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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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Side Davis.「生きて、また」

※デビス視点の三人称です。

 クロエたち別動隊(べつどうたい)が『骨の揺り籠(カッコー)』を出発する二日前――アポロが隊列を抜けた翌日。


 デビスを中心としたルドベキア侵攻組(しんこうぐみ)は、確実に疲弊(ひへい)していた。魔物の襲撃を退(しりぞ)けつつ夜を(てっ)して行軍した結果、いくつかの仲間が犠牲(ぎせい)になったのである。(おも)な戦闘は竜人が(にな)ったとはいえ、敵の数は多く、わずかではあるものの血が流れた。


 そして今、侵攻組は川べりで休憩(きゅうけい)していた。付近に獣人の集落がないことは斥候(せっこう)を担当する有翼人(ゆうよくじん)および半馬人(はんばじん)の報告で明らかである。


 デビスは(あし)を畳み、川の水を(すく)って飲み、それから顔を洗った。ほかのメンバーはうたた寝をしていたり、小声で話し合っていたりしている。


 行軍は夜間を中心におこない、睡眠は昼間の数時間で()る。事前にデビスが共有したプランだ。獣人も基本的に活動するのは昼間であり、夜間は見張りを()ねて魔物討伐に幾人(いくにん)かを使っている程度である。『緋色(ひいろ)の月』の主力部隊も、おおむね昼間に動くとデビスは読んでいた。むろん、こちらの現在地が敵に知れていれば、夜間に襲撃するほうが都合がいいだろう。獣人は夜目(よめ)()くのだから。とはいえこちらの地点が分からなければ無理な夜間行動は()けるのが妥当(だとう)。ゆえに、『緋色』の主力との遭遇(そうぐう)があるとすれば昼間であり、その時間帯に警戒を強化して休息をとることに決めたのだ。


 デビスは水面に映った自分の顔を見つめる。少し()せたかもしれない。筋肉は落ちていないが、(ほお)が以前よりこけているように見えた。


 デビスが水鏡で顔を確認していると、隣に竜人が映った。


「ハックの返事を見たか?」


 サフィーロは淡々(たんたん)とたずねると、川の水を両手で(すく)って飲んだ。


「ああ、確認済みだ」


 デビスは腰に()げた小さな布袋(ぬのぶくろ)を意識した。そして、そこに収まった一枚の紙に(しる)された悲劇を思い出す。


 二分割(にぶんかつ)されたうち、もう一方の戦力――『緋色の月』捕縛組(ほばくぐみ)がほぼ全滅したとの報告が『共益紙(きょうえきし)』に記載(きさい)されていた。あまりに早過ぎる悲劇だったが、予期(よき)していなかったわけではない。敵と衝突(しょうとつ)して無事(ぶじ)でいるわけがないとは思っていた。ただ、ここまでの損害はデビスの想定を()えていた。


 そんな報告に対するリーダーの返事は、ほんの四文字。『作戦続行』。それだけだ。


 ハックに対する不信感はない。デビスは彼を理解し、その思考を受け入れていた。が、ほかの者も同じとは限らない。


「どう感じている?」


 デビスはほかの者に聴こえないよう、小声でたずねた。


 ひとしきり水を飲むと、サフィーロは水面()しにデビスを見据(みす)えた。「撤退(てったい)はありえん。ゆえに、判断は妥当だ」


「私もそう思う」


 しかし、とデビスは考える。頭に浮かべたのは、休憩に入る直前の侵攻組の反応だった。


『緋色の月』捕縛組の大部分が壊滅(かいめつ)したと伝えた瞬間、全員がほとんど同じ反応を示した。目を見開き、顔を(かた)くし、それから互いに目を見合わるという一連の動作。明らかに落胆(らくたん)動揺(どうよう)があったのだが、それでも表立(おもてだ)って不安を漏らす者はいなかった。ハックの指示があるまではルドベキア侵攻に向けて行軍(こうぐん)を続けることにも異論(いろん)は出ていない。


 結局のところ作戦継続には変わらないのだが、リーダーの言葉を正確に伝える責任がデビスにはあった。


「『共益紙』の内容は、ほかの竜人に見せたか?」


「そんな迂闊(うかつ)真似(まね)はせん。貴様(きさま)の口から伝えるといい。もっとも、我々竜人は犠牲(ぎせい)など承知(しょうち)の上だ。関心事(かんしんじ)は別にある」


