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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Grimm.「委細報告」

※グリム視点の三人称です。

 数分が経過し、慌ただしい足音が帰ってきた。


「どうだった?」


「どうだったもなにも、どこにもいやがらねえ。お前が感じた(にお)いだってちっとも感じねえよ。まさか俺たちを(たばか)ったんじゃねえだろうな?」


「そんな馬鹿げたことをする理由などない。ただ、今は臭いが消えているのも事実だ。どうやらお前らの気配に気付いて、いち早く逃げたのかもしれないな。敵には半馬人(はんばじん)もいる。視力だけなら俺たちの何倍も優れている」


 ため息と舌打ちが同時に流れる。「それで、チビはそこにいるんだろうな。まさか逃がしてねえだろうな!?」


 タテガミ族のひとりが(おけ)(のぞ)き込み――。


「……なんだ、ちゃんといるじゃねえか」


 グリムはちらとタテガミ族を見上げ、それからすぐ木桶(きおけ)の内側に視線を戻した。


「おいガキ」タテガミ族は(あき)れ顔で、しかし高圧的(こうあつてき)に呼びかける。「目的地はまだか? ……もしかして、埋めたってのも出任せじゃねえだろうな」


「確かこのあたりに埋めたので」


 服の内側の冷たい金属の感触を意識しながら、グリムは答えた。比較的落ち着いて返事が出来たのは、そのおかげだろう。


「どのあたりだ」とエルドが口を挟む。そしてグリムの身体を乱暴に(つか)むと、地へ(ほう)った。「お前が探せ」


 痛みは感じたが、グリムが萎縮(いしゅく)することはなかった。すべては計画の(もと)に進んでいる。誰かを(だま)すときにはそれなりの残酷さが(ともな)うことは彼も承知(しょうち)していた。


「す、すぐに探すので」


 言って、グリムは素早く(ふところ)に手を入れると『透過帽(とうかぼう)』をかぶった。瞬間、獣人たちが目を丸くする。


「消えた!?」


「どこに行きやがった!」


「逃げたぞ!」


 エルドがしゃがみ込み、地面を手で探る。何度か彼の指先がグリムの身体に()れたが、エルドは素知(そし)らぬ振りを(つらぬ)いていた。


「転移魔術か……!」


 深刻な調子で呟くエルドを見上げ、グリムは感心してしまった。どうやったらここまで演技が上手くなるのだろう、と小首を(かし)げるほどに。


「あのガキ、魔術師だったのか!」とタテガミ族の男が怒気(どき)(みなぎ)らせて叫ぶ。


「そうみたいだな。……まだ遠くには行っていないはず。お前ら、少しじっとしていろ」


 エルドは耳を地面に当てる。一秒、二秒、三秒。刻々(こくこく)と過ぎていく時間のなかで、グリムは着実に行動を起こしていた。エルドのタテガミに()い登り、わさわさと(あら)い毛を()き分けて彼のうなじにしがみついたのである。


「……駄目だ。足音は聴こえん。手分けして探すぞ!」




 ルドベキアの外れから『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』まで、獣人の足でも三十分はかかる。小人の歩幅(ほはば)では数時間の道のりとなるだろう。道中(どうちゅう)を無事に進めるかは(さだ)かではない。加えて、宮殿にたどり着くことが出来たとしても、ゾラの私室へ向かうには玉座(ぎょくざ)を通る必要がある。宮殿内の回廊(かいろう)と玉座を(へだ)てる堅牢(けんろう)な扉は、小人の力で開けることなど不可能。さらに門番まで(ひか)えている。些細(ささい)な物事であれ、彼らの目に()まればたちどころに対処されてしまうだろう。


 それらすべてをクリアする絶好の方法が、ただひとつだけあった。


黄金宮殿(ザハブ・カスル)』。玉座へと続く扉が開き、(まばゆ)い光が廊下へと(あふ)れるのを、グリムはエルドのタテガミ越しに(なが)めた。呼吸を整え、口を真一文字に結ぶ。


 玉座にはすでに金色(こんじき)のタテガミ族――ゾラが()していた。眼光(がんこう)は鋭く、体躯(たいく)はこれまでグリムの目にしたどの獣人よりも強さに満ちている。厳格(げんかく)なその表情は激怒の一歩手前のように、また、なににも関心を(いだ)いていない無表情にも見えた。思わず、グリムの全身が硬くなる。おそるおそる頭に触れたが、帽子はちゃんとそこにあった。


