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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Grimm.「暗闇に獣の声」

※グリム視点の三人称です。

 グリムが目を覚ますと、視界は夜よりも濃い闇にべっとりと塗り潰されていた。目覚めたようで目覚めていないのではないかとも思い、彼はおそるおそる指先で眼窩(がんか)周縁(しゅうえん)を確かめる。(まぶた)はしっかり開いていた。


 何度かまばたきを繰り返し、目を(こす)る。それでも物の輪郭(りんかく)は見えてこない。ただ、数センチ先になにか壁のようなものがあるのは分かった。今度もおっかなびっくり手を伸ばすと、やがて指先に冷えた硬い感触が伝わった。


 ――ここは、どこなので。


 グリムは深呼吸をし、(もや)のかかった意識を晴らそうと努める。随分(ずいぶん)と長く眠っていたような気がするものの、どれほどの時間が経過したのか(さだ)かではない。全身の気怠(けだる)さ、わずかな眩暈(めまい)、集中力の不在。彼にとってたっぷり寝た後に決まって訪れるいくつかの感覚が、長い眠りを想起(そうき)させたのである。


 深呼吸を繰り返しているうちに、段々とこの空間について分かってきた。まず、この場所がひどく狭いこと。それこそ小人三人がようやく入れる程度のサイズ。


 グリムは漆黒(しっこく)を見つめ、記憶の糸をたどった。ルドベキア潜入(せんにゅう)。地下空間への到達(とうたつ)。仲間の声。()いた獣人。鳥籠(とりかご)(じょう)橙色(だいだいいろ)の毛。自分を(のぞ)き込む、獰猛(どうもう)容赦(ようしゃ)のない瞳。


「……死んでしまったので?」


 グリムにとって、それはあまりに簡単でしっくりとくる答えだった。最後の記憶は、自分がタテガミ族に見つかって地面にべしゃりと身を押し付けた瞬間のものである。それ以降はなにも覚えていない。恐怖の針が限界を振り切ってしまったがゆえの意識の喪失(そうしつ)である。


 そして空白の記憶は、今現在の漆黒に繋がっている。両者の(あいだ)を埋める要素として『死』は適切以上のものに思えた。


 死んでしまった。そう思うと、グリムは自然と涙が出てきた。もう仲間の小人と会うことも出来なければ、『灰銀(はいぎん)の太陽』のために頑張ることも、アルビスを鳥籠から解放することも出来ない。なにより苦しいのは――。


「嘘になってしまったので」


 グリムの声は狭い空間に反響し、彼自身の耳を揺さぶった。


 彼には、絶対に戻ると誓った相手がいる。竜人の至宝(しほう)であり、グリムの結婚相手――竜姫(りゅうき)。彼女の哀しみを想って、グリムは胸の内側を針で突き刺されるような痛みを覚えた。どんなに竜姫が自分を信頼し、大切に想ってくれているか、彼は理屈(りくつ)抜きに理解している。


「起きたか、チビ」


 不意に野太い声がして、グリムは跳び上がった。


「あうっ!」


 勢い余って天井に頭を打ちつけ、視界に火花が(はじ)ける。


「そう驚かなくていい。お前は聞かれたことだけ答えろ。それ以外の返事は必要ない」


 声は淡々(たんたん)と命じる。グリムは相手が自分に対して言っているのだということを、はっきりと意識した。そして思う。死者に呼びかけることの出来る相手なんて神様くらいしかいないだろう、と。神様には悪い神様もいる、と。これはきっと後者だ、と。


「アルビスを助けて、ゾラを倒す。……気絶する前にそう言っていたな? 詳しく話せ」


 黒衣(こくい)の神様を心に描いていたグリムは、おや、と思った。その言葉は確かに自分が口にしたもので、それを聞いた相手はひとりだ。


 そのタテガミ族の名は、アルビスから聞いている。


「エルドさんなので?」


 しばしの沈黙が訪れ、漆黒の先で荒い呼吸だけが聞こえた。どうやら相手は壁の先――それも、かなり近くにいるらしい。


「オレのことはアルビス様に聞いたのか?」


 壁の先の声は獣人特有の低く野太いものだったが、威圧感(いあつかん)はなかった。自分が暗闇のなかにいて、しかも密室だからだろうか。そんなことをグリムは考えた。


「アルビスさんが教えてくれたので」


 エルドは今、ゾラに(つか)えている。しかしながら、今もアルビスを(した)っていることは地下での様子から明らかである。そんな彼を相手に、グリムは嘘をついたり沈黙で誤魔化(ごまか)すつもりはなかった。正面からぶつかっていく。それしかない、と。


