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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「竜人と竜人」

※ジェイド視点の三人称です。

 援軍が登場したからだろう、獣人たちが次々と後退していくのが見える。負傷した者も、よろめきながら退()いていく。彼らを追撃する竜人はひとりもいない。むろん、ジェイドを(ふく)めて。


 理由は明白だ。


 先ほど降り立った竜人たちは、二列横隊でじっとこちらを見据(みす)えている。連中は身じろぎひとつしない。


 空気は一変していた。敵方は沈黙を守って(たたず)んでいるが、それはこちらも同様である。ただ、敵方と違ってこちらの沈黙には怒気(どき)(ただよ)っていることを、ジェイドは明確に感じ取っていた。空気に憎悪が溶けだしている。そしてジェイドもまた、身体の深いところから不快感が噴出するのをはっきりと自覚していた。


 ジェイドの目に映る竜人は、最前線でハンジェンと相対(あいたい)していたサフィーロだけである。彼もまた、今はハンジェンと距離を置き、ジェイドのすぐ近くまで退いていた。


 しばしの()を置き、女性の竜人が一体降り立った。深紅の鱗が(まだら)な陽を受けて半透明に(きら)めいている。(あら)い素材の衣服を身に(まと)い、腰には剣が一本下がっていた。先ほど次々と降下した竜人もまた、一様(いちよう)に剣を一本だけ所持している。


 ジェイドの目は深紅の竜人に釘付けになっていた。どうしたって視線を外すことが出来ない。


「久しぶり、『純鱗(じゅんりん)』のみんな。そして、サフィーロ」


 彼女――コルニオラはよく通る声で言った。言葉こそ軽々しいものだったが、声色(こわいろ)は慎重さに満ちている。


「誰だ、貴様。記憶にないな」


 サフィーロの口調もまた、相応(そうおう)の重さを(たた)えている。単に敵を(あお)っているのではないことは、ジェイドにもすぐ分かった。


 コルニオラは返事をしない。ただただサフィーロを見つめている。余計な言葉を()わすつもりはないという意思表示だろう。


「さて、コルニオラ」深紅の竜人に一歩寄り、ハンジェンは丸眼鏡を整えた。「ここはお前に任せよう。たった今からお前は『半鱗(はんりん)』だけではなく、『緋色(ひいろ)の月』の分隊を(たば)ねるリーダーとなる。憎き『純鱗』を始末し、本当の自由を手に入れるといい」


 自由の一語が、ジェイドのこめかみを震わした。後方で鳴る威嚇(いかく)(うめ)きや舌打ちと同時に。


 コルニオラはハンジェンを一瞥(いちべつ)しただけで、なんの言葉も返さなかった。たった一度、うっすらと(うなず)いただけである。


「不服そうだな、コルニオラ」


「別に」


「お前の考えていることは分かる。望んでいないにもかかわらず戦場に立っている事実をもどかしく感じているのだろう? 不当とすら思っているかもしれないな。が、『緋色の月』として戦場に立つことはお前らの責務(せきむ)だ。タダで居場所を得られるなど思い上がりでしかない」


「……ハンジェン。用事があるから私たちに援護を頼んだんでしょ? 早く行って」


 ハンジェンは腕組みをし、数秒間、コルニオラを見つめていた。表情に変化がないので判然(はんぜん)としないが、ジェイドには(にら)んでいるようにも見えた。


「戦って、殺せ。骨も残すな。それ以外、お前たち『半鱗』が生き延びるすべはないと知れ」


「……分かってる」


「ならいい。では、私は私の仕事をするとしよう。良い結果を期待しているぞ。我々を受け入れてくれたゾラを後悔させるような真似(まね)はするな」


 その言葉を最後に、ハンジェンは去っていった。サフィーロを一瞥したが、なにも言うことなく。


 一連のやり取りを、ジェイドはじっと見守っていた。サフィーロを含めたほかの竜人も同様である。ハンジェンの離脱はもはや『純鱗』にとっての関心事(かんしんじ)ではないのだ。


 もし『半鱗』と対峙(たいじ)することがあれば。


 その想定はすでに、尾根(おね)で共有されている。むろん、サフィーロによってだ。


 ハックの指示がどうであろうとも、『半鱗』に接した際の態度はひとつ。殲滅(せんめつ)以外にあり得ない。『灰銀(はいぎん)の太陽』の利害は当然のごとくこちらも共有しているが、それ以上に自分たちには自分たちの論理があり、行動原理が存在する。『霊山(れいざん)』を離脱した前代未聞の裏切り者ども――『半鱗』。連中の処置はほかならぬ竜人でつけなければならない。そしてその方法に口出しをさせるつもりはない。


 サフィーロの告げた内容はおおむね、そのようなものだった。ジェイドも異論を挟むことなく、むしろ当然だと思って(うなず)いたものだ。


 今まさに、想定していた通りの状況が展開されている。『純鱗』と『半鱗』の対峙。が、当初ジェイドの考えていたケースとはいささか状況が異なっていた。サフィーロも同様の疑問を覚えていたのだろう、コルニオラに向けて(げん)と言い放つ。


