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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「たとえ仮初でも」

※ジェイド視点の三人称です。

 二度の決闘。しかも一度目は自分が出陣する。


 コルニオラをじっと見つめ、ジェイドは頭に疑問符を浮かべた。なぜ自分が決闘の相手として選ばれたのか。


 二度目の決闘相手がサフィーロであることはジェイドとしても妥当(だとう)だと感じていた。生き死にを(けっ)するのは二回戦目である。しかしながら、この場に『半鱗(はんりん)』の残党(ざんとう)を呼び出せるか(いな)かも重要だ。そのための決闘相手がどうして自分なのかと、ジェイドは(いぶか)しく感じたのである。コルニオラは偶然(ぐうぜん)指名したのだろうか。それとも――。


 ジェイドは首を横に振り、(まど)う思考を頭から追い出した。結局のところ、自分に物事を決める権利はない。


 斜め前に(たたず)むサフィーロ。その背を見つめる。


 返事が(はな)たれたのは、コルニオラの要求から数分が経過してからだった。


「決闘は()もう」


 だが、とサフィーロは続ける。「一度目はジェイドが出るだと? 貴様(きさま)にそれを選ぶ権利などない」


「なら貴方(あなた)の要求をどうぞ」


 コルニオラの口調はやけに落ち着いていた。決闘を呑ませることが彼女にとって関門だったのかもしれないと、そんなふうにジェイドは(さっ)した。


 決闘自体は、そう悪いアイデアではない。むろん、結果が出たうえで当初の約束が遺漏(いろう)なく守られればの話だが。その可能性を差し引いても、お互い(いたずら)に戦力を(つい)やすことなく決着をつけられるのは魅力的である。だからこそサフィーロも合意したのだろう。


 サフィーロが一歩踏み出すのを、ジェイドは緊張のうちに見守っていた。一切をコルニオラの提示した通りに進めさせるはずがないことは彼も分かってはいた。サフィーロの性格上、余程(よほど)有利な条件でない限りはどこかで物言(ものい)いが入って(しか)るべきである。


「逆だ。貴様が二度戦うのではない。私が二度とも戦う。つまり一戦目に私が出て、コルニオラ、貴様を潰す。次に貴様らのうち誰が出るかは好きに決めるといい」


 決闘の機会(きかい)が二度あるのなら、二度とも自分が出る。ほかの者には決して任せない。ジェイドはその要求を、さもありなんと聞いていた。サフィーロの性格上、当然の要求である。


「貴方が負けたら次は誰が出るの?」


「私が負けたらだと? つまらん想定だ。そんな未来はあり得ん」


「あくまでも仮の決め事よ。貴方が負けたときに全部が有耶無耶(うやむや)になったら困ると言ってるのよ」


 サフィーロの表情は見えないが、その背から(ただよ)う雰囲気でなにを思っているのかはおおよそ把握(はあく)出来た。きっと彼は苛立(いらだ)っている。(あなど)られることは、なによりサフィーロの嫌うところだから。


「ならば」重い吐息をひとつして、サフィーロは殊更(ことさら)静かに言い放つ。「私が万が一負けたとしたら、二度目の決闘は必要ない。我々全員の敗北でかまわん」


 沈黙が流れる。ジェイドの意識は(おも)に、自分の後方へと向いていた。異論の出る気配がないかと探っていたのだが、そうした雰囲気は感じられない。彼は自分の鱗の(あいだ)に、じわりと汗が(にじ)むのがはっきりと分かった。


 サフィーロが敗北する姿などジェイドは思い描いていない。そんな事態が現実に起こるとは考えられなかった。それでも――。


「サフィーロ様!」


「なんだジェイド」


 声が上擦(うわず)る。


 自分は今、とんでもないことを口にしようとしている。


 それでも言わざるを得なかった。


「サフィーロ様。万が一……万が一など起こり得ないことは分かっております。分かっておりますが、二戦目を俺に任せてはいただけないでしょうか……?」


「貴様」振り返ったサフィーロの瞳には、案の定、()てついた殺意が(みなぎ)っていた。「二戦目と言ったか? つまり、私が敗北した前提の席を()めようと?」


 身体が硬直する。鱗をじっとりと汗が伝っていく。


 たった今口にしたことが、サフィーロにとって侮蔑(ぶべつ)にあたる言葉だということは、ジェイド自身よく分かっていた。分かっていながら彼は自分に従ったのである。そこに論理的な理由は介在(かいざい)しない。万が一を考えて進言(しんげん)したわけでもない。