 サフィーロの言う『関心事』とやらは、デビスにも想像がついた。『灰銀の太陽』に協力している竜人は種族全体の約半数。もう半分は敵方にいる。


 サフィーロにとっては『緋色の月』に協力している竜人の抹殺(まっさつ)こそが重要で、ほかの問題は些末(さまつ)ですらあるのだろう。全員が同じ方角を向いているようでいて、それぞれの種族が(こと)なる思惑(おもわく)を胸に(いだ)いている。その事実は、デビスにとって前提(ぜんてい)でしかなかった。尾根(おね)を出る前から――(いな)、各種族の代表が顔を合わせた瞬間からそれは理解している。問題は、仮初(かりそめ)であれそれらを制御することである。


「見張りを(のぞ)いて全員、集まってくれ!」


 デビスがそう呼びかけると、少しの()を置いてぞろぞろと彼の周囲に影が(つど)った。見張りを担当していない有翼人や半馬人。竜人やトロール。そして唯一(ゆいいつ)の獣人であり、半馬人にとっての友であるエーテルワース。


 ぐるりと周囲を見渡し、デビスは口火(くちび)を切った。伝えるべきことはさして多くない。


「本隊半壊(はんかい)について、ハックからの返事があった」


 ぴん、と空気が張り詰めるのを、デビスは敏感(びんかん)(さっ)した。誰もが固唾(かたず)を飲んでいる――そんな雰囲気である。


「作戦継続(けいぞく)。ハックからの言葉は以上だ。非常に短い指示ではあるが、私たちはこれを遵守(じょんしゅ)する必要がある。現時点で撤退(てったい)はありえない。私たちはすでに分水嶺(ぶんすいれい)()えていて、後戻り出来ないことは(みな)も理解していることと思う。試練は乗り越えるためにあり、私たちは踏みとどまらねばならない。決断の先にのみ、希望の(ともしび)があるのだ」


 全員が(もく)している。まばらではあるが、いくつもの(うなず)きがデビスの目に()えた。


「以上だ。引き続き休息を取るように。出発は二時間後となる。英気(えいき)(やしな)い、目的に邁進(まいしん)――」


 デビスの言葉が不意に途絶(とだ)えた。見張り役の半馬人がこちらへと駆けてくるのが見えたからである。


「て、敵襲!」




 千を()える軍勢。見張りの半馬人はそう報告し、様子を見に行ったデビスも(はる)か先に膨大(ぼうだい)な数の獣人が木々を()って()を進めているのをはっきりと確認した。連中が真っ直ぐこちらに向かっている以上、侵攻組の殲滅(せんめつ)を目的としていることは明らかである。


「エルダー、サフィーロ、エーテルワース。どのような迂路(うろ)をたどろうとも、針の先で落ち合おう」


 トロール代表のエルダー。竜人代表のサフィーロ。そしてエーテルワース。それぞれの手には『密会針(みっかいばり)』が握られている。針の先を見誤(みあやま)らなければ、ハックと合流することも、もちろんそれぞれが落ち合うことも出来る。


 敵襲の確認後、デビスは素早く決断した。そして即座(そくざ)に命じたのである。各種族で別れ、個別にルドベキアへと向かうように、と。エーテルワースは有翼人とともに行動する手はずとなっている。


 いずれかの種族が襲撃を受けて壊滅(かいめつ)する可能性はあるが、今のところ敵との距離はまだ遠い。すぐに行動すれば全員が無事に窮境(きゅうきょう)を切り抜けられるかもしれない。侵攻組の全戦力で敵と対峙(たいじ)するという選択肢もあったが、望みは薄かった。あまりにも数に開きがある。


「デビス殿(どの)」エーテルワースが真剣な表情で言う。「必ず生きて、また会おう。サフィーロ殿も、エルダー殿もだ」


 その約束がもはや(はかな)いものであることを、デビスは自覚していた。どれだけの者がルドベキアにたどり着き、そして、最終的に生き残ることが出来るか。未知数ではあるものの、そう多く見積(みつ)もれるような甘い状況ではないことだけは確かだった。


 それでも――。


「ああ、約束だ」


 デビスは薄く(うなず)き、力強く(こぶし)を握った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『アポロ』→有翼人の族長。金の長髪を持つ美男子。優雅な言葉遣いをする。基本的に全裸で過ごしているが、『灰銀の太陽』に加入してから他の種族のバッシングを受け、腰布だけは身に着けるようになった。空中から物体を取り出す魔術を扱う。詳しくは『742.「恋する天使の[検閲削除]」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『密会針』→球状の魔道具。手のひらサイズ。内部にいくつもの針があり、それぞれが別の『密会針』の方角を示している。『灰銀の太陽』の主要メンバーがそれぞれ所持している。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『有翼人』→純白の翼を持つ他種族。別名、恋する天使の翼。種族は男性のみで、性愛を共有財産とする価値観を持つ。年中裸で過ごしている。王都の遥か北西に存在する塔『エデン』で暮らしている。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『742.「恋する天使の[検閲削除]」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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