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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Grimm.「魔道具捜索」

※グリム視点の三人称です。

 涙が止まらなかった。正直な自分でいさえすれば、きっと相応(そうおう)の結果が待っているとグリムは信じていた。だからこそ涙が止まらない。


 揺れる木桶(きおけ)のなかで、グリムは頭上に広がる幻想的な光を(なが)めていた。青や緑や黄色、様々な光が明滅(めいめつ)している。それらは涙のフィルターで一様(いちよう)(にじ)んでいた。


黄金宮殿(ザハブ・カスル)』を出て、早や三十分になる。ちょうどルドベキアの外れ――窪地(くぼち)周縁(しゅうえん)に差しかかっていた。


「おい、チビ。まだか?」


 威圧的(いあつてき)()うエルドの声を聴き、グリムは身体を震わせた。(なさ)けなさと行き場のない悲哀、そして濃厚な恐怖が頭の内側でぐちゃぐちゃに溶け合っている。息を吸うと嗚咽(おえつ)に似た音がした。


「ま、まだ、なので」


 いくつかの舌打ちと、まばらな足音。そして木桶の揺れ。


共益紙(きょうえきし)』と『密会針(みっかいばり)』はルドベキアの外れに埋めた。グリムがそう答えたからこそ、彼自身がこうして連行されているのである。『透過帽(とうかぼう)』を()くした今の彼には、逃走など到底(とうてい)不可能だった。彼のそばにいるのがエルドだけならまだしも、ほかに三体ものタテガミ族が魔道具捜索(そうさく)に同行している。誰もが屈強(くっきょう)で、グリムには勝ち目のない相手だった。


 これから自分がどうなるのか。グリムは震える身体を自分の腕で抱きしめ、やっとの思いで考える。魔道具は地下に幽閉(ゆうへい)されている元族長――アルビスに預けてある。つまり、なにがあっても魔道具は見つかりっこない。彼らタテガミ族の求める(しな)献上(けんじょう)出来なければ、待っているのは死だ。


 ――どこに埋めたか、忘れちゃったので。


 グリムの呼吸が激しく乱れる。そんな嘘が通用するわけはないし、なにより自分自身が説得力を備えた声色(こわいろ)で口に出来るわけがないと、彼は自覚していた。


 頭上を木々が、光が、流れていく。時間が止まってくれれば、とグリムは何度願ったか分からない。決定的な瞬間へ向かって、確実な速度で流れていく時間が恐ろしくてたまらなかった。


 五分ほど()ってから、またしてもエルドの声がした。「おい、チビ」


「ひっ……」


 もう駄目だ。もう引き()ばせない。


 どうせ死んでしまうのなら、いつまでも恐怖に(さら)されているよりも、いっそ楽になれれば――。


 グリムの心に魔が差した。死はきっと苦しいだろう。しかし、死に向かって行進しているこの時間以上のものだろうか。そんな具合の直感が、彼の口を開かせた。


 ――ここに埋めたので。


 そう言おうと決めて、息を吸う。


「……ん?」


「どうした、エルド」


「いや……」躊躇(ためら)いがちにエルドが言葉を(つむ)ぐ。「なにか(にお)わないか?」


 グリムは開いた口をガクガクと閉じた。今の彼は臭いを感じられる状態にない。哀しみと恐怖に由来(ゆらい)する鼻水で、嗅覚(きゅうかく)のほとんどが封じられていた。


「臭いなんてしないぞ」


「いや、俺には分かる。(かす)かだが、風上(かざかみ)から妙な臭いがしやがる。……おい。悪いが三人で見て来てくれないか? 俺はここに残ってチビを見張ってる」


 ドキリ、とグリムの心臓が跳ねた。もしかすると『灰銀(はいぎん)の太陽』の誰かがルドベキアに入ったのかもしれない。


 助けてくれるかもしれない、とは思わなかった。逃げてほしいとだけ強く強く願った。タテガミ族に姿を見られる前に早く逃げてほしい、と。


「いや、ここは二手に分かれるべきだ。俺も残る」とタテガミ族のひとりが言う。


 するとエルドが間髪(かんはつ)()れずに返した。「わざと兵力を分散させるのは悪手だ。敵を(あなど)るんじゃない。相手が『灰銀』の連中なら決して油断出来ないだろう? 俺たちは何度か煮え湯を飲まされてきているんだ」


「煮え湯だと?」


 嘲笑(ちょうしょう)()じりの返事が飛ぶ。グリムは彼らのやり取りを、木桶のなかでハラハラと聞いていた。


「オッフェンバック様の捕縛(ほばく)。集落の占拠(せんきょ)。ルドベキアへの潜入(せんにゅう)。そして『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』からの脱出……。奴らがこれまでしたことを冷静に考えろ。油断していいかどうかはお前が決めればいいが、結果的にこのチビを奪われたら全責任はお前にある」


 エルドの言葉のあとに、さも忌々(いまいま)しげな舌打ちが響いた。「……側近(そっきん)気取りが。今はゾラ様の時代だ。貴様(きさま)なんぞ(した)()同然だろうに。せいぜいガキのお()りでもしてやがれ」


