表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
1014/1472

820.「谷底の共闘」

 ドルフが空の高みに消え去ってから、一時間()らずで事態は収束した。タテガミ族の多くはジェニーとリリーの働きによって無力化され、今はリリーの魔術――『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』で作り出した岩石の牢獄に幽閉(ゆうへい)されている。タテガミ族のなかで命を落としたのは、皮肉(ひにく)なことにドルフに吹き飛ばされた一体のみである。壁に激突した(さい)、不運にも首の骨が折れたらしい。


 一方で『骨の揺り籠(カッコー)』の被害は比較にならないほど大きかった。家屋(かおく)の損壊はもちろんのこと、負傷した者は十や二十どころではない。命を落とした者も少なくないだろう。正確な数は分からないけれど、料理番の獣人が「ああ忙しい忙しい」と駆け回っていたのが印象的だった。


 ハックはいまだに目を覚まさない。呼吸は一定で顔色も悪くはないので大丈夫だろうけど、やはり心配だ。これまでの心労(しんろう)が一気に彼の身を襲ったのなら、このまま何日も目覚めないことだってありそうだし……。


 なんにせよわたしたちは彼に代わって、今まさに高台で『骨の揺り籠(カッコー)』の代表者――キージーと相対(あいたい)している。話すべき内容は山ほどあって、どれも憂鬱(ゆううつ)で深刻な事柄(ことがら)ばかり。


「まず、お前さんがたの働きに感謝を伝えたい。ありがたく思う」


 対面のキージーは、顔いっぱいに疲労が見えた。その要因の大部分は闖入者(ちんにゅうしゃ)によるものだろうけど、そればかりではないだろう。憤怒(ふんぬ)形相(ぎょうそう)でドルフを叩き飛ばしたリフ。彼はあの直後、ふっつりと気絶したまま今も倒れている。もちろん息はあるけれど、ハックとは逆にひどく顔色が悪かった。キージーの心中(しんちゅう)にリフの一連の行動と、そして現在の昏睡(こんすい)状態が重石となっているのは想像に(かた)くない。


 わたしの両隣にはそれぞれジェニーとリリーがいて、どちらも悄然(しょうぜん)としていた。ジェニーは住民全員を助けられなかった落胆(らくたん)から、そしてリリーは悲劇を呼び込んでしまった責任を『灰銀(はいぎん)の太陽』に属する当事者として考えているに違いない。様子を見れば分かる。


 そんな二人と違って、ゲオルグはなにを考えているのか分からない。会って()もないからだろうか、表情からはちっとも感情が読めなかった。そもそも山羊の顔色を読むような経験はしてこなかったけれども。


 ゲオルグは、キージーとわたしたちのどちらも視界に収めることの出来る位置に()している。胡坐(あぐら)をかいているけれど、背筋(せすじ)はしっかりと伸びていた。


『当然のことをしたまでです。この集落は寄り合い所帯(じょたい)ですから、助け合いは当たり前のことでしょう』


 彼が指先で(えが)いた金文字が、ぼんやりと闇を照らした。筆致(ひっち)は相変わらず整っている。指先の震えは一切ないというわけだ。疲労も感情の乱れもないことを示している。


「うむ、うむ」とキージーは(かす)かに(うなず)き、そして腕組みをした。「此度(こたび)の一件がお前さんがたの力添えで解決したのは事実じゃが……」


 なにを言いたいのかは分かる。そして口籠(くちご)もってしまう気持ちも、よく分かる。だからわたしは咳払(せきばら)いをひとつして、言葉を引き取った。


「敵の襲撃はわたしたちの責任よ。あいつらはわたしたちを探す目的で『骨の揺り籠(カッコー)』に降りてきたんだもの」


 わたしたちがここを訪れるか(いな)かに関わらず、タテガミ族は『異形(いぎょう)の穴』に目をつけただろう。そして死んでいるはずの畸形(きけい)たちが生きているのを目にし、やはり蹂躙(じゅうりん)したはずだ。因果(いんが)の根元には、わたしたち『灰銀の太陽』がルドベキアから逃走した事実が厳然(げんぜん)と存在する。


「うむうむ」と、今度もキージーは浅く頷いた。そしてちらと振り返る。彼の視線の先にはリリーが作り出した岩石の牢獄があった。「ともかくも、奴らの口を封じるのが最善じゃ」


 襲撃者を捕虜(ほりょ)にしたところで、『骨の揺り籠(カッコー)』には養っていくだけの余裕も義理(ぎり)もない。むしろ、怒りに任せて殺してしまうのが妥当(だとう)とすら思える。決して納得したくない考えだけれど、そう思うのが自然だということは否定出来ないし、今のわたしたちはキージーに言葉を返せるだけの立場にはない。


 そんなわたしたちをよそに、ゲオルグが白手袋に包まれた指先を宙に(おど)らせた。


『しかし、そうもいかないでしょうね。彼らを殺したら、それはそれで問題です』


 途端(とたん)にキージーの眉間(みけん)(しわ)が寄った。「問題とは?」


『連中はたったこれだけの戦力がすべてではないのでしょう。向かわせた仲間が帰還しないとなれば、捜索隊を結成するのが当然です。そもそも彼らはハックさんたちを探す目的でここまで来たと聞いていますが、だとしたら、向かわせた勢力が戻らないことが重要なヒントとなります』


