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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Etelwerth.「間違った戦い」

※エーテルワース視点の三人称です。

 林間を疾駆(しっく)する影がひとつ。一列になって木々の(あいだ)飛翔(ひしょう)する影がそれに続く。


 エーテルワースは焦っていた。(みずか)らの立てる物音に気を配るくらいなら、少しでも速く駆けねばならぬ。そんな声が、彼の頭で鳴り響いていた。


 エーテルワースと有翼人(ゆうよくじん)が空中に待機していたのは一時間である。その(かん)、種族ごとに別行動をとったメンバーたちはとっくに()を進めたことだろう。エーテルワースの看破(かんぱ)した幻を本物とばかり思い込んで、迂路(うろ)をたどったに違いない。


「まただ」


 短く呟いて、エーテルワースは前方を(にら)む。獣道が左右に分かれており、片側の(はる)か先にタテガミ族の背が見えた。こうした光景は道中(どうちゅう)、何度か目にしている。そのたびにエーテルワースは自分自身の直感をより強く意識したのである。


 誘導されている。


 それは彼にとって明らかな事実であった。この幻を仕組んだ相手が『緋色(ひいろ)の月』であることもまた、疑う余地(よち)がない。


 エーテルワースはちらと後ろを振り返る。有翼人の緊張した面持(おもも)ちを確認し、彼は顔を進行方向に戻した。そして思う。緊迫感を失ってはいけない。この先に待っているのは罠だ。あるいは、すでに罠にかかった仲間の姿だ。なんとしてでも救い出さねばならぬ。そのために、両の足を限界まで痛めつけ、燃える心を張り詰めさせておかねばならない。




 一時間のタイムラグは、エーテルワースの想像以上に大きなものだった。結果として彼が仲間の一隊に追いついたのは何時間も経過したのちのことである。


「――なんだ、これは」


 エーテルワースのたどった道は、急坂に差しかかっていた。眼下(がんか)には、木々がまばらに伸びる平地が広がっている。そこに(うごめ)くのはずんぐりとした巨体の数々――トロール。そして、タテガミ族をはじめ、タヌキ顔の獣人やウサギじみた獣人がいた。彼らは互いに戦い合っているわけではない。呆然(ぼうぜん)と、一方向に視線を(そそ)いでいる。


灰銀(はいぎん)の太陽』と『緋色の月』。彼らが争うことなく佇んでいる理由は、エーテルワースにもすぐ分かった。


 強烈な金属音。そして――。


「ガアアァァラァァァ!!」


 異様に殺気立った咆哮(ほうこう)。それらの音は、平地にいる全員の視線の先から(とどろ)いていた。


「いったいなにが……」


「エーテルワース、危ないから行っちゃ駄目だ!」


 急坂を降りようとする彼の腕を、有翼人の華奢(きゃしゃ)な手が(つか)む。いくつかのトロールと獣人がこちらを振り返ったが、すぐさま顔を正面に戻した。『灰銀の太陽』の姿は、今の彼らにとって最重要ではないのだろう。


「なにが起きてるのか確かめねばなるまい。有翼人殿(どの)はここで待機してくれ。吾輩(わがはい)が行く」


 有翼人が何事か口にしたが、すでにエーテルワースは坂を駆けていた。振り返るつもりはない。


「トロール殿。これは何事だ?」


 坂を下り切ると、エーテルワースは付近にいたトロールの肩を叩いた。彼らの種族的特徴とも言える異臭が鼻を突いたが、気にするだけの心のゆとりはない。それに、悪臭にはトムとの旅でいくらか慣れていたのもある。


「お、おん? ああ、おめ、おれらの味方か」


 トロールは振り返ると、一瞬目をぎょっと見開いて口元をひきつらせたが、すぐに表情が戻った。


「そうだ。吾輩はエーテルワース。貴君(きくん)と同じく『灰銀の太陽』の一員だ」


「わがはい? きくん? おめ、むつかしい言葉つかうなぁ」


「む。すまない」


「いいっていいってぇ」


 トロールはへらへらと相好(そうごう)を崩す。つられて(ほお)がゆるんだが、エーテルワースはすぐに気を取り直した。(なご)んでいていい状況ではない。


「して、なぜこんな状況に?」


「おれらがここにきたとき、まちぶせしてやがったんだ!」


 トロールは憤慨(ふんがい)し、近くのウサギじみた獣人を(ゆび)さした。すると獣人のほうはムッと眉間(みけん)(しわ)を寄せたが、すぐに顔を()らす。


 待ち伏せと聞いて、エーテルワースは歯噛(はが)みした。想像通り。しかし、なぜ誰もが戦闘を(ひか)えているのだろうか。それが分からない。


「で、戦闘になったのか?」


「お、おう。おれらはハックに言われたから、つかまえようとしたんだ。うまくいかなくて、死んじまったやつもいたけどよ」


 トロールの表情が曇る。確かに、周囲には倒れた者もいる。そう多くない数だが。そして地に()しているのは獣人ばかりではなく、トロールの姿もあった。が、健在な者の数が圧倒的に多い。


