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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「理解者として」

※ジェイド視点の三人称です。

 半馬人(はんばじん)に取り囲まれたサフィーロ。その鱗には、わずかに血が(にじ)んでいるように見えた。


「サフィーロ様!」


 危機感。ジェイドが咄嗟(とっさ)に叫んだ理由はそれである。


 が、叫んでからすぐに歯噛みした。それはなぜか。


 助けるには距離があり過ぎるから?


 違う。


 疾駆(しっく)するだけの勇気が出なかったから?


 違う。


 助からないと確信してしまったから?


 ありえない。


 ジェイドは(みずか)らの迂闊(うかつ)な叫びを後悔し、歯噛みしたのである。なぜなら、声の直後にサフィーロはすべての半馬人をその爪で切り裂いたのだから。垂直に飛翔し、伸縮自在の爪で対処したのである。


 サフィーロが中空(ちゅうくう)で姿勢を維持(いじ)し、ほとんど()を置かずハンジェンへと攻撃を移すのもまた、ジェイドの瞳に映った。弾丸のごとき速度で放たれた爪が次々とハンジェンへ迫り――。


「さすがは頭目(とうもく)か。そう容易(たやす)く潰せないようだ」


 冷静な呟きの(ぬし)はハンジェンである。彼は爪を次々と拳で(はじ)いていた。その表情は最前とまったく変化がない。丸眼鏡の奥の瞳は、じっとサフィーロを分析しているような(おもむき)があった。


「ほう」爪の嵐を維持しながら、サフィーロが漏らす。「私の攻撃を(さば)くか。……いいぞ。もっと本気を見せてみろ! 防戦一方ではなかろう!?」


 興奮の(こも)った声を聴いて、ジェイドは歯軋(はぎし)りをした。サフィーロの声――そこに宿(やど)った温度がそのまま相手への関心を示している。


 ジェイドの脳裏(のうり)に浮かんだのは、『霊山(れいざん)』を離れる数日前の記憶だった。自分を『半鱗(はんりん)』から『純鱗(じゅんりん)』に戻すべく(やいば)を振るった人間――クロエ。彼女もまた、サフィーロの関心を()いたひとりである。ジェイドの把握している限り、サフィーロがそのような執着を見せたのはアレクとクロエの二人だけである。そして今まさに、三人目が記録された。


 羨望(せんぼう)屈辱(くつじょく)。目の前で繰り広げられる戦闘を目にしながら、ジェイドは二つの感情を意識した。(いな)、意識せざるを得なかった。腹の底からムカムカと這い上がってきて、そうして背筋へ回り、そこから全身へと伝播(でんぱ)する感情。それらが嫉妬(しっと)に裏打ちされていることまで、なかば以上気付いてはいた。


 ハンジェンが爪の隙間(すきま)を縫い、サフィーロへと跳躍するのが見えた。彼の拳がサフィーロの腹を打ち、空震(くうしん)とともに巨体が吹き飛ばされる。やがて急坂の一角で土煙が上がった。


「そうだ! それでいい! が、まだ物足(ものた)りん。その程度ではなかろう!?」


 土煙の向こうから、叫びと、爪の連撃が伸びる。ハンジェンはまたも、それらを平然と(さば)いた。


 じくじくと、胸の痛みに似た不快感がジェイドを(おお)う。


 土煙の先に隠れたサフィーロの瞳が、どこを向いているのかは明らかだった。今や彼の視線はハンジェンしか追っていないだろう。意識もまた、敵へと(そそ)がれているはずだ。


「たとえば俺が敵になったら、ああも(たかぶ)らせることが出来るだろうか」


 ジェイドは自分自身の声を、はっきりと耳にした。思考を通すことなく、勝手に漏れ出した言葉である。だからこそ、それを聞いてハッと首を横に振った。


 馬鹿げた妄想だ。自分がサフィーロにとって一顧(いっこ)だに(あたい)しない存在であることはとっくに証明されている。『半鱗』になった自分に対して、与えられた仕打ち。それを甘んじて受け入れたではないか。否、そうすることしか出来なかったではないか。牙を()き、サフィーロに襲いかかることだって不可能ではなかったはずである。そして本当は、それこそ期待されていた行為だったかもしれないのだ。それに気付いていながら、自分は爪の先をサフィーロに向けることが出来なかった。