 冷静だ、この男は。どこまでも。


 考えてみれば、これで終わるはずがない。いつまでもドルフが帰還しなければ『緋色(ひいろ)の月』はピンと来るだろう。なにかトラブルがあったのかもしれないが、もしかしたら『灰銀の太陽』に迎撃(げいげき)されたのかも知れない、と考えるのが自然だ。そうなれば再び『骨の揺り籠(カッコー)』に悲劇が訪れる。


「もしまた『骨の揺り籠(カッコー)』が襲われたときに、人質がいるのといないのとでは結果が違ってくる……」


 そう口に出した瞬間、リリーがこちらを一瞥(いちべつ)するのが視界の端に見えた。


『捕虜をどう(あつか)うかは一考の余地がありますが、現時点では命を奪わないほうが懸命(けんめい)でしょうね。リソースは賢く使うべきです』


 ゲオルグの描いた文字に同意しようと口を開いた瞬間、声が喉の奥に引っ込んだ。馴染(なじ)み深い悪寒(おかん)が背筋を駆け抜けたのだ。肌が粟立(あわだ)ち、心臓が鼓動(こどう)を早める。


 立ち上がると、肺が細かな針を詰め込んだかのように鋭く痛んだ。が、先ほどのように動けないほどのものではない。体力も多少は恢復(かいふく)している。


「どうしたにゃ?」とジェニーがわたしを見上げた。


「魔物よ。たぶん、『骨の揺り籠(カッコー)』の外の谷のあたりだわ。ジェニーとリリーはここに残って、万が一『骨の揺り籠(カッコー)』のなかに魔物が出たときに備えて頂戴(ちょうだい)


 リリーに『骨の揺り籠(カッコー)』と谷底を繋ぐ道を一時的に(ふさ)いでもらうという手もあったが、彼女の今の体力を(かんが)みるに厳しいだろう。タテガミ族との戦闘とその後の牢屋作りで目に見えて疲労している。魔術の精度は、肉体と精神の余力に依存(いぞん)するのだ。


 わたしは二人の返事を待つことなく、高台を降りて谷底へと向かった。




「――で、どうしてあなたも来たの?」


 谷底に降り、最初のグールを切り飛ばしてから振り返る。崖にもたれたゲオルグは自分を(ゆび)さし、小首を(かし)げて見せた。


「あなたに聞いてるのよ。……というかあなた以外いないでしょ」


『心配だったので見守ろうかと』


「怪我しても知らないわよ」


『自分の身は自分で守りますよ。もちろん、守っていただけるのならありがたいですが』


 まったく、冗談ばかり言って……。


「危なくなったら逃げなさいよ」


 言って、サーベルをかまえる。まばらではあるけれど、ぽつぽつとグールの姿が見えた。


 ゲオルグがどうしてわたしと一緒に谷底へ来たのか、なんとも謎だ。本当に心配してくれているのなら嬉しいけど、なにかしらの目的があるんじゃないかとも思えてくる。まあ、得体が知れないから善意を真っ直ぐに受け取れないだけなのだけど。


『敵のお目見えですよ。右に二体。左に一体。左は私にお任せください』


「大丈夫なの?」


 言いながら、右のグールを(むか)え撃つ。一体目を両手持ちで一閃(いっせん)。二体目を後退して袈裟(けさ)()り。どちらも一撃で(もや)と化した。痛みのせいで片手持ちは出来そうにないけれど、グール程度ならこれで充分だ。


 目の端から、ゆらゆらと金文字が流れてきた。『今のところは問題ありません』


 振り返ると、ちょうどゲオルグが短剣でグールの首を()ねる瞬間が見えた。決して力強さも(あざ)やかさもないが、無駄のない斬撃である。……というかどこから短剣を出したのやら。ますます得体が知れない。


「やるじゃない。でも、油断しないでよね」


『お互いに』


 まったく口が減らない。まあ、わたしもひとのことは言えないけど。




 その晩はグールが数十体、子鬼が五体ほど出た。戦いながらゲオルグの動きにも注意を払っていたのだが、彼は意外なほど見事な戦闘を繰り広げていた。一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)に無駄がないのだ。グールの爪や牙を軽やかに()け、喉を裂く。子鬼の振り回す武器――厳密には武器と化した腕――を回避し、崖に蹴り飛ばしてから短剣でひと突き。万事(ばんじ)そのように、危なげない戦い方だった。


 そして夜明けの空気のなかで、わたしたちは崖にもたれている。ここが樹海でなければ、祝福じみた薄明(はくめい)()し込んだかもしれない。


「お疲れ様」


貴女(あなた)も、お見事でした』


 なんだかわたしは気がゆるんで、ちょっぴり笑ってしまった。それにつられたのか、山羊顔がユニークな()みを浮かべる。なんだかその表情がおかしくておかしくて、わたしは声を上げて笑った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村をルドベキアの獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』参照


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』→周囲の無機物を操作する呪術。リリーが使用。初出は『618.「大人物の愛娘」』


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