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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」
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806.「骨の揺り籠」

 枯れ枝を組み上げて作られた円形の高台。その周囲には幾本(いくほん)もの(あら)い手製の梯子(はしご)()けられていて、地上には粗雑(そざつ)な木組みの家屋(かおく)が身を寄せ合うように建っている。それを囲うように円筒状の崖が、絶壁(ぜっぺき)(さら)していた。上は吹き抜けになっているのか、重なり合った(もや)が光を吸い込んでぼんやりと白のヴェールを()らしている。


 その下――といっても地上からは十メートル以上高い位置に、蜘蛛の巣そっくりに()み上げられた糸がかかっている。靄によく似ているので一見(いっけん)すると気付かないが、それは確かに存在していた。材質までは分からないし、目的も(さだ)かではない。


 ……とまあ、こんな具合に周囲の観察をしてしまったのも、ちゃんと理由がある。


「あぁーん! ごめんよぅ!! もう意地悪しないよぅ!!」


 わたしと同じく高台の上で、頭を押さえて(うずくま)る巨大な獣人。彼は一向(いっこう)に泣きやむ気配がなかった。体躯(たいく)のせいか、声は非常に大きい。近くで聞いているからか、さっきから頭痛が止まらなかった。


「ねえ、いい加減泣きやんで頂戴(ちょうだい)。ほら、わたしもやり過ぎちゃったから……おあいこってことで……」


「あぁーん!!」


 さっきからずっとこの調子だ。わたしがなにを言っても獣人は聞く耳を持たず、泣き続けている。巨大な体躯に不似合いな号泣(ごうきゅう)戸惑(とまど)ったわたしは、なんとなしにあたりの様子をチェックしたのである。自分の状況を把握(はあく)するためというより、どちらかというと助けを求める気持ちが先行していたのは(いな)めない。


 この鳥の巣じみた高台には、ハックとジェニー、そしてリリーが昏々(こんこん)と眠っていた。起こそうと揺さぶったり声をかけたりしてみたのだけれど、まったく反応がなかった。けれど、ちゃんと呼吸はあるし身体も温かい。つまり異常に深く寝入(ねい)っているというわけだ。おそらくは、目の前の巨大な獣人のかけた魔術によって。


 高台の下の集落からは、いくつか毛むくじゃらの顔が(のぞ)いていた。不安。好奇心。恐怖。苦悶(くもん)。表情にはいくつかのバリエーションがあったけれど、おおむね臆病(おくびょう)な雰囲気をまとっていた。


 おそらくここがラップの言った『骨の揺り籠(カッコー)』なのだろう。そして目の前で泣き続ける獣人は、ラップを回収した巨大な影に違いない。わたしたちはいつの()にか魔術にかけられ、ここまで運ばれたわけだ。


「うぇ~ん! やだよぅ! 怖いよぅ!!」


 散々(さんざん)わたしを(おど)かそうとしたくせに……。まあ、今さら恨み(ごと)を口にしてもはじまらない。というか、段々この獣人が可哀想に思えてきた。


「大丈夫、大丈夫だから。わたしはあなたを傷付けたりしないわ」


 もうとっくにサーベルは(さや)に納めてある。それなのに彼は、少しもこちらを見ようとしないのだ。頭を(かか)えて縮こまったまま、視線を寄越(よこ)そうともしない。


 むう。本格的に困ったな。ぺしぺしと身体を叩いてみても我に返ってくれないし……どうしよう。


「もし、もし」


 しゃがれた声。振り返ると、茶色の毛がぼうぼうに伸びた獣人が、ちょうど梯子を登り終えて姿を見せたところだった。彼はよろよろと数歩、こちらに寄る。


 声からして随分(ずいぶん)()いていたし、立ち姿も老人そのものだ。毛に隠されてよく分からないけど、皮膚(ひふ)もたるんでいる気がする。人間で言うと九十近い年齢かも。


「もし、お前さん」


 老人の声は、巨大な号泣に押し潰されそうになりながらも、なんとかわたしの耳まで届いた。


「あなた、この集落の住人よね? 色々と聞きたいことがあるんだけど、とりあえず」巨大な獣人を振り(あお)ぐ。彼は老人が高台に姿を見せたことにも気付いていないようだ。「あの獣人を泣きやませてほしいんだけど……」


「うあぁーん!! 怖いよぉー!!」


 いい加減、頭が割れそうだ。にもかかわらず一向に目を覚ます気配のないわたしの仲間は、やっぱり不可思議な眠りに(とら)われ続けているのだろう。


「うむ、うむ。そうじゃな」


 老人は呟くと、ゆっくりとした(あゆ)みで巨大な獣人へと近付いていった。そして、なんとその巨体を登りはじめたのである。それも、かなりしっかりした手付きで。先ほどまでのよろよろした調子はどこにもない。たぶん、足腰だけがひどく弱いのだろう。