「サフィーロ様……。俺が無礼(ぶれい)を働いていることは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)しています」


 ジェイドは膝を突き、(あお)巨躯(きょく)を見上げた。そして(ひたい)を地面に(こす)りつける。


「お願いします。どうか俺に機会を下さい!! かたちだけでいいのです!!」


「貴様に任せる理由がない」


「理由はなくともいいのです!!」


 サフィーロが小さく「馬鹿馬鹿しい」と呟くのを、ジェイドは確かに耳にした。


 きっと、誰の目にも自分は愚か者と映っているに違いない。


 正体の分からない直感。それが今のジェイドを動かしていた。コルニオラに(ゆび)さされたその瞬間から、彼は『自分が戦場に立たねばならない』と感じたのである。もちろん、サフィーロの手によって決闘が終結を(むか)えることは彼も信じている。ならば大人しく任せておけばいいと思ったものの、衝動を(おさ)えるよすが(・・・)にはならなかった。


 サフィーロが勝利すること。自分自身が決闘に名を(つら)ねること。それらはジェイドにとって、あくまでも別物だった。


「子供じみた真似(まね)を」


 サフィーロの吐き捨てるような言葉を聞いてもなお、ジェイドは頭を上げなかった。同じ台詞を繰り返したのみである。「機会を下さい」と。


 地に頭をつけてから何分が経過したか分からない。やがてサフィーロはひと言、「好きにしろ」と告げた。


 ジェイドが顔を上げると、サフィーロはすでに背を向けていた。その全身からは()ややかな雰囲気が漂っている。


 ようやく折れてくれた。とはいえ、この先がないことをジェイドは自覚した。もう二度とサフィーロは自分に何事(なにごと)かを任せてくれないだろう。もしかすると、部下であることさえ拒絶されるかもしれない。金輪際(こんりんざい)周囲に姿を現すなと命じられる様子は、いとも簡単に想像出来る。それでもジェイドは、サフィーロの許諾(きょだく)にただただ感謝していた。


「話はついた?」とコルニオラ。


 彼女は口調も態度も、降り立ったときから少しも変わっていない。冷静に、慎重に、そして礼節(れいせつ)(わきま)えた雰囲気を決して崩していなかった。


「初戦は私が出る。そして万が一私が敗北した場合、次戦はジェイドを出そう」


「そう。なら、それで決まり。貴方が一戦目に勝てば残りの仲間を呼ぶわ。そして次の戦いに勝ったなら、わたしたちの命は好きにしていい」


 ジェイドがサフィーロとやり取りをしている(あいだ)に話をつけていたのか、獣人たちも異論なく(うなず)いていた。どうやら彼らもコルニオラに命を(たく)すつもりらしい。確かに彼らの勝ち(すじ)はそれのみである。もし全勢力がぶつかったとしたら、敵の勝ち目は薄い。こちらは負傷者が多いものの、総合力で見ればまだまだ差があった。


「貴様らが勝った場合はどうするのだ。あり得ぬことだが、聞いておこう」


「わたしたちが勝った(あかつき)には――」


 言葉を切り、コルニオラは()を置いた。その(かん)、彼女がこちらの竜人――『純鱗(じゅんりん)』を(なが)め渡すのをジェイドは見て取った。


「――貴方たちは『灰銀(はいぎん)の太陽』を抜けて、即刻(そっこく)霊山(れいざん)』に戻ってもらう。そして二度と『半鱗』に危害を加えないと約束してもらうわ」


 しん、と静寂が降りた。ジェイドは薄く唇が開くのを感じ、眉間(みけん)(しわ)を寄せる。


 釣り合っていない。素直にそう思った。こちらは敵方の命をもらい受ける。にもかかわらず、相手は撤退(てったい)だけを望んでいる。


「なにを馬鹿な。対等な取引を知らないのか、貴様は」


 サフィーロの言葉を皮切りに、あちこちで嘲笑(ちょうしょう)が巻き起こる。しかし、ジェイドは決して笑う気になどなれなかった。やはり最初と同じように、ただひたすらにコルニオラを凝視したのみである。


「対等かどうかは興味ない。わたしたちにとって必要なのは貴方たちの撤退だけ」


 コルニオラが涼しげに言い放つ。


 やがてサフィーロはつまらなさそうに「よかろう」と返した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて

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