秋風に
秋風に
ふと身支度をしそうになります
今日という日が不満なわけではありません
ましてや喪失感に苛まれてなどいません
なのに、地図を手に取ってしまうのです
呼び声を聞いたように思います
誰の声だったのか、何を言っていたのか、わかりません
どこから聞こえたのかを確かめるために、地図を広げるのでしょうか
カバンに着替えを詰めて、ふらっと駅へ行きたくなりませんか
混雑した通勤電車はごめんです
華やかな特急列車は似合わない
カーテンで仕切られた寝台車は贅沢だ
やはり自分には、ぼんやりと電燈の点る座席が似合っている
男って、いくつになっても子供なのですね
家族に囲まれ、友人に囲まれ、一つ一つ積み重ねた日々があるというのに
無性に放り出してやりたくなります
こうして秋風が吹き出すと特に
なんのために生まれてきたのだろう
務めをどれだけ果たせたのだろう
そして、何をしようとしているのだろう
そんなことを考えませんか?
一株のススキは、硬い座席で項垂れるのが似合っているのです
あっ、また聞こえた
しかも、耳元で
聞こえたのは声ではありません
産毛が擦れ合う音です
細い血管を血が巡る音です
そして、聞こえるはずのない耳鳴りなのです
カバンを持ちましょう
下世話なざわめきのない町へ旅立つために
しかし、ふと思うのです
自分は十分に生きてきたのかと
答が得られぬままでは、高みへ旅立つことはできませんね
秋風が教えてくれるでしょうか?