「『半鱗』はその程度の人数ではなかろう。時間を与えよう。全員呼べ」


 そう、ここに現れた『半鱗』はせいぜい二十そこそこである。しかも全員が剣を下げており――戦士としての役割を持っていたことを示していた。


 竜人にとっての役割分担は、実際の戦力を示しているわけではない。誰もが戦いに適した肉体を持っている。戦士だの職人だのは、単なる職業区分でしかないのだ。もちろん、訓練によっていくらか力に差は出るものの、組織同士の対立とあらば、竜人内で戦士として(あつか)われていなかった者も獣人以上の実力を備えていることは明らかである。


 裏切り者はひとり残らず潰す。サフィーロに限らず、どの竜人も胸に抱いている意志だろう。


 自分もそうだ。そうでなければいけない。


 潰す。ひとり残らず(ひね)り潰す。


 ジェイドは内心でそう繰り返した。一度、二度、三度。彼の瞳は相変わらずコルニオラだけを(とら)えている。心のうちで反芻(はんすう)した言葉は、段々と力を失っていくように思えた。


「必要ない」コルニオラは淡々(たんたん)と返す。「戦う力のある者だけを連れて来た。これで満足出来なければ、サフィーロ、貴方(あなた)たちはただの殺戮者よ」


「……コルニオラ。貴様は我々と対等だとでも思っているのか? まあ、いいだろう。貴様を蹂躙(じゅうりん)したのち、眼前(がんぜん)で未熟な同胞(どうほう)(はらわた)を一体ずつ(さら)してやろう。どこに隠れているか知らんが、戦士階級以外の裏切り者を呼ぶまでそうしてやる」


 威圧を(はら)んだ声が響き渡った。サフィーロが単なる脅しとしてそれを口にしていないことくらい、ジェイドはよく心得ていた。彼ならば本当にそうするだろう。なんの躊躇(ためら)いもなく。


 それはきっと、途方(とほう)もなくおぞましい光景になる。


 脳裏(のうり)に広がったイメージは、ジェイドの背に悪寒(おかん)をもたらした。しかし――。


「そう」コルニオラは長いまばたきをひとつして、ちらと背後に居並ぶ仲間に目配せした。そしてすぐ正面に向き直る。「それでいいわ。それでかまわない」


 決然とした、芯の強さを(うかが)わせる眼差(まなざ)し。そんな彼女の瞳に(うる)みを認めて、ジェイドはハッとした。


 コルニオラは覚悟のうえでここに来ている。そして彼女の後ろに(ひか)える二十数体の『半鱗』も同じだ。


 自分たちは死ぬかもしれない。それでもいい。敗北のうえで守れる命があることを、彼女は確信している。


「貴様は勘違いしている。自分たちが口を割らなければそれで済むと思っているのか? ……馬鹿どもが。我々は徹底的に貴様らを潰す。樹海の(すみ)から隅まで探し、裏切り者の血を根絶やしにしてやるとも。ゆえに、ここですべての仲間を呼ばないのは悪手でしかない。……貴様らは逃避するだけで、我々と積極的に相対(あいたい)することはなかった。最期くらいは(いさぎよ)くなったらどうだ」


「忠告どうも。でもね、総力戦なんてする気はないのよ」


 コルニオラの目が細まる。


「総力戦以外になにがあると言うのだ」


「サフィーロ」コルニオラは呼びかけてから、大きく息を吸った。「貴方に決闘を(いど)む。私が負けたら、この場にいる『半鱗』は例外なく皆殺しにしてかまわない。抵抗はしないわ」


 息を()むような沈黙が、木漏れ日の下に広がった。獣人は顔を見合わせ、それからコルニオラを『信じられない』とばかりに凝視(ぎょうし)している。彼らの想いは、ジェイドにもすんなり飲み込めた。


 コルニオラはなにを言っているんだ。サフィーロと決闘? 馬鹿げている。――ジェイドは気が付くと、(ほお)の内側を強く強く噛んでいた。その理由まで、彼は自覚していない。


 コルニオラの言葉はそれだけで終わらなかった。


「その前に、もうひとつ決闘を挑ませて。それに負けたら、最初に貴方が要求した通り、ほかの竜人も全部ここに呼ぶ。……いいでしょ? 決闘は二回。ひとつ目の賭けに勝てば貴方は望み通り『半鱗』のすべてをここに集めることが出来るし、ふたつ目の賭けに勝利したなら、皆殺しに出来る」


「二度とも貴様が戦うのか?」


「ええ。でも、そっちは相手を変えてもらうわ。サフィーロ、貴方と戦うのは二回戦にさせて。一回戦は――」


 深紅の指先。それが指し示したのは、ジェイドだった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。現在はリリーを裏切り、『緋色の月』に協力している。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて

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