 ――大丈夫なので。


 自分自身に、必死の思いで言い聞かせる。


 やがて揺れとともにゾラの姿が近くなり、五メートルほどのところで視界がゆっくりと下がった。エルドが(ひざまず)いたのである。


「道具は見つかったか?」


 エルドの毛を(つか)み、彼の背中をゆっくりと降りる。慎重に、慎重に。


「いえ、見つかってはおりません」


 エルドの声は、グリムの耳に淡々(たんたん)と響いた。落ち着いている。


 彼の背を降りているうちに、おや、とグリムは思った。口調はひどく冷静だったが、わずかに震えているのが伝わってきたのである。


 ――エルドも必死なので。


 グリムは奥歯を噛み締め、慎重さを失わぬよう自分に()した。


委細(いさい)を報告せよ」


「……は」


 エルドの尻尾を伝い、グリムはようやく床にたどり着いた。


「結論から申し上げますと、小人はどうやら魔術師だったようで、転移魔術によって逃げられてしまいました。……面目(めんぼく)ありません」


 沈黙。グリムは玉座の右奥に()いている通路を目指して、決して音を立てぬように()を進めていた。ゾラの顔を見る余裕はない。むしろ、見てはいけないとさえ彼は思った。そこに浮かんだ憤怒(ふんぬ)を目にしたなら、きっと震えが止まらなくなってしまう。そんな直感からグリムは視線を目的地へと固定させた。


「……委細を(もう)し上げます。我々は小人の導くままにルドベキアの外れへと向かいました。家屋(かおく)から遠く(へだ)たった地点で、小人が『ここに隠した』というので、彼自身に掘らせるのがもっとも効率的であると思い、その身を解放したのです。こちらは四人で、相手は一匹。まさか迂闊(うかつ)真似(まね)はするまいと……。油断しておりました。まさか魔術師だとは……」


 グリムは素早く、しかし決して音を立てぬよう意識しながら、なんとか通路の入り口までたどり着いた。扉は開放されており、今なら奥へと進むことが出来る。


「つまり」ゾラの声は、最前(さいぜん)と変わることなく冷酷な響きが宿(やど)っていた。「道具は得られず、小人も逃がしたと」


「……はい」


「確かお前はアルビス(おう)忠臣(ちゅうしん)だったな」


「……過去のことです。私は今も昔も、ルドベキアに奉仕(ほうし)しております」


「報告しに来たのがお前だけなのはなぜだ」


「今回の件の代表は私であると認識しておりましたゆえ、私だけが参りました」


 ひどく嫌な予感がして、グリムは振り返ってしまった。彼の目に映ったのは、黄金に(きらめ)く室内でエルドへと放物線を描く凶器の光だった。小さなナイフ。それは山なりの軌道(きどう)でエルドの前に落ちた。


「その(やいば)で、お前とともに行動していた同胞(どうほう)を殺して来い。さもなくば――」


 グリムの位置からゾラの表情は分からなかった。ただ、黄金のタテガミが威圧(いあつ)(はら)んでゆらゆらと揺れるのが見えただけである。


「……さもなくば?」


「今この場で自害(じがい)しろ」


 エルドの全身は、離れた位置にいるグリムの目からも明らかに震えているのが分かった。跪き、がくがくと不安定な動きでナイフを持ち上げる。その瞳は大きく見開かれ、彼の指先と同じく不安定に震えていた。


 エルドはまるで祈るような姿勢でナイフを(かか)げていた。


 震える切っ先が、ゆっくりと確実に彼の(のど)へと接近する。


 あとほんの数センチで喉に突き刺さるといったタイミングで、震えは唐突(とうとつ)に消えた。グリムはエルドの瞳に(おだ)やかな色が浮かぶのを、はっきりと見てしまった。


 ――駄目なので!


 グリムがそう叫ぼうと口を開いた瞬間。


「エルド。なぜ同胞を殺さないのだ」


 ゾラの()いが、喉元へ迫る凶器の動きと、グリムの声を押しとどめた。


「り、理由など、必要、ですか?」


「お前は理由もなく、同胞の命を優先するのだな」


「え、ええ、そ、そうなの、でしょう! きっと!」


 エルドの絶叫は、涙とともに(ほとばし)った。彼の瞳は今や憎悪を隠そうともせず、ゾラを一直線に(にら)んでいる。死に(ひん)しているからこそ彼の(から)が破れたことをグリムは知らなかった。そうした心の動きを知らなかったのだ。ただ、今自分は途轍(とてつ)もないものを目にしているという実感だけがある。


 エルドの両腕に力が(こも)る。切っ先は目的を取り戻したかのように、再び彼の喉仏へと接近をはじめ――。


「刃を下ろせ、エルド。ルドベキアの長としての命令だ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『アルビス』→ルドベキアの元酋長。優秀な魔術師であり、多くの獣人に魔術の手ほどきをした。戦争への参加に反対したが、ゾラとの決闘に敗れ、地下に幽閉された。温和な性格であり、同じく幽閉された小人族の信頼を得ている。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『エルド』→ルドベキアに住むタテガミ族の戦士。アルビスを信奉している。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『透過帽(とうかぼう)』→かぶっている間は姿を消せる角帽。魔道具。気配も消すが、物音までは消えない。詳しくは『597.「小人の頼み」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』→獣人たちの中央集落『ルドベキア』の中心にある宮殿。玉座には財宝が大量に集められている。歴代酋長が使用する私室や、浴場、ゲストルームが存在する。全体に魔術除けが施されており、魔術を一切通さない。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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