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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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817.「鉄砕のドルフ」

 大人しく退()いてくれれば、と考えていた自分。そんなはずがないとシビアに現実を見つめていた自分。どちらも本当だが、訪れた結果を簡単に受け入れるなんて出来ない。


「んぁあ? なんだこいつ」


 ドルフが怪訝(けげん)そうに漏らす。彼の視線の先には倒れ伏したリフがいた。(ちぢ)こまり、頭を(かか)えてぶるぶると震えている。転倒したリフによって倒壊した家屋(かおく)が、さながら鳥の巣のごとく彼を囲っていた。


 やがてドルフの口元には、明らかな嘲笑(ちょうしょう)が浮かんだ。


「こいつ、ビビりだぜ! 図体(ずうたい)がデケえだけの無能だ! オメェら! ここにいるのは負け犬だ! ひとり残らず踏み潰せ!!」


 ドルフの勝ち誇った言葉をきっかけに、タテガミ族の雰囲気も明確に変わった。先ほどまでは、リフを殴り飛ばしたドルフを見ても多少の恐れが彼らの動きに感じられたが、それもたった今消えた。


「ジェニー、リリー。タテガミ族をお願い。ハックはここで待機(たいき)してて。絶対、敵に捕まらないように」


 サーベルを握り直し、(ひざ)(しず)める。


「……分かったです」「了解にゃ」「分かったわよ」


 それぞれの返事が耳に届く。彼らの表情まで確認するつもりはない。今はドルフの排除(はいじょ)が、わたしにとって最優先事項(じこう)だ。


『私はどういたしましょうか。非力な平和主義者ゆえ、ぜひとも逃亡したいものです』


 ゲオルグの(えが)いた金文字。言葉の(はし)が、きらきらと金色の粒子(りゅうし)となって散っていく。


「戦えるなら戦って頂戴(ちょうだい)一宿一飯(いっしゅくいっぱん)恩義(おんぎ)くらいあるでしょ?」


『一飯の恩は否定しませんが、一宿はまだですね』


「冗談を書く余裕があるなら、タテガミ族の足止めくらいして。文字で誘導するとか。とにかく、ここの住人が犠牲にならないよう最善を()くして頂戴」


承知(しょうち)しました』


 言葉の末尾(まつび)に、妙な動物の絵が空中に書かれている。なんだろう。猫の顔だろうか。なんにせよ、随分と余裕じゃないか。実際どれほどの働きをしてくれるかはまったく分からないけど、この状況でも動揺(どうよう)していないことだけは確かだ。


 もしかしたら、ほかならぬゲオルグが敵を呼び込んだのかもしれない。(じつ)は彼が『緋色(ひいろ)の月』に所属していたり、とか。ドルフにその素振(そぶ)りはなかったけれど、事前に打ち合わせていれば他人の振りくらい簡単に出来るだろう。――そんな具合に不穏(ふおん)な想像が脳裏(のうり)をよぎったけど、すぐに振り払った。もしそうだとして、わたしがしなければならない行動は変わらない。まずはドルフの排除(はいじょ)だ。


 木切れを組み合わせて出来た高台。それを力いっぱい踏み込み、跳躍(ちょうやく)した。耳元で風が叫ぶ。肌には乾いた息吹(いぶき)


 ドルフの(たたず)む屋根に着地した直後、彼はわたしに顔を向け、口角(こうかく)を上げた。


「来たな、人間。テメェが一番強えんだろ? 目を見りゃ分かる。オレ様は鋭いからなあ」


「どうかしら。ゾラから話は聞いてないの?」


 彼は『緋色の月』の一員で、ゾラの(めい)を受けてわたしたちの殲滅(せんめつ)を任務としているはずだ。当然、こちらの情報はすべて伝わっているはずだけど――。


「なんか言ってたけどよ、忘れちまったな。前情報なんて入れる必要がねえのさ、オレ様は」


 ドルフの口調には分かりやすいほどの余裕が(ただよ)っていた。過剰(かじょう)なまでの自信。そして、裏になにかを()めているような口振(くちぶ)りでもない。


随分(ずいぶん)と余裕なのね」


「当たり前だっつうの」言って、ドルフは中指を立てて見せる。「オレ様を誰だと思ってやがんだ。『緋色の月』の四番手、鉄砕(てっさい)のドルフ。オレ様の名前は地獄まで持ってけよ、女あ! 恩赦(おんしゃ)を受けられるぜ」


 四番手か。奇遇(きぐう)だ。


「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ。わたしは元騎士ナンバー4、華のクロエ。覚えておくといいことあるかもしれないわね」




 散る火花。耳をつんざく金属音。腕に広がる重い疲労感。


 戦闘開始から五分が経過し、わたしが今まさに味わっているすべてだ。


「非力だなあ、人間! ちっとも()かねえぞ!!」


 屋根の上。五メートル先でドルフが上機嫌(じょうきげん)()える。それだけの距離を取ったのはわたしだ。冷静になる必要があったのである。


 彼は想定通り、魔術で全身を硬化させているようだった。切断はおそらく不可能なほどに硬い。そうであっても、斬撃(ざんげき)は彼の内部に衝撃(しょうげき)を与えるはずだったのだが、どうもそんな気配すらなかった。渾身(こんしん)の力で(はな)った突き――紫電一穿(しでんいっせん)――にも、氷の(つち)による打撃――落下氷槌(らっかひょうつい)――にも、ドルフは一切(ひる)まなかった。それどころか動きを乱すことなく反撃を繰り出してきたのである。おかげで脇腹(わきばら)に重い一撃をもらってしまった。