「なぜ今は戦っていないのだ?」


 ()うと、トロールは「お、そうだ!」と例の方角を指さした。「あいつがきたんだ!」


「あいつ?」


 目を()らしても、緑の天蓋(てんがい)がもたらす薄闇のせいで、遠くまでは見渡せない。が、断続的な閃光(せんこう)が闇を照らしていた。金属音とともに訪れるそれは、明らかに戦闘由来(ゆらい)のなにかである。


 閃光の(ほとばし)ったあたりをじっと見つめる。すると、何度か連続して光が散り――。


 異様な音と、光と、咆哮。そこに二人の影を見た。片方はトロールの(おさ)エルダーだということは、エーテルワースもすぐに気が付いた。尾根(おね)で何度か顔を合わせているし、なによりトムとともにトロールの住処(すみか)に足を踏み入れたこともある。残念ながらトロール特有の壊滅的(かいめつてき)な記憶力の影響で、旧知(きゅうち)の仲とは言えないが。


 光に浮かんだエルダーの姿は、(まぎ)れもなく怪物だった。少なくとも、エーテルワースの目にはそう映った。歯を()き、目を血走らせ、自慢の鉄槌(てっつい)を振り下ろす。両腕に盛り上がった筋肉は、丸太も軽々とへし折ってしまいそうなほどの迫力(はくりょく)を備えていた。


 そんなエルダーに対し、もうひとつの影はあまりに対照的な姿をしていた。


「あいつ。あいつだ。オーガだ!」


 闇に(ひらめ)く光。その(まぶ)しさに目を細めつつ、ひらりひらりと(おうぎ)を操る女性。紫の着物に、白い肌。黒の(あざ)。そして(ひたい)の一本角。


「シャオグイ……」


 オーガの名はハックから聞いている。エーテルワースが目にするのはこれが最初だった。


『緋色の月』に所属していながら『灰銀の太陽』に協力すると誓った存在である。過信してはいけないとハックから聞かされていたが、まさかトロールの長と衝突するとはエーテルワースも予想していなかった。


「彼女は我々の味方のはずだ。どうしてエルダーと戦っている?」


「オーガが、おれらのじゃましたんだ」


「邪魔?」


 トロールは(うなず)き、またぞろ近くにいたウサギじみた獣人を見やった。


「おれらは『ひいろ』をつかまえようとしてたんだけどな、オーガはころそうとしたんだ」


 トロールの言葉に、ウサギの獣人が振り返る。その顔にはばつの悪そうな表情が浮かんでいた。どうやらトロールの言った内容に間違いはないらしい。


「なぜ殺そうとしたのか、分かるか?」


「いんや、わからね」


 そうだろうな、とエーテルワースは得心(とくしん)する。分かっていたら、エルダーがシャオグイの排除(はいじょ)に乗り出すはずがない。


「エルダーは『緋色の月』の獣人を殺させまいとして戦っているのだな」


「ああ、そだ」


 なるほど。エーテルワースは短く頷いて、姿勢を低くした。


 エルダーが――というよりトロールが――どれだけ正直者で誠実かは、よく知っている。トムと訪れたトロールの住処で、その単純さに(あき)れ、しかし真っ直ぐな心根(こころね)(まばゆ)く感じた記憶。それはエーテルワースのなかにしっかりと残っている。


 シャオグイはきっと『灰銀の太陽』に協力すべく、獣人を殺そうとしたに違いない。しかし、そこには決定的な齟齬(そご)がある。誤謬(ごびゅう)を解消せずに戦う二人を(ほう)っておくわけにはいかない。


 エーテルワースの心はすでに決まっていた。傷を()う覚悟も出来ている。


 両の足で、力強く地を蹴った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて


・『有翼人』→純白の翼を持つ他種族。別名、恋する天使の翼。種族は男性のみで、性愛を共有財産とする価値観を持つ。年中裸で過ごしている。王都の遥か北西に存在する塔『エデン』で暮らしている。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『742.「恋する天使の[検閲削除]」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『オーガ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族。肌に這う黒い紋様と、額の角が特徴。残酷な種族とされている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて

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