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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Etelwerth.「血を流すべきは」

※エーテルワース視点の三人称です。

 疾駆(しっく)するエーテルワースの視界は、閃光でぼやけていた。(にじ)む景色の(はし)に、ふと、覚えのある姿かたちがよぎる。


 足はゆるまない。意志も折れない。呼吸に大きな乱れはなく、筋肉にも不自然な震えはない。


 ほんの一瞬エーテルワースの瞳に映ったのは、同胞(どうほう)の姿だった。ピンと尖った耳、突き出た鼻、短い毛。そのキツネ族はエーテルワースの記憶にはなかった。が、同族であるという一点が彼の記憶に雫を落とす。


 トムを連れてキツネ族の集落を脱走した日のことは、今でも彼の胸に焼き付いている。それがすべてのはじまりで、蛇行(だこう)しながらも今という時間に繋がっているのだ。


 もう二度と樹海に足を踏み入れることはないと、そう思っていたのに今自分はここにいる。


 そして、駆けている。エルダーとシャオグイを止めるために。人間の殲滅(せんめつ)抑止(よくし)するために。あるいは、『灰銀(はいぎん)の太陽』と『緋色(ひいろ)の月』を和解させるために。


 最終的に自分がどうなるのかなど、エーテルワースは考えてもいなかった。ただ、樹海を前にして『またしても獣人の地に戻ることになるとは』と感慨(かんがい)深い思いを抱いただけである。未来への展望が心に宿(やど)る瞬間はなかった。


 しかし、たった今キツネ族を目にした刹那(せつな)、『故郷』の二字が彼の胸で主張した。


 すべて収束したのち、自分がどこに帰るのか。


 湿原の外れ。濃い(もや)(おお)われた館。小さな大魔術師と、その母。憂鬱(ゆううつ)皮肉屋(ひにくや)で、しかし優しい青年。そして、車輪付きの椅子に腰かけた使用人。


 いくつかの光景が脳裏(のうり)を駆け、エーテルワースは(ほお)がゆるんでいるのを自覚した。


 どうやら帰るべき場所は決まっているらしい。内心に染み入る(おだ)やかな独白を、彼は心地良く思った。


 (なご)んでいる場合ではないのはエーテルワースも理解している。だが、適度な弛緩(しかん)が動きに鋭さをもたらすこともまた、彼は身体で理解していた。


「そこまでだ! (しず)まれ!!」


 剣が(さや)(こす)れ、凛とした音色を響かせる。エーテルワースの刃。エルダーの振り下ろした(つち)。シャオグイの(ひるがえ)した鉄扇(てっせん)。三者の武器が接触し、閃光が網膜(もうまく)を焼く。


「おおん? なんだ、おまえ」


「邪魔するん? お洒落なキツネはん」


 二人の声音は、ひどく不穏な響きだった。すれ違ったまま齟齬(そご)を埋められずに戦い続けた時間の分だけ、声に薄暗さが(こも)っているのだろう。


「待て! 吾輩(わがはい)は『灰銀の太陽』のエーテルワースだ! この場にいる誰の敵でもない!」


『緋色の月』にとって、『灰銀の太陽』は敵と認識して(しか)るべき存在だろう。逆もまた然り。そうした対立構造がそもそも間違っているのだとエーテルワースは感じていた。目先の利害で刃を(まじ)えようとも、その先に手を取り合う未来を描いていなければならない。だからこそエーテルワースは『敵ではない』と胸を張って叫んだのである。この場で争っているのはエルダーとシャオグイだけであって、『灰銀』と『緋色』は(ひと)しく呆然(ぼうぜん)とそれを(なが)めているだけだ。


「おもいだした! おまえ、おでの仲間だ」


 数秒置いて、ようやくエルダーがそう叫んだ。どうやらすっかり忘れていたらしい。エーテルワースはその記憶力に苦笑するばかりだった。


「そう、吾輩は味方だ。そしてシャオグイ殿(どの)も味方のはずだ」


 短く息をつき、視線を移す。薄闇のなかで、(なま)めかしい笑みが浮かんだ。


「ちゃあんと分かっとるんどすなぁ。よろしおすなぁ、お洒落キツネはん」バチン、と鉄扇が威圧的な音を立てて閉じられた。「ウチ、『灰銀』のために動いたんどすぇ? なのに、くっさいくっさい肉団子が転がってきはったんどす」


 嘲笑(ちょうしょう)混じりの言葉。目は笑っていない。


「シャオグイ殿」呼吸を落ち着けて、エーテルワースは真っ直ぐに彼女を見据(みす)える。相手の、(おど)すような目付きに物怖(ものお)じせず。「互いに認識の齟齬があっただけだ。怒りを鎮めてくれないか」


「怒り? なに言うてはるの、この子。あは。(わろ)てまうわ。ウチが肉団子相手に本気で怒ると思ってはるんどすかぁ? ……だとしたら、ちょいとお(きゅう)()えなアカンどすなぁ」