『緋色の月』の四番手。決して(あなど)っていたわけではない。三番手のライガは、トロールの族長であるエルダーを圧倒(あっとう)して見せたのだ。直接手合わせをしたわけではないのでわたしとエルダーの実力差は不明瞭(ふめいりょう)ではあるものの、侮っていいレベルではないことだけは言える。目の前でエルダーの戦闘を見た身として、それくらいは言ってもいいだろう。


 しかし、ここまで硬いとは……。


「刃物を振り回すだけで騎士様になれんのかあ!? 人間ってのは、まったく、()(がた)いゴミ種族だなあ!?」


 随分と穿(うが)った勘違(かんちが)い――そんなふうに言葉を返したかったのだけれど、現状、言うだけ滑稽(こっけい)だ。今わたしがすべきなのは売り言葉に買い言葉を投げ返すことではなく、有効な戦略を見つけ出すことだ。


 不意に、ドルフが距離を詰めた。その勢いのまま(こぶし)軌跡(きせき)を描く。(やいば)(はじ)き返すと、もう片方の拳が飛ぶ。それに応戦(おうせん)すると、今度は(ひざ)が繰り出され、こちらは身を(ひるがえ)さざるを得なくなる。その(すき)にドルフは有利な位置取りから、わたしの顔目がけて拳を振り下ろす――。


 敵の攻撃への対処(たいしょ)。それが連続している。火花が(ひらめ)き、金属音が鼓膜(こまく)を刺激した。思考に()(ぶん)のリソースが行動に奪われ、まともに頭が回らない。コンマ一秒先の展開を把握(はあく)し、適切な行動を取るだけで精一杯。


 これじゃゾラと戦ったときより、ずっとひどい。


 表面上、刃の威力や速度はわたしのよく知る、わたし自身の繰り出すそれと遜色(そんしょく)なかった。けれど、なにかが()けているのだ。ルイーザやスヴェル、そしてテレジアと戦ったときと、なにかが決定的に違う。


『緋色の月』は敵なわけで、本気で戦わなければみんなが不幸になる。直近のことで言えば『骨の揺り籠(カッコー)』の住民の命が危険に(さら)されるだろう。先々(さきざき)のことに目を向ければ、ここでの敗北は――たとえわたし自身が生きながらえたとしても――『灰銀(はいぎん)の太陽』の敗北に繋がる可能性は大いにあるだろう。そして『灰銀』が負ければ、『緋色』は既定(きてい)路線(ろせん)をたどる。つまり、血族と手を組んで人間の住む地を……グレキランスを襲撃することだろう。そしてその悲劇は、遠からず訪れる。


 すべきことは理解していても、納得はしていない。そんなことが往々(おうおう)にしてあった。今わたしは、そのような状況にあるのではないか。つまり、獣人と刃を(まじ)えたくないと、この()におよんで思ってるんじゃないか。


 違う――と全力で否定するには、刃に意志が(こも)っていなかった。


「弱え! 所詮(しょせん)この程度かよ人間!? そんなんでオレ様に勝とうなんざ、思い上がりもいいとこだ!」


 ドルフの(こぶし)(ほお)(かす)る。皮膚(ひふ)が浅く裂け、液体の感触が頬を伝った。


 続けて(せま)る拳が、視界の中心にある。()けるには遅すぎた。


 覚悟を決め、歯を食い縛る。が、痛みと衝撃(しょうげき)が訪れることはなかった。どうしてか拳が震え、遠ざかったのである。つまり、ドルフが後退したのだ。絶好(ぜっこう)のチャンスだったにもかかわらず。


「なんだ……?」


 (いぶか)しげな声を(はっ)したのはドルフだ。そしてわたし自身、同じことを思っていた。


 ドルフとわたしの(あいだ)に、奇怪な球体が浮かんでいたのである。黒々と(うず)を巻く、手のひら大の球体が。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村をルドベキアの獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』参照


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は記憶と魔力を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』詳しくは『第二章 第六話「魔女の館」』参照


・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。魔王討伐に旅立った者のうち、唯一魔王に刃を向けた。その結果死亡し、その後、魂を『映し人形』に詰め込まれた。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』『582.「誰よりも真摯な守護者」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ライガ』→別名、銀毛のライガ。『緋色の月』の三番手。故人。詳しくは『751.「シャオグイ」』にて


・『紫電一穿(しでんいっせん)』→渾身の力で放つ、クロエの突き。初出は『511.「紫電一穿」』


・『落下氷槌(らっかひょうつい)』→サーベルの先に、さながら槌のごとく氷の塊を形成して振り下ろす技


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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