 だとしても……大丈夫だろうか。この巨躯(きょく)だと、身じろぎひとつで老人なんて軽々吹き飛ばしてしまいかねない。


 ひやひやしながら老人の登攀(とうはん)を見守っていたのだが、彼はさして危なげもなく巨大な獣人の肩を過ぎ、うなじを()い登り、ついには頭に到達(とうたつ)した。そして頭に生えた枯れ木を(つか)み、コンコンとノックする。


「あぁーん!! あ――」


 瞬間、ピタリと泣き声がやんだ。巨大な獣人は、きょとんとした様子で目だけをずいっと上向(うわむ)ける。


 コンコン、と再び老人は木をノックする。


「だ、誰……?」


「わしじゃよ」


「長老……?」


「そうじゃ。いかにも。この『骨の揺り籠(カッコー)』を治める長老のキージーである」


 キージーと名乗った老人はちらとわたしを見て、そう言った。


「長老、どうしてぼくの頭にいるの?」


「お前さんがあんまり泣くもんで、心配になったんじゃよ」


「だって、だって……!」


 巨大な獣人の瞳が、またしても(うる)んでいく。わたしの(おど)しを思い出して、また怖くなったのだろう。なんとまあ、身体に反して臆病な獣人である。


「落ち着け、リフ。お前さんは()が弱すぎるから、ちょっとしたことですぐ泣いてしまうんじゃ。深呼吸して、よく周りを見よ」


 巨大な獣人の名前はリフというらしい。音数(おとかず)が少なく、吐息(といき)(ともな)う二文字。巨人ほどもある身体からは考えられない繊細(せんさい)な名前じゃないか。


 リフの視線が、ようやく枯れ枝の上に落ちた。その瞳の中心にわたしが映っている。


「ひぃ」と短い悲鳴を上げて、彼は顔を(おお)った。些細(ささい)な動作ではあったが、彼の頭に乗った老人は必死の形相(ぎょうそう)で木にしがみつく。


「こ、これ、リフ! 暴れるでない! 落ちるでないか!」


「あぅ、ご、ごめんなさい長老。ぼくは悪い子だぁ……」


「いいか、リフ。()()しなど自分で決めるでない。お前さんはお前さんにしかなれないのだから、そう卑屈(ひくつ)になるな。ともかく、もうなにも恐れることはない。お前さんはそのままじっとしておるといい」


「う、うん。長老、ぼくじっとしてるよ。じっとしてれば怖くないかなぁ……?」


「そうだとも。怖くないぞ」


 リフが深く息をついた。それがちょっとした風となってわたしの髪を()き乱していく。彼の吐息は湿った土の(にお)いがした。雨上がりの森で()ぐ、()せ返るような香り。


 ひとまず頭痛の(みなもと)はなくなった。これでようやく話が出来そうだ。「キージー、って言ったかしら」


 老人はわたしに視線を向け、二度短く(うなず)いた。


「分かっておる。お前さんにとっては知りたいことだらけじゃろうて、この状況は」


「そうね、なにがなんだか……」言葉を切って、いまだに眠りのなかにいるハックたちを見回す。「とりあえず、わたしの仲間を起こしてもらっていいかしら? リフの魔術でこうなってるんでしょ?」


 自分の名前が出たからか、リフはビクリと肩を震わす。震動(しんどう)が頭にも伝わり、老人がひしと木にしがみついて耐えるのが見えた。


「あ、う、え……と」


 リフはきょどきょどと目を泳がせていた。どうすればいいのか分からない、と言わんばかりに。素直に魔術を解除してくれればいいだけなのに、なにを迷う必要があるのだろう。


「すまんのう、旅の方。リフは自分で物事を決められんのじゃ」


「うぅぅ……ごめんなさぁい」


「いいんじゃ、リフよ。お前さんはなにも悪くない。そう気にするな。……さて、魔術を()いてやっておくれ。出来るじゃろう?」


「う、うん!」


 じわり、と空中に魔力が(あふ)れた。それははじめリフの身体から放出され、空気中に広がったかと思うとハックたちの身体目がけて帯状(おびじょう)に流れ込む。それからわずかに時間を置いて、それぞれの身体から魔力が流れ出し――。


「うぅん……」


 寝ぼけ(まなこ)のハックと視線が交差する。


 わたしはほっと胸を()でおろし、笑顔を作った。「おはよう、ハック」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村をルドベキアの獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』参照


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて

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