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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」
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91.「致死的な雨」

「誰が……誰が終わりだって!? 死ぬのはあんたらだよ!!」


 ――激昂(げっこう)。牙を剥き出しにして威嚇し、獰猛な眼光でわたしと人型魔物を交互に見やる。


 怒りで我を忘れている――と見せかけているのだろう。実はかなり冷静に状況の打破を考えているに違いない。先ほどまでのラーミアの戦術を(かんが)みると、そう判断するのが妥当(だとう)だった。


 サーベル使いと大剣使い。両者共に尾を裂く程度の実力は持っている。ラーミアの立場から考えると、これでようやく総合的な戦力が拮抗(きっこう)した状況だろうか。


「あんたらみたいな馬鹿どもに殺されるあたしじゃない!! ()り潰して、叩き壊して、絞め殺してやる!!」


「残念ね。自分が見下(みくだ)す馬鹿どもに倒されるのよ、あなたは」


「口の減らない馬鹿娘が!! ズタズタに引き裂かれてから後悔しろ!!」


 ラーミアの口にまたしても呪力が集まった。既に見た呪術を繰り返すのは焦りの表れだろうか。


 耳を塞いだ瞬間、ラーミアの絶叫がびりびりと全身に広がった。対処法が分かっていても限界がある。耳鳴りに邪魔されながらも(かす)かに周囲の音を聴き取れた。


 予備動作を理解すれば、この(たぐい)の呪術に対抗するのは難しくない。どの程度の威力を持つのか、それを把握していればより有利になる。


 ラーミアの叫びは相変わらず強烈だったが、全ての音が奪われたわけではなかった。それに、感覚を狂わされるのは何度か経験している。ニコルの感覚奪取、ケロくんの反響する小部屋(エコーチェンバー)、ヨハンの疑似餌(アトラクタント)。そしてラーミアの叫びを二度も味わっている。感覚の違和感には慣れっこだ。


 ラーミアはじりじりと身を引き、巨木に背をぶつけて後退をやめた。追いつめられた証拠……なのだろうか。どうにも裏を読もうとしてしまう。実に巧みな演技でこちらを攻撃圏内(けんない)におびき寄せる戦い方は既に見ている。また狡賢い不意打ちを企んでいるのだろうか。


 尻尾の先はラーミアの身体の影になっているので確認出来ないが、ラーミア自身は人型魔物のほうに注意を払っていた。まずは彼を殺そうと考えているのだろう。人型魔物が倒されればドローレスの守護も消える。そうなると人質を取ることも容易だ。


 人型魔物は大剣を構えてラーミアを睨んでいた。そして迷いを断ち切るように疾駆した。ラーミアへ向けて、一直線に。


 ラーミアは彼にご執心と見える。先ほど胴を背後から斬りつけることが出来たのも、彼の存在がラーミアの意識を()めていたからだ。


 よし。


 わたしも決心を固めてラーミアへと駆けた。別の方向から一挙に責め立てるのが最善策だろう。


 わたしも人型魔物も、ラーミアまで数メートルのところまで接近していた。そのまま速度を落とさずに駆ける。もっと、もっと速く。


 ぞわり。


 嫌な感覚がした途端、目の前の地面が(えぐ)れた。まるで巨大な砲弾で撃たれたように。


 咄嗟(とっさ)に飛び退()くと、どすどすどす、と地面が次々に抉れた。人型魔物も抉れる地面を確認して身を引く。


 意識を集中させるとその正体が分かった。巨木の頂点、鬱蒼(うっそう)と天に広がる(こずえ)の間から、ラーミアの尻尾がとんでもない速度で打ち下ろされては葉陰に消えていく。それは鋭い槍のごとく地を突き刺しては引っ込み、また突き刺しては引っ込み、を繰り返している。


 雨のごとく降り注ぐ尻尾の嵐。あまりに鋭く、そして素早い。わたしと彼に満遍(まんべん)なく繰り出されたそれは、なんとかかわすことは出来るものの、前進も後退も困難だった。少しでも集中力を途切れさせたら全身に穴が()くだろう。


 人型魔物もこちらと同じ状況だった。攻撃を避けることで精一杯で、ラーミアへの接近は叶わずにいる。


 打ち下ろされる尻尾を切断しようにも、避けてからサーベルを振るうのではまず間に合わない。それに、(くう)を斬った隙をラーミアは見逃さないだろう。あっという間に身体は穴だらけだ。


