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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「見つめていれば、いつか」

※ジェイド視点の三人称です。

 竜人のヒエラルキーの上位半数を()める『純鱗(じゅんりん)』。そのすべてが辛酸(しんさん)を舐めた日のことは、ジェイドにとって決して忘れることの出来ない記憶のひとつだった。幾年(いくねん)、幾十年が()とうとも()せることなく痛みを訴えるに違いないと確信してしまうほど強く、彼の胸にこびりついている。


 あの日起きた『半鱗(はんりん)』の大脱走。首謀者はコルニオラという、『半鱗』のなかでも戦士の立場にある女である。が、彼女ひとりですべてを()()たわけではない。外部からのきっかけがなければ、この先も階級構造は維持(いじ)され続けたはずだ。(くだん)外圧(がいあつ)――それがほかならぬハンジェンである。


 怜悧(れいり)な顔付きを乱すことなく(たたず)むハンジェン。彼を見ているとジェイドは胸がざわついて仕方なかった。それでも視線を外すなんて出来そうにない。意識のすべてが数メートル先の男に釘付けになっている。


「竜人の片割れ(・・・)がここまでたどり着くとはな。だが、さしたる脅威(きょうい)ではない」


 周囲で獣人が躍動(やくどう)するのが、目で、耳で、はっきりと分かる。先ほどの爆発でほとんどの竜人が傷を()ったために、戦況は一変している。竜人と獣人――この場にいる『灰銀(はいぎん)の太陽』と『緋色(ひいろ)の月』――そのパワーバランスが逆転していた。


半馬人(はんばじん)使役(しえき)するなど、奇怪な小細工を(ろう)しおって」


 ジェイドは咄嗟(とっさ)に、視線を男から外した。戦闘を繰り広げる三体の獣人と、二体の竜人。それを挟んだ先にサフィーロが見えた。その瞳は先ほどのジェイドと同様、ハンジェンだけに(そそ)がれている。


「片割れの頭目(とうもく)だな。図体は大袈裟(おおげさ)だが、果たして実力はどうだ」


 ハンジェンが右手を(かか)げる。すると、彼の周囲の地面から次々と泥のような粘性(ねんせい)の影が立ち上がった。それらは次第(しだい)にかたちを整え――。


「半馬人……!」


 ジェイドは息を()み、今まさに展開された奇怪な魔術を凝視(ぎょうし)した。


 死者を操る魔術の使い手。そして体術と身体強化魔術も一流。前情報ではその程度しか共有されていない。つい数分前に起こった爆発は、ジェイドの知る情報のいずれにも合致(がっち)していなかった。


「彼らは」ハンジェンは腕を広げ、半馬人を順繰(じゅんぐ)りに(なが)めてから視線をサフィーロに戻した。「もともとは今のお前たちと同じく『灰銀の太陽』の一員だった。それが今では私の意のままに動く下僕(げぼく)でしかない」


 認めたくないが、事実だった。


 それと同程度の力を備えた事実が、もうひとつある。


「それがどうした。必要とあらば同胞(どうほう)だろうと手にかけてやろう。我々は貴様の思うような脆弱(ぜいじゃく)な種族ではない。勝つためにこの地に足を踏み入れた。勝つためとあらば、正道も邪道も(ひと)しく価値がない」


 サフィーロの落ち着いた反論を耳にして、ジェイドは気分が落ち着いた。分かり切っていたことではあるが、あらためてサフィーロの口からそれが語られることには確かな意味があると思える。ここにいる『純鱗(じゅんりん)』全員にとってもそうだし、なにより、ジェイドにとっては強く響く言葉だった。


「くたばれトカゲ!!」


 飛びかかる獣人の爪を受け止め、ジェイドは舌打ちをした。灰色のタテガミが午後の木漏れ日を受けて(きら)めいている。


 ジェイドは目の前の敵と攻防を繰り返しながら、耳に意識を集中した。


「そいつらも自爆するのか?」


「試してみればいい。お前は頑丈(がんじょう)なんだろう? 頭目よ」


「望むところだ――」


 言葉のあとに風切り音が響き、爆発音が(とどろ)いた。思わず顔を()らしかけて、ぐっとこらえる。今ジェイドの前に立ちはだかるタテガミ族は、これまで相手にしていた者とは明らかに実力が異なっていた。よそ見をすればその時点で致命傷を()いかねないほど、拳も蹴りも重い。そしてなにより、鋭利な爪を突き立てるべき場所を探っているような(おもむき)もあった。