 シャオグイが激怒しているのは傍目(はため)からも明らかである。もちろん、そんなことを指摘する気などエーテルワースはなかった。


「シャオグイ殿。貴殿(きでん)は『灰銀』に協力すべく『緋色』の獣人を殺そうとしたのだろう? ハック殿は『緋色』の捕縛を望んでいる。エルダー殿はリーダーの指示を遵守(じゅんしゅ)しただけのことなのだ」


 周囲の瞳を肌で感じ、エーテルワースは視線をめぐらした。種々雑多な獣人、そしてトロールたちがこちらを見つめている。後者はきょとんと見ているだけだが、前者は決してそうではない。緊張感を存分に(はら)み、いくらか目を見開いている。


 やがてどこからか、震え声の叫びが飛んだ。「裏切り者!」


「そうだ、オーガは最初から裏切ってやがったんだ」


「ひどいぴょん!」


「最低の悪党め」


 考えるより先にエーテルワースの身体は動いていた。シャオグイの前に立ちはだかり、腕を広げたのである。(かば)うように。ゆえに、彼女の表情も目付きも、その変化も見ていない。


「シャオグイ殿は我々『灰銀』に協力したまでだ! 彼女を繋ぎ止められなかった自らを責めるがいい!」


 なかば本心で、なかば焦りから出た言葉だった。今のシャオグイをこれ以上怒らせてはいけない、と。


『緋色の月』の獣人たちは罵詈雑言を飛ばしている。それでも実力行使に出る者はいないようだった。そのことに、エーテルワースは胸を()でおろすとともに、シャオグイを恐ろしくも感じた。血の気の多いタテガミ族をも大人しくさせてしまうほどのおぞましさを見せつけたのだろう。倒れた獣人たちはぴくりとも動かず、大地に血を滲ませている。その多くはトロールとの戦闘で死亡したのだろうが、なかにはシャオグイが手をかけた者もいるのだろう。


「文句あるんやったら前に出たらええどす。一匹ずつ首()ねたるわ」


 シャオグイの言葉を契機(けいき)に、一気に静寂が降りる。


 エーテルワースは息を()み、獣人を見渡した。そして思う。彼らは当然、死を覚悟してここに立っているはずだ。にもかかわらず、大人しくしている。


雑兵(ぞうひょう)どす」


 耳に、艶めかしい(ささや)きが届く。エーテルワースにしか聴こえないほどの声量だった。


「ここにいる連中は全員ウチが引っ張って来たんどす。ルドベキアの近所にたむろして、何者かになったつもりのハエばかり。『オーガ』の後ろ盾がないと動けないような、どうしようもないグズどすぇ。……せやけど、いざとなったらキツネはんらの邪魔になるのは確実。ここで殺すのが一番」


 (ねば)ついた言葉を耳にして、エーテルワースは蜘蛛の糸を連想した。粘度が高く、極めて強靭(きょうじん)な糸が身体に(から)みつく。そんな感覚。


 殺されるかもしれない。


 彼は死を意識しながら、ゆっくりと振り向いた。その目が、半月に(ゆが)んだ真っ赤な唇を(とら)える。


「『緋色の月』は捕縛する。それがハック殿の(めい)だ」


「えらい甘いんどすなぁ」


 シャオグイの口から愉悦(ゆえつ)が消える。エーテルワースは周囲の気温が一気に下がったような錯覚(さっかく)を得た。


「ゾラはんを屈服(くっぷく)させるには『緋色』を少なくとも半分は死滅させんとアカンどすぇ。それだけの損害が出てはじめて、ゾラはんにとって『諦める』ゆう選択が現実的になるんどす」


「捕縛すれば同じことだ」


「キツネはんはゾラはんを分かってないんどす。捕まってるなら解放すればよろしおす。寝返ったなら、屈服させて奴隷にでもすればよろしおす。……命を奪わな、ゾラは諦めへんよ」


 そうかもしれない。エーテルワースは直接ゾラと関わったことはなかったが、噂は何度も聞いた。排他的(はいたてき)で、利己的(りこてき)残酷(ざんこく)な手段も()さない。樹海の頂点に(のぼ)りつめた男の辣腕(らつわん)ぶりには、(つね)に血の(にお)いがまとわりついていた。


 しかし。


「血が流れねばならんと言うなら、それは頂点に()す者のみでいい」


「はぁ?」


 軽蔑(けいべつ)一色の瞳がエーテルワースを射た。


 が、むしろ彼は(いど)むように返す。


「ゾラを倒す。必要なのはそれだけだ。……吾輩がやろう」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『キツネ族』→獣人の一種。読んで字のごとく、キツネに似た種


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『オーガ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族。肌に這う黒い紋様と、額の角が特徴。残酷な種族とされている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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