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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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813.「巨獣の起源」

 巨人の魔物キュクロプス。それがリフの父だと、キージーは言った。母は大柄(おおがら)なタテガミ族だったらしい。


 獣人も魔物も、当然ながら()りかたに(へだ)たりがある。キュクロプスといえども多くの魔物がそうであるように、朝の訪れとともに霧散(むさん)するものだ。それがどうして交配(こうはい)など出来るのか。そもそもどんなに小型のキュクロプスであろうとも、どんなに大型の獣人であろうとも、物理的に性交(せいこう)など不可能である――とはキージーの(げん)である。


 不可能を可能にしたのは第三者の存在だった。


 夜会卿(やかいきょう)()べる都市では、一時期、異種(いしゅ)交配(こうはい)(さか)んだったらしい。珍品(ちんぴん)(この)む夜会卿に取り入ろうとするために、街の富裕層がこぞって不気味な合成獣を()み出して献上(けんじょう)したのだという。他種族同士の混血(ハーフ)ばかりが生み出されるなか、富豪お(かか)えのひとりの研究者が気まぐれに思いついた異常なアイデアが、リフ誕生のきっかけだった。(いわ)く『魔物とケダモノの混合物は、まだ誰も(つく)っていない。嗚呼(ああ)、これは天啓(てんけい)だ』。


 当たり前のことであるが、魔物と他種族との交配は難航(なんこう)した。なにせ、魔物は朝には消えてしまう。研究者はまず、それを克服(こくふく)しようと(こころざ)したのである。そして成功した。


 キージーの話を耳にしながら、自然と()る男の姿が脳裏(のうり)(よみがえ)った。『最果て』の魔法都市ハルキゲニアを滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にした最低の科学者……ビクター。確か彼の作り出した『魔霧装置(ゴースト・フォッグ)』は魔力を分解し、空気中に噴霧(ふんむ)する装置だった。その霧の内部では、魔物は夜を越えることが出来る。ビクターはそんなふうに言っていた。


 だからこそわたしは()わずにはいられない。「どうやって魔物を、朝になっても維持(いじ)出来たの?」


「詳しい理屈(りくつ)や方法はわしも知らんのじゃ。はっきりしているのは研究が成功を収め、哀れなタテガミ族の女が魔物の子を(はら)んだということだけじゃ」


 まったく同じ結論に(たっ)し、まったく同じ方法で魔物の維持(いじ)を実現したのか。あるいは、どこかからビクターの技術が流入したか……想像はいくらでも働かせることは出来るけれど、真実は(みちび)き出せない。キージーの答えた通り、結果だけが存在している。


「リフは、母体を完膚(かんぷ)なきまでに破壊して()まれた。いかに胎児(たいじ)といえども、獣人と巨人では大きさに(へだ)たりがあり過ぎる」


 キージーは淡々(たんたん)とした口調で続けた。


 彼が言うには、その後リフはすくすくと育ったらしい。あっという(あいだ)に十メートル近く――すなわち今と同じ大きさまで成長したのだ。それでは()()らず、リフの頭に林檎の樹を植えて『三種混合』などという馬鹿げた(うた)文句(もんく)で夜会卿に差し出したらしい。


 夜会卿はリフを気に入り、例の研究者を(かか)える富豪に相応(そうおう)の金品を与えたという。


「リフは夜会卿の(やしき)で暮らすようになったんじゃ。家畜(かちく)同然ではあったが、食うには困らず、それなりに幸福だったといえるかもしれん。が、長続きはしなかった」


 ある日リフは、夜会卿の(めかけ)(あやま)って殺してしまった。首をへし折ってしまったのである。よくリフは、地面を伏せるよう命じられ、頭を()でられることがあった。頭を撫でることが愛情表現だと思ったリフは、自分に特別よくしてくれた妾に想いのほどを伝えようとして、彼女の頭を撫でようとしただけのことである。その(ころ)のリフは力加減を知らなかった。


 偶然(ぐうぜん)その場に居合わせた使用人がいたらしい。使用人はリフに同情して妾の死体を隠したのだが――努力(むな)しく物事(ものごと)は明るみに出た。


 夜会卿の好む処刑方法のひとつに、『毒色(どくいろ)原野(げんや)』への追放がある。その地は毒霧に(おお)われており、生物の存在出来る場所ではないとされていた。そこへ処刑対象を放り出し、門の上から呪術を(はな)って痛めつけるのである。呪術で死なずとも、毒霧(どくぎり)で命を奪われる。街のなかで暴れられたら困るような相手には好都合な処刑方法といえよう。リフと使用人は例に漏れず、紫の(もや)がかかる荒野へと放り出された。


