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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「一度だって驕らずに」

※ジェイド視点の三人称です。

 ルドベキアへと続く道中(どうちゅう)。左右を山に挟まれた地。木々はまばらで、(かたむ)きかけた日差しが下草(したくさ)()い茂った地面に斑模様(まだらもよう)を描いていた。


 先ほどまで獣人と竜人が激しくぶつかり合っていたその場所は、今や異様な空気に包まれていた。


 十メートルほど距離を置いて立つ二体の竜人。『灰銀(はいぎん)の太陽』と『緋色(ひいろ)の月』は彼らを遠巻きにぐるりと囲んでいた。足元で小枝の折れる音、遠くの鳥の鳴き声、小動物が(やぶ)()き分ける微音(びおん)(ひか)えめな(せき)――言葉未満の微小な音だけが存在する、静謐(せいひつ)な空間がそこにあった。ジェイドもまた、それを形成しているひとりである。


半鱗(はんりん)』をこの場に引き出すことが出来るかどうか。それは中心に(たたず)む二体の竜人にかかっていた。


「サフィーロ」


「気安く私を呼ぶな、『半鱗』風情(ふぜい)が」


 すぐにも決闘がはじまる雰囲気があった。いつ破裂してもおかしくないほど空気は張り詰めている。なにが戦闘開始のきっかけになるか分かったものではない。


 ギャラリーを形成する敵味方と同様に、ジェイドも二人をじっと見つめることしか出来なかった。


「気安く呼んでなんていない。貴方(あなた)の自尊心の高さは竜人全員が理解してるから。……サフィーロ。昔、わたしが決闘を(いど)んだことを覚えてる?」


 ジェイドは、おや、と思った。かつてそんなことがあったのだろうか。少なくとも、記憶してはいない。


 サフィーロも同様だったのか、つまらなさそうに鼻を鳴らした。


「記憶にないな。『半鱗』の一挙一動(いっきょいちどう)など取るに足らん」


 するとコルニオラは、ほんの少しだけ口角(こうかく)を上げた。それは皮肉な安堵(あんど)(こも)った笑みとして、ジェイドの目に映る。


「わたしが決闘を挑んだときも、貴方はそう返した。『半鱗』だから相手にする価値もない、そう言ったのよ」


「……だからなんだ」


 コルニオラはあろうことかサフィーロから視線を外し、周囲を眺め渡した。


 彼女の視線が竜人全体へと均等(きんとう)に流れる。


「サフィーロに決闘を挑んだきっかけは、(たい)したことじゃなかった。わたしは『半鱗』の権利を主張するために、サフィーロ、貴方を味方にしたくて決闘を持ちかけたのよ。貴方は約束を反故(ほご)にはしないみたいだったから。……でも、相手にしてくれなかった。それはそうよね。貴方からすれば脈絡(みゃくらく)なく決闘を吹っかけられただけだもの」


 仮に、とジェイドは考える。仮にサフィーロがすべてを知ったとして、そんな決闘を受けるだろうか、と。第一、メリットがない。


 サフィーロはたったひと言、「馬鹿げている」とだけ返した。


 コルニオラは目を細め、やはり皮肉っぽく微笑んだ。


「そうかもね。貴方は確かに、決闘を受けないほうが懸命だった」


「……なぜだ」


 サフィーロの()いには答えず、コルニオラは両腕と翼を広げ、彼と相対(あいたい)した。深紅の鱗が(きら)びやかに陽光を吸収する。


「ところで、サフィーロ。貴方たち『純鱗(じゅんりん)』は一度だって『半鱗』と決闘してくれた?」


「一度たりともない。決闘は双方の合意のもとで成立する神聖な儀式だ。貴様ら『半鱗』には儀式の参加権などない」


「そう、その通り。だから貴方たちは、わたしの本当の力を知らない。自分たちよりも下の存在だと決めつけていながら、たった一度だって力を量ろうとはしなかった」


 不意に空気が質を変えた。まるで糸がピンと張られたように。


 はじまる。ジェイドは明確に戦闘開始の気配を(さと)った。


「貴様は自分の力に自信があると言いたいのだな?」


「いいえ。自信なんて、貴方たち『純鱗』のせいで持ったことなんてなかったわ。能力も、才覚も、知恵も、誇りも……貴方たちは『半鱗』の心にずっと(くさび)を打ってきたのよ」


「つまりなにが言いたい? 我々を罪人だとでも?」


「別に」コルニオラがゆらりと、その身を前傾(ぜんけい)させた。そして倒れる一歩手前で、彼女の右足に力が(こも)る。「ひとつだけ言えることがあるとするなら、わたしは貴方に負けることはない」


 赤の閃光(せんこう)が蒼の巨躯(きょく)へと一直線に飛び込んだ――。


 あ、とジェイドの(のど)から(ほう)けたような音が漏れる。続いて全身の鱗が逆立っていくような感覚を得た。


 一本の回転する槍。サフィーロへと飛び込むコルニオラの姿は、まさしくそうとしか表現することが出来なかった。硬直させた翼で半身を包み込み、回転しつつ飛び込んだのだろう。理屈(りくつ)はジェイドにも分かるが、回転量や速度は単純な理解を超越するほどのものだった。