 ジェイドの思考は嫉妬と名の付く暗礁(あんしょう)に乗り上げていた。(ひるがえ)しがたい崇拝心(すうはいしん)が、それを加速させている。


随分(ずいぶん)と興奮しているようだが、私は戦闘狂には興味ない。本来はここに姿を見せるつもりもなかった。が、のっぴきならない状況なのでね……」


 ハンジェンは爪に対処しつつ、平然とそんなことを言う。だからこそジェイドは叫ばずにはいられない。「(さえず)るな血族め! 敵としてここに現れたのだろう!? ならば本気でやるがいい!! 口当たりのいい言い訳を並べている時間があったら、攻撃のひとつでも()り上げろ!!」


 何体かの竜人が驚きの声を上げるのが聞こえたが、ジェイドはまったく気にしなかった。自分の言葉が敵への声援(せいえん)に聞こえるのは分かっていたし、事実、そのつもりで叫んだのだから本望だ。が、ジェイドの本意まで(さっ)している者はそう多くないようだった。


「気でも狂ったか、竜人?」


 視線が一瞬だけハンジェンと交差する。


「正気以外で言えるはずがなかろう? あるいは、最初から俺が狂っているかだ」


 尊崇(そんすう)が狂気だと言いたいのなら、好きに言えばいい。ジェイドはほとんど投げやりな気持ちで言葉を返していた。これをサフィーロは失言と(とら)えるかどうかだけが、ほんの少し気になっただけである。


 あまりにハンジェンへと集中していたからだろう、ジェイドは自分へと迫る五体もの獣人の姿に気が付かなかった。ようやく敵を感知したのは、背後二メートルまで接近されてからのことである。振り返ると、鋭利な爪がいくつも(きら)めくのが見え――。


 巨大な風切り音が通り抜け、五体の獣人の身体が一様(いちよう)に吹き飛んだ。彼らと入れ替わるようにジェイドの背後に立っていたのは、崇拝の対象である蒼い鱗の竜人である。


「サフィーロ様……?」


貴様(きさま)は私を理解しているようだ。くれぐれも邪魔が入らんよう、任せた」


 それだけを口にすると、サフィーロは翼を広げ、ハンジェンへと突進していった。猛烈な疾駆をかわし、そのわき腹に拳を叩きつけるハンジェン。吹き飛ばされたサフィーロの口から(あふ)れる狂喜的な笑い。そして()を置かず繰り出される爪の連撃。


 一連の光景を(なが)めて、ジェイドは拳を握った。強く、強く。


 充足が、胸に満ちていた。


 理解。


 なんと重い言葉だろう。


 なんと価値ある言葉だろう。


「もう一度だ!」「おう!」「また(ほう)けてやがる!」


 獣人たちの声がする。またしてもジェイドは、彼らが背後二メートルに迫るまで振り返ることはなかった。先ほどと違うのは、意識が極めて透徹(とうてつ)な状態にあり、獣人の動きも(かす)かな音から把握していた点である。合計五体。先ほど同様、背を目がけて爪を振り下ろしている。


 振り返る動きの流れで攻撃を回避し、一体ずつ、肘や膝を打ち込んで無力化していく。ジェイドの攻撃は見事に彼らの心臓や鳩尾(みぞおち)を捉え、二撃目を入れることなく崩れ落ちた。


 任された以上、十全(じゅうぜん)な仕事をしなければならない。


「俺はサフィーロ様のしもべだ」


 そして理解者だ。ゆえに、命令には従う必要がある。そして、期待に応えなければならない。


 ジェイドは次々と襲いかかる獣人を無力化していった。ひとえに、二人の戦闘を純粋なかたちで保持するために。


 しかし、彼の望みとハンジェンの思惑(おもわく)は決して重なってはいなかったらしい。


「もっとだ! もっと本気で来い!!」


「いいや、もう結構。つまらんラリーはこれで終わりにしよう」


「……なに?」


 サフィーロとハンジェンのやり取りを背で聞き、ジェイドもまた息を()んだ。


「先ほども言ったが、私は事情があってここに来ている。お前も察している通り、『緋色(ひいろ)の月』の要請(ようせい)だ。『灰銀(はいぎん)』を討つためのな。ルドベキアへの道中で待ち伏せてお前らを始末するよう言い渡されている。が、私にも別の関心事(かんしんじ)があってね……。ゆえに、お前ら竜人の始末を代行する者を呼んだ」


 いくつもの羽ばたきが上空を覆っている。やがて翼の主が地上へと降下するのが、音で把握出来た。


「感動の再会だ。ぜひとも楽しむといい」


 振り返ったジェイドが見たのは、次々と地上に降り立つ『半鱗』の姿だった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『アレク』→青みを帯びた緑の鱗を持つ竜人。興奮すると鱗の色が変化する。サフィーロ同様、次期族長候補であり派閥を形成している。詳しくは『685.「開廷」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。現在はリリーを裏切り、『緋色の月』に協力している。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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