 たかが爆発ひとつでサフィーロ様が倒れるはずがない――ジェイドはそう信じていた。それでも、彼の声が鼓膜(こまく)を震わした瞬間、心から安堵(あんど)してしまった。


粗悪(そあく)な攻撃だ。自爆などつまらん」


「……ほう。なかなか頑丈だ。しかし無傷ではないだろう? 鱗に血が(にじ)んでいるぞ、頭目」


「眼鏡が(くも)っているな、血族。この程度、傷にも入らん」


 安心と不安。それらがジェイドの胸に渦巻く。サフィーロの加勢に向かいたかったが、タテガミ族はそれを許してくれない。そしてなにより、ほかならぬサフィーロが助力など望んでいないことはジェイドもよく知っていた。


「集中しろよ、(みどり)の竜人」


 灰色のタテガミ族が言う。表情には苛立ちが半分、興奮が半分といったところだった。


「貴様など眼中にない。調子に乗るな!!」


 一気に距離を詰め、拳を振り抜く。顔面を(とら)えたと思ったが、激突の直前で回避された。


「眼中にないだと? トカゲめ。俺の瞳には、お前の姿がキッチリ映っている。だからこそ、俺の攻撃がお前に届くんだよ!!」


 獣人のカウンターが飛ぶ。脳天で火花が(はじ)け、ジェイドは後方に身体が吹き飛んでいくのを感じた。


 地を転げたものの、ジェイドはすぐさま立ち上がり、灰色の獣人を(にら)む。


「……さすがに硬いな」


 苦々(にがにが)しく(ゆが)んだ口から、汚れた犬歯が(のぞ)く。敵の動揺は決して不自然なものではなかった。竜人といえども、通常は頭に一撃をもらえば簡単には立ち上がれない。


「――見つめれば」


 ジェイドは、自分の口から(あふ)れた言葉を他人事(ひとごと)のように聞いた。


「ん……?」


 敵の顔が歪む。


「――見つめれば、何事か()せると信じたか」


 (ひたい)に手を触れる。すると、鈍い痛みが広がった。


 ジェイドの肉体は決して、例外的な強度を持っているわけではない。せいぜいほかの竜人より多少は丈夫(じょうぶ)という程度である。サフィーロのように、ありとあらゆる攻撃を受けてなお平然と立ち尽くしていられるほどの強靭さはないのだ。


 手のひらに目を落とす。碧の鱗の表面には、新鮮な血が木漏れ日を反射して虹彩(こうさい)を放っていた。


「――目を離さなければ、どこまでも付いていけると信じたか」


 顔を上げたジェイド。目の前には、タテガミ族の拳が迫っていた。あと一秒もしないうちに直撃する、そんな距離。咄嗟に行動すれば回避出来るかもしれない。が、ジェイドはそれを選び取らなかった。


「っ!?」


 頭のなかで、ぐわんぐわんとノイズが鳴っている。重く、恍惚的(こうこつてき)な音響だった。


 拳を受け止めることは、さして難しいものではなかった。勢いを殺せるタイミングで頭突きを合わせればいい。必要なのは覚悟だけで、ジェイドはそれを無自覚に備えていた。


「――思い上がるな。追い(すが)ろうとしたところで、その背には指一本触れられない」


 ジェイドが腕を引くと、タテガミ族は咄嗟に後方へステップを踏んだ。その動きが見えたからこそ、ジェイドはほとんど同時に前進する。そして――。


「う、がぁ!?」


 振り下ろした爪が、灰色の毛を赤く染め上げた。


 よろめく獣人。苦悶(くもん)に満ちた表情。彼の後方から二体の獣人が飛び出してジェイドへと迫ったが、いずれも脅威ではなかった。双方の拳をかわし、一体を地に叩きつけて、もう一体は振り返ったところを翼で切り裂いた。


「――それでも」


 灰色のタテガミ族。その身に拳を叩き込むと、だらりと脱力するのをジェイドははっきりと感じた。拳を引くと案の定、巨躯(きょく)が地面に倒れ込む。気絶しているらしく、口から泡を吹いていた。


 言葉は中途で()えた。


 我に返ったジェイドが探したのは当然、サフィーロの姿である。そして()もなく彼の目は、何体もの半馬人に取り囲まれた主君の姿を見出した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。現在はリリーを裏切り、『緋色の月』に協力している。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて

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