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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Jade.「半馬と閃光」

※ジェイド視点の三人称です。

 エーテルワースがシャオグイと相対(あいたい)したその(ころ)、彼らよりも北東の谷間(たにあい)に竜人たちがいた。木々はまばらで、中央を小川が流れている。地面は(あわ)い黄色の(こけ)(おお)っており、獣の足跡がいくつもあった。


 涼しげで(おだ)やかな地には違いない。が、それは数時間前の光景である。今や木々は薙ぎ倒され、川は真っ赤に染まっていた。


(ひる)むな! 劣勢(れっせい)であろうと持ちこたえろ!!」


 そう叫んだのは、敵将らしく精悍(せいかん)な顔つきのタテガミ族である。(みずか)らも戦闘しながら力強い鼓舞(こぶ)を味方に送るその姿を、ジェイドは横目にちらと(なが)めた。


徒労(とろう)だ」


 ぼそりと呟き、彼は目の前の獣人を爪で裂く。筋肉質ではあったが、竜人の爪が通らぬほど強靭(きょうじん)ではなかった。


 深手を負った獣人は数歩だけ後退し、ジェイドを睨む。その口は屈辱(くつじょく)(ゆが)んでいた。




 数時間前、竜人はこの地に到達し、そして待ち伏せていた『緋色(ひいろ)の月』の襲撃に()ったのである。最初こそ木々と傾斜(けいしゃ)を利用した弓だの投石だので押されていたが、次第(しだい)に乱戦になり、今は地力(じりき)で竜人が優勢に立っていた。犠牲はあれど、敵の亡骸(なきがら)のほうが多い状況である。


 竜人たちはもちろんハックの指示を忘れているわけではない。可能な限り捕縛することは重要ではあるが、最優先事項ではないだけのことだ。竜人の実質的なリーダーであるサフィーロによって、すでに意思共有がされている。


『向かってくる敵は排除(はいじょ)する。それ以外は、服従を誓った者だけ生かせばいい』


 種族ごとに隊が分かれてすぐ、サフィーロが(くだ)した指示である。異論はなかった。ジェイド自身も、そうあるべきだと思ったものだ。命を(おびや)かそうと向かってくる者に対して、手心を加えるなど考えられない。全力で潰し、その上で息がある者を捕虜(ほりょ)にすればそれで事足(ことた)りるだろう。


 敵は殺す。それでいい。これまでもそう思っていたし、これからもその意思は変わらないとジェイドは確信していた。『霊山(れいざん)』にいた頃も、『灰銀(はいぎん)の太陽』として行動するようになってからも、芯は変わっていないと思っていた。




「この……トカゲめ!!」


 歯を()き、目を血走らせて突進する獣人。狂気的に輝く爪と牙を()け、ジェイドは敵の腹を腕で貫いた。


「が……う……」


 腕を引き抜くと同時に、獣人が崩れ落ちる。まず膝を突き、それから血を吐いてばったりと倒れた。見開かれた目はまだ命を宿(やど)していたが、いずれその(あかり)も消えるであろうことは明白である。


 そうした一連の光景を、ジェイドは血に染まった自分自身の腕と交互に眺めた。


 意思は変わっていない。ただ、なにか違和感がある。その正体がさっぱり(つか)めなかった。これまで感じたことのないものだったからである。鱗の奥――左胸が(かす)かに震え、頭がぼんやりと(かす)む。


 周囲の竜人は獰猛(もうれつ)な戦闘を繰り広げており、誰もジェイドのように倒れた敵を眺めやったりはしていなかった。目先の敵を排除することだけに心血を(そそ)いでいる、まさに戦士としての姿である。そこにはいささかの迷いも感じられない。だからこそジェイドは、自分が今抱えている違和感を直視せずにはいられなかったのだ。自分には、ほかと違うなにかがある。そしてそれは、あまり好ましくない(たぐい)のものかもしれない。少なくとも、『純鱗(じゅんりん)』として自分が抱いてきた価値観と馴染(なじ)むようには思えない。


「ジェイド。なにを(ほう)けている」


 振り返ったジェイドは、赤の飛沫(しぶき)が散る瞬間を見た。真っ二つに切り裂かれた獣人の先にいるのはサフィーロである。ジェイドがほとんど崇拝(すうはい)に近い敬愛(けいあい)を抱く相手。


「サフィーロ様、申し訳ありません。す、すぐに敵を討ちます!」


 違和感を見つめるのは後でいい。今は敵を排除し、ルドベキアへと進むのが先決。ジェイドは反射的に(うなず)く。すると――。


「ぐっ……!」


 サフィーロの頭に岩が激突し、砕けるのが見えた。途端(とたん)にジェイドの胸で怒りが燃え上がる。サフィーロが傷付いたことに対しての怒りではない。攻撃としてさして意味を持たない投石を侮蔑(ぶべつ)だと感じたからである。