 捨て台詞のあと、三人分の足音が遠ざかっていった。


 ごくりと(つば)を飲み(くだ)し、グリムは唇を結ぶ。幸運なことに、今ここにいるのはエルドだけ。もし逃げ出すチャンスがあるとしたら今なのではないか。


 木桶(きおけ)の内側を見つめて、グリムは数える。一秒、二秒。五秒数え終わったら勇気を振り(しぼ)るんだ、と。


 彼がそう考えた矢先(やさき)、頭上から影が落ちた。見上げると――。


「ひっ!」


 エルドが木桶を(ふさ)がんばかりにグリムを(のぞ)き込んでいる。


「静かに」エルドは(おだ)やかに、しかし緊張感を持った口調で言う。「グリム、よく聞け」


 その声は、これから自分を殺そうとする者にしてはあまりに(かど)が取れていた。


「な、なんなので……?」


「俺はお前にすべてを(たく)す。いいか。鳥籠(とりかご)の鍵を手に入れるんだ。そしてアルビス様を出してやってくれ。ゾラに対抗出来るのは、あのお方しかいない。……どうか、血族(けつぞく)と組んで戦争をするなんて馬鹿げた計画、潰してくれ」


 その瞳は真剣だった。その顔は哀しいまでに思い詰めていた。その声は願いに(あふ)れていた。その一切がグリムの胸にストンと着地し、彼の力となる。(おび)えや恐怖、ある(しゅ)の情けなささえ、今のグリムの心から消えていた。


 エルドは指先に()まんだ『透過帽(とうかぼう)』を、ゆっくりとグリムの腕のなかに押し付けた。


「地下への入り口で拾った帽子だ。大事な道具なのだろう?」


「そ、そうなので! これで透明になれるので!」


「しっ! 静かに。……なるほどな。だから地下を出るまでお前の姿に気付けなかったのか」


 エルドは眉尻(まゆじり)を下げ、(あき)れたような表情を浮かべてみせた。一杯(いっぱい)食わされた、と言わんばかりに。


「今のうちに鍵の()()を教えてやる」


「え。知ってたので?」


「ああ。死ぬ気で調べたんだ」


 アルビスのために。決して言葉にされなかったが、エルドがそう続けたようにグリムには思えた。


 アルビスを救出するために鍵の場所を突き止めて、しかし、行動には移せなかった。チャンスがなかったのかもしれない。しかしグリムには、なんとなくエルドに勇気がなかったのだと思えた。手を伸ばせば届く物事なのに、なかなか踏み出せない経験はこれまで何度もしている。


「なあ、グリム」エルドの目が、ほんの少し(うる)む。「『灰銀』たちについて、お前が宮殿で話したのは全部本当なのか?」


「そうなので。あ、でも、道具はここには埋まってないので。アルビスさんが持ってるので」


「大した度胸(どきょう)だよ。助かった。もしお前が本当のことを喋っていたら、アルビス様は今頃(いまごろ)ゾラに……」


 しかしながら、グリムはすでにアルビスが『灰銀の太陽』に肩入れしてくれるかもしれないとまで話してしまっている。ゾラの前で、だ。となると、魔道具の有無に限らずアルビスは危険な立場だと言える。


 グリムがそれを口に出すと、エルドは苦笑して首を横に振った。


「ゾラは特殊な奴だ。単なる脅威(きょうい)は潰さない。あくまでも自分に歯向かってきた瞬間だけ相手にする。もちろん、お前が言ったような便利な道具を持っているのなら話は別だが、鳥籠のなかで革命を目論(もくろ)んでるだけの相手をわざわざ潰すような奴じゃない」


 なんとなくグリムは理解した。玉座に腰かけた黄金の獣人は、確かに、ちょっとやそっとでは動きそうにない雰囲気があったのだ。もちろん、そこに暴力の気配を感じたし、ゾラがその気になれば自分は一瞬で命を奪われるという予感もあった。ただ、軽々(けいけい)に爪を振り下ろすようには見えなかったのである。


「それで、鍵はどこにあるので?」


 アルビスからは、ゾラが持っているとだけ聞いている。それ以上の具体的な情報が必要だった。


「それは――」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『アルビス』→ルドベキアの元酋長。優秀な魔術師であり、多くの獣人に魔術の手ほどきをした。戦争への参加に反対したが、ゾラとの決闘に敗れ、地下に幽閉された。温和な性格であり、同じく幽閉された小人族の信頼を得ている。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『エルド』→ルドベキアに住むタテガミ族の戦士。アルビスを信奉している。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出ている。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『密会針』→球状の魔道具。手のひらサイズ。内部にいくつもの針があり、それぞれが別の『密会針』の方角を示している。『灰銀の太陽』の主要メンバーがそれぞれ所持している。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『透過帽(とうかぼう)』→かぶっている間は姿を消せる角帽。魔道具。気配も消すが、物音までは消えない。詳しくは『597.「小人の頼み」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』→獣人たちの中央集落『ルドベキア』の中心にある宮殿。玉座には財宝が大量に集められている。歴代酋長が使用する私室や、浴場、ゲストルームが存在する。全体に魔術除けが施されており、魔術を一切通さない。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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