「リフは使用人を抱えて必死で走った。連中の攻撃を受けても、リフは決して(あし)を止めなかったんじゃ。そして、気が付くと樹海までたどり着いておった。追手(おって)などおらん。そもそも追う必要などないからのう。どうせ生き()びることなんぞ出来んからな。じゃが、リフは特別じゃった。身体の大きさのおかげかもしれんが、なんにせよ毒に全身を(おか)される前に荒野を抜けたんじゃ。使用人も口を(ふさ)いで、なんとか命を繋ぐことが出来た」


 わたしの隣で、黒山羊(くろやぎ)の頭がうんうんと(うなず)く。そして白手袋の先が宙を撫で、軌跡(きせき)が輝く文字となって浮かんだ。


『その使用人が貴方(あなた)ですね』


「いかにも」


 え。そうなのか。というかゲオルグはなんでそんなに察しがいいんだ。


 キージーが夜会卿の(やしき)で使用人をしていたということは……もしかすると夜会卿に関して色々と情報を引き出せるかもしれない。もちろん、今直面しているのは『緋色(ひいろ)の月』だけれど、その先には夜会卿がいて、さらに先にはニコルと魔王がいる。


「ねえ、キージー。夜会卿について知ってる限りのことを教えてくれないかしら?」


「ふむ、よかろう……と言いたいところじゃが、なにぶん昔のことじゃからのう。もうほとんど覚えておらんわい」キージーは一瞬だけ苦々(にがにが)しく歯噛(はが)みした。それから(われ)に返ったように、微笑(びしょう)を作る。「思い出したことがあったら教えてやろう」


 どうにも(ふく)みがある返事だけれど、まあ、彼にとっては語りたくない(たぐい)の物事なのだろう、夜会卿にまつわる諸々(もろもろ)は。無理に聞き出そうとして今のわたしの立場を悪くするのも得策(とくさく)ではない。


「分かったわ。……それで、樹海に着いてからあなたたちはどうしたの?」


「樹海に獣人の集落があるという話は、わしも知っておった。そう苦労せず、集落のひとつに到着することは出来たんじゃが……いかんせんリフの身体は特殊じゃからのう。説得するのに随分(ずいぶん)と骨を折ったわい」


 キージーは(こま)かい苦労話こそ語らなかったが、困難な道のりだったことは表情から(うかが)えた。魔物と獣人のハーフなんて、誰が聞いても警戒してしまう存在だ。


「集落の(すみ)に住まわせてもらったリフは、こう言ってはなんじゃが、それなりに住民の役に立った。あの身体じゃからな、建築に()けておった。狩猟(しゅりょう)はからっきしじゃったが、それでも、普通の獣人では()れないような高さにある木の()悠々(ゆうゆう)と手に入れることが出来た」


 しかし、それも長続きせんかった、とキージーは首を横に振る。その瞳はこれまでよりも一層深い(うれ)いに(しぶ)んでいた。そして声のトーンを落として続ける。


 ある日集落に、ひとりの血族(けつぞく)が訪れた。リフを作り出した研究者である。無残(むざん)なまでにボロボロの衣服で、髪もまったく手入れされておらず、目は(うつ)ろに輝いていた。口元には(よだれ)がカスになって黄色く固まっていたらしい。キージーが最後に見たその姿は、夜会卿にリフを引き渡す(さい)のことで、もっと活き活きとしていたという。と言っても、少しばかり寂しそうではあったし、狂気的(きょうきてき)な雰囲気を(ただよ)わせていたが、それでも、女性らしい髪の(つや)と肌を持っていた。集落で再会した姿は見る影もなかったのである。


 研究者はリフを見つけると、その名を叫び、泣きじゃくったという。リフもリフで、彼女を『ママ』だなんて呼んで涙を流すものだから、集落の獣人も対応に(きゅう)したらしい。『黒の血族』は憎悪の対象であることに違いない。だが、リフが母と呼ぶなら――そんな想いで、集落の(おさ)が研究者の居住(きょじゅう)を許したのである。


「それが間違いじゃった。わしらは心を鬼にして、あやつを殺さねばならなかった」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。故人。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』『Side Johann.「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)朝月夜(あさづくよ)」』にて


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『呪術』→魔物および『黒の血族』の使う魔術を便宜的に名付けたもの。質的な差異はない。初出は『4.「剣を振るえ」』


・『魔霧装置(ゴースト・フォッグ)』→魔力を分解し空気中に噴射させる装置。この霧のなかでは、魔物も日中の活動が出来る。また、グールの血を射ち込まれた子供を魔物にするためのトリガーとしても使用される。ビクターの発明した魔道具。詳しくは『146.「魔霧装置」』にて


・『毒色(どくいろ)原野(げんや)』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる土地。正式名称はハルキゲニア地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて

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