「まだ上のほうに邪魔な連中が残っているようだな」サフィーロは冷静に急斜面を見上げ、それからジェイドを一瞥(いちべつ)した。「来い、ジェイド。蹴散らすぞ」


「はっ!」


 今度は喜びがジェイドの胸に広がる。彼にとって、サフィーロの命令ほど充実感のあるものはないのだ。


 翼を使って推進力(すいしんりょく)を得ながら、斜面を()ける。横には敬愛する竜人。


 やがてジェイドは斜面の一角――やや(くぼ)んだ場所に獣人が三体固まっているのを見つけた。彼らは一様(いちよう)に手製の弓矢をかまえている。斜面を一気に登る竜人を目にして慌てて準備したのだろう、ようやく矢をつがえたといったところだ。当然まだ狙いはついていない。


「オアアアァァァアア!!」


 ジェイドは雄叫(おたけ)びとともに猛進した。焦りからか、ろくに照準を定めず放たれた矢が、翼をかする。そんなものはダメージにも入らない。


 獣人たちの(あいだ)を駆け抜けるようにして、まず一体の胴を貫く。そして亡骸(なきがら)を敵に(ほう)り、怯んだところを一気に攻め立てた。時間にして二十秒も経過していないだろう。あっという間の排除だった。


 どくり、と心臓が脈打つのがジェイドの意識に食い()る。


 まただ。また例の違和感だ。


「片付いたか」


 やや上方から声がする。見上げると、サフィーロは斜面の上で別の獣人の首を落とした。どうやら窪みの一団以外にもいたらしい。すべての敵に気付くことのできなかった自分を、ジェイドは恥じた。


「はい。こちらは終わりました」


 言いながら、少し(なさ)けない気にもなる。サフィーロの手を(わずら)わせてしまったという事実が、違和感を塗り潰していった。


 斜面を見下ろすと、随分(ずいぶん)駆け上がったらしく、戦う竜人と獣人の姿が木々の合間に小さく映る。


 やがてジェイドの目が妙なものを(とら)えた。


「あれは、半馬人(はんばじん)……?」


 戦闘を繰り広げる竜人たちの間に、ぽつぽつと半馬人の姿が見える。彼らは手負(てお)いなのか、よろよろと不安定に(あゆ)んでいた。地上の竜人も気が付いたのか、半馬人を次々と後方に下げていく。(かば)うようにして。


「なぜ半馬人がここにいる」隣を見ると、サフィーロは思案気(しあんげ)(あご)に手を当てて地上を見下ろしていた。「別方向に進んだはずだが、どこかで道が(まじ)わったのか……?」


 答えを求めていない()い。ジェイドはサフィーロの独り言には慣れていた。下手に可能性の話などしても苛立(いらだ)たせるだけだということは分かっている。こうなったサフィーロは、自分に対して問いかけ、自分が答えるのだ。


「身体に欠損(けっそん)が見られるが、血は止まっている」


「足取りは不安定」


「目は(うつ)ろだな」


「生きているのか、本当に……?」


 そこまで呟いて、サフィーロの表情が急激に変化した。目を見開き、大きく息を吸う。


「半馬人から離れろ!!!」


 サフィーロが叫んだ瞬間である。爆音が(とどろ)き、閃光が(ほとばし)った。白く焼けた視界のなか、ジェイドは手探りでサフィーロの前に出る。不意打ちがあるのなら、自分が盾にならねばならない。


 やがて、視界が色を取り戻し、爆音由来(ゆらい)の耳鳴りも収まっていった。地上を覆う土煙(つちけむり)も晴れてゆき――。


「ぐっ……」


 背後で(うめ)きがした。自覚はなかったが、ジェイドも同じような音を出したことだろう。屈辱、驚愕、憤怒、憎悪、それらを自らのうちに押し込めるには呻きが必要だった。


 四散した半馬人の身体。傷を負い、倒れ伏した竜人たち。全滅したわけではないものの、痛手は大きい。爆発の瞬間を狙って退避したのだろう、獣人に被害はなかった。


 ジェイドは意思の導くままに坂を駆け降りた。そして敵方へと向けた目は、先ほどまでは存在しなかった人物を捉える。


 (たけ)の長い格子縞(こうしじま)の上着に、黒のズボン。冷えた顔立ちの壮年(そうねん)の男である。目には丸眼鏡。白髪混じりの髪を後ろに()でつけ、口を引き結んでいた。


 その男を目にするのははじめてだったが、何者なのかはすぐに(さっ)しがついた。紫の肌がすべての説明を()たしている。現状、『緋色の月』に(くみ)している血族はひとり。


「……ハンジェン」


 噛み殺すように名を呟き、ジェイドは真っ直ぐに男を睨んだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロの部下。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。煽られるとつい反応してしまう性格。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。現在はリリーを裏切り、『緋色の月』に協力している。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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