 尻尾を避けずに迎え撃つ手段もあった。身体に到達する前に尻尾を八つ裂きにしてしまえば、こちらが致命傷を負うことはない。しかしながら、一瞬でバラバラに出来るような太さの尻尾ではなかった。サーベルを片手に持ち替えたとしても不可能だろう。


 遠くで微かに「馬ァ鹿」だとか「間抜けぇ」だとか聴こえる。耳に音が戻るのは今(しばら)くかかりそうだ。


 それにしても、と避けながら考える。わたしと人型魔物の両方にこれほどの連続攻撃を行うことが出来るとは。まるで尻尾が複数あるみたいだ。


 複数?


 思考が止まり、頭に()るイメージが展開された。ラーミアの尻尾が二分割、乃至(ないし)は四分割にぱっくりと開くイメージ。分割されたそれぞれの尻尾がこうして降り注いでいるのだとしたら、絶え間ない連続攻撃も違和感なく理解出来る。それが本当に可能だとしたら、だ。


 ラーミアの背後には巨木。尻尾は樹上から打ち下ろされている。従って今、尻尾がどういった形状になっているのか全く分からない状況だ。


 回避しつつ、考える。


 ラーミアがこのシチュエーションを作り出したことは間違いない。樹上から雨のごとく連続で攻撃する。そして(あつら)えたような攻撃の量と持続力。もし、ラーミアが尻尾の全貌(ぜんぼう)を隠すためにこの状況を選択したのなら……。


 仮定の上に仮定を重ねて考える。


 尻尾が分割されているなら、それを一瞬で八つ裂きにすることは可能だろうか。


 確証はないが、不可能ではないだろう。本来の尻尾を四等分に割って考えれば、バラバラに切り飛ばすことは出来る。三等分だと少し厳しい。二等分なら……これは考えたくない。


 尻尾が物理的に分割されているであろう、という想定を疑いはしなかった。この連撃を一本だけで繰り出しているというほうが違和感がある。


 (あら)い想像だろうか。多分そうだろうな、と歯噛みする。可能性なんて無限に広がっている。それでも、前に進むためにはなんらかの方法を取らなければならない。


 集中力を高め、サーベルを片手に持ち替える。感情が(たかぶ)っているからなのか、腕を犠牲にするほどの重さは感じなかった。


 サーベルを構えて足を止める。瞬間、頭上に尻尾が打ち下ろされた。呼吸を止めて、刃を振るう。


 確かな手応えを得ても斬撃を止めなかった。旋風。それをイメージして剣を振り続けると、目の前がパッと赤く染まった。


 ラーミアの悲鳴が遠く聴こえ、尻尾での攻撃が止まった。


 絶好のチャンスだ。呼吸を整えてラーミアへと突進する。


 音の消えた世界。一瞬ラーミアの口元が震え、笑みが広がったのが見えた。頭上を見上げると、三本の尻尾がわたしを貫くべく打ち下ろされたところだった。


 刃を、と思ったところで間に合いそうになかった。それに三本分を一気に(さば)くことは叶わない。せいぜい一本が限界だ。残りの二本に貫かれる覚悟で被害を減らすほかなかったのだが、それすら手遅れかもしれない。


 死を実感したからだろうか。迫る尻尾がスローに見えた。それらは一直線に、わたしに向かってくる。相応の破壊力を持って。


 と、三本に分かれた尻尾はそれぞれぶるりと震え、動きが逸れ、わたしの傍の地面にどすどすどすと突き刺さった。そして、引っ込まない。


 怪訝(けげん)に思ってラーミアを見上げると、ぞくぞくと肌が(あわ)()った。


 人型魔物の所持していた大剣が、ラーミアの腹に深々と突き刺さっていたのだ。それを見下ろして、ラーミアは異様な表情をしていた。これまでの怒気や悦楽(えつらく)は影も見えない。瞳は震え、口は半開き。頬は引きつっている。


 ラーミアの(あえ)ぎが聴こえた。耳は徐々に正常に近付いているようだ。


 その巨大な蛇の魔物は小刻みに喘ぎ、両手で顔を覆った。


「あああ、畜生、畜生、畜生……」


 声色には怒りよりも屈辱が色濃く出ていた。

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