 サフィーロが(こぶし)を引き、(せま)る槍の先端に合わせて(はな)つ。双方がぶつかり合った瞬間、空震(くうしん)と風圧が周囲を襲う。


 ジェイドは心持ち顔をしかめたが、決して(まぶた)を閉じはしなかった。


 激突の結果、一瞬コルニオラが吹き飛んだように彼の目には見えたが、そうではなかった。彼女はひらりと空中で翼をほどき、優雅(ゆうが)に着地したのである。そして――。


「ぐ……」


 サフィーロの突き出した拳。そこから血が(したた)っていることに気付き、ジェイドは息を()んだ。拳の鱗が何枚か(くだ)けている。


 たとえ『半鱗』の大将とはいえ、これほどの芸当が出来るなんてジェイドは夢にも思っていなかった。彼女を(あなど)っていたつもりはない。が、こうして驚嘆(きょうたん)が胸に広がるにつれ、自分の認識の甘さを痛感せずにはいられなかった。


『半鱗』は、あらゆる点で『純鱗』に(おと)った存在。そんな価値観が染みついていた自分を苦々(にがにが)しく感じた。


「自分がどれだけ(おご)っていたか……ようやく分かった?」


 コルニオラの口調は淡々(たんたん)としていた。(あお)っているような素振(そぶ)りも、得意になっている雰囲気もない。ただ事実を突きつけている。あるいは、思い知らそうとしている。そんな具合だった。


 明らかにサフィーロに対して放たれた言葉だったが、ジェイドはまるで自分が指摘されたように感じ、ハッとした。


 これまでジェイドは『純鱗』であることに誇りを(いだ)いて生きてきた。そしてほかならぬサフィーロによって『半鱗』に()とされ、クロエの働きで再び『純鱗』へと返り咲いた。転落によって、これまで大事にしてきた誇りがいかに過大で無根拠なものであるかを痛いほど経験したのだ。にもかかわらず、まだ自分のなかにしぶとく先入観がこびりついていたことを糾弾(きゅうだん)されたように、ジェイドは感じたのである。


「たかが一撃で図に乗るなよ……『半鱗』風情が!」


「調子になんて乗ってない。わたしたちは一度だって(おご)る余裕なんてなかったじゃない」


 サフィーロの表情は薄暗い変化を(かも)していた。先ほどハンジェンに向けていた()き出しの高揚(こうよう)とは違い、隠そうと(つと)めているにもかかわらず興奮が(にじ)んでいる。


「なら、もっと必死に戦うといい。血液の一滴までも(しぼ)って全力で来い虫けらぁ!!」


 言葉とともに開いた両腕。五指(ごし)の先端から、まるで鞭のごとく爪が放たれた。いくつも枝分かれしながら、生物的に曲折(きょくせつ)する伸縮自在の爪。それらが一斉(いっせい)にコルニオラへと(せま)ったが、一本たりとも彼女の身体を貫くことはなかった。


 コルニオラは目を見開き、舞うように無数の攻撃を()けている。着実に前進しながら。


 爪は次々と分岐し、彼女の進むべき道を(はば)んでいく。


 サフィーロにしてはやけに慎重で余裕のない戦法だとジェイドは感じた。普段ならばたっぷりと敵の攻撃を味わったうえで蹂躙(じゅうりん)するのがサフィーロという竜人である。クロエと戦闘したときがまさに顕著(けんちょ)だった。


 相手が『半鱗』だからだろうか。いや、おそらくそれだけではない。


「……まるで(おり)ね」


 コルニオラはいくつもの爪に囲まれ、ついに()を止めた。


「貴様を切り裂く死の檻だ」


 言うや(いな)や、サフィーロは片手を振り上げた。それを契機(けいき)に、コルニオラを囲んでいた爪が一気に縮む。


 八つ裂き。そんな未来が数秒後に迫っているようにジェイドは(さっ)した。かつて『霊山(れいざん)』周辺に出現した中型魔物が、縮んでいく爪の檻でバラバラにされたことを彼は思い出していた。


 コルニオラの死を想い、ジェイドはほとんど無意識に拳を握っていた。血まみれの結末が訪れるであろうことは戦闘開始前から分かり切っているというのに。


 息を吸い込む音。それが、彼の耳元でやけに大きく鳴った。


 もし爪が彼女の身に食い込んでいたのなら、彼はそのまま叫んでいたことだろう。しかし、(こう)か不幸かそうはならなかった。


「……貴様」


 身を(ひるがえ)したコルニオラ。その動きに合わせて斧のごとく振るわれた翼が、サフィーロの爪を一挙(いっきょ)に砕いたのである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。現在はリリーを裏切り、『緋色の月』に協力している。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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