「聞いてほしいことがあるので」


「黙れ。いいか、まずは俺が()う。お前はただ正直に答えればいい。少しでも言い(よど)んだら命がないと思え。俺にとって小人一匹程度なんとも思わん」


「それは嘘なので」


 ついつい返してから、しまったので、とグリムは後悔した。だから「なんだと?」と怪訝(けげん)な返事が響いた瞬間、慌ててしまった。


「僕たち小人に食べ物をくれるとき、すごく優しい顔をしてるので」


 なにを返していいか分からなくなって、またしても迂闊(うかつ)なことを口走ってしまった。


「……俺はそんな顔をしていたのか?」


「あ、う……してたので」


 少し迷ったものの、肯定(こうてい)するしかなかった。なにより正直に答えようと誓った矢先(やさき)のことである。自分で決めたことを真っ先に(ひるがえ)すのはさすがに嫌だった。


 軽い咳払(せきばら)いがして、エルドの声が届いた。「なぜ外に出ようとしていた?」


「外……あっ、鍵を探しに行くためなので」


「なんの鍵だ?」


「アルビスさんの(かご)の鍵なので」


「籠から出そうとしているのか?」


「そうなので」


「なんのために?」


「それは――」


 グリムは(こぶし)を握り、一拍(いっぱく)置いて壁を見据(みす)えた。




『灰銀の太陽』について、グリムは知る限りのことを話した。もちろん、現在の状況まで(ふく)めて。少々長くなってしまったが、エルドはその(かん)一度も口を挟むことなく、ただ黙って聞いていた。


「仲間との情報伝達はどうしてる?」


 一瞬はぐらかそうかと思って、グリムは首を横に振る。正直に答えると決めたではないか。


「文字を届ける紙と、位置が分かる球を持ってるので」


共益紙(きょうえきし)』と『密会針(みっかいばり)』。どちらも極めて重要な魔道具であり、当然のことながら易々(やすやす)と存在を明かしてはならない(たぐい)のものである。


「なるほど。その道具は今どこに?」


 アルビスが持っている。それが正解だ。答えようとしてグリムは、ハタと言葉を止めた。なぜ道具の場所を聞き出そうとしているのだろう。


「ルドベキアの外れに埋めたので」


「なぜ?」


「本当に大事な道具なので、あまり持ち歩きたくなかったからなので」


 言いながら、グリムはアルビスのもとにあるそれらの道具について、想像をめぐらした。あれが悪用されれば『灰銀の太陽』に勝ち目がなくなってしまう。ふたつの道具について少しでも情報を漏らしてしまった自分を(なさ)けなく感じた。


「なるほど」


 そう言ったきり、エルドは沈黙していた。次の問いを考えているのかもしれない。やがて(つむ)がれた言葉は、それまで耳にしたどの言葉よりも不安定で、落ち着かない響きを備えていた。


「いいだろう。質問は終わりだ」


 次の瞬間、グリムの視界が白く(はじ)けた。突然の強い光が網膜(もうまく)を焼いて、闇に慣れた彼を(さいな)んだのである。彼は両腕で自分の顔を(おお)う。


 じわじわと物の輪郭(りんかく)が整っていき――。


「ゾラ様。いかがいたしましょう?」


 黄金色(こがねいろ)に輝く財宝の数々。石造りの玉座。そこに()す、金色(こんじき)の獣。


「その道具とやらを探しに行け」


 獣の牙が、室内の(きらめ)きを反射した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『竜姫』→竜人たちにとって、族長に次ぐ重要人物。竜人たちの住処である『霊山』一帯の山脈に雪雲を固定し、人間の侵入から守っている。彼女の姿を見た者は目が潰れ、命を失うとされる呪いを持つ。『聖域』と呼ばれる場所に隔離されており、接触が出来るのは盲目の世話人であるパルルか、唯一前述の呪いの対象にならない族長のみ。詳しくは『687.「姫の呪い」』『Side Grimm.「困惑小人の赤面」』にて


・『アルビス』→ルドベキアの元酋長。優秀な魔術師であり、多くの獣人に魔術の手ほどきをした。戦争への参加に反対したが、ゾラとの決闘に敗れ、地下に幽閉された。温和な性格であり、同じく幽閉された小人族の信頼を得ている。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『エルド』→ルドベキアに住むタテガミ族の戦士。アルビスを信奉している。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『密会針』→球状の魔道具。手のひらサイズ。内部にいくつもの針があり、それぞれが別の『密会針』の方角を示している。『灰銀の太陽』の主要メンバーがそれぞれ所持している。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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