水嶺(ぶんすいれい)は越えてしまっている。いや、二回戦目を自分が(にな)うと進言(しんげん)した瞬間から、サフィーロにとっての『よき部下』ではなくなってしまっていることは明らかだ。だからというわけではないが、自分自身の意志に従うのも悪くないかもしれない。


 そのとき、ジェイドは(まぎ)れもなく罪を犯そうとしていた。決闘中のサフィーロを力で()じ伏せようと考えたのだ。これがもし行動に移されていたのなら、彼は間違いなくその場で殺されていたことだろう。


 ジェイドの足が止まる。


 枝葉を裂き、サフィーロへと猛進する一本槍が、その瞳に()えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『アレク』→青みを帯びた緑の鱗を持つ竜人。興奮すると鱗の色が変化する。サフィーロ同様、次期族長候補であり派閥を形成している。詳しくは『685.「開廷」』にて


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて

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