表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた  作者: 瀬戸こうへい
第四章 ホーリーナイト

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/139

戦の準備

 海水浴場の裏側は山になっていて、車も通れない獣道が続いている。こんな冬の年末に人が通るような道ではないので、俺達は人目を気にすることなく身体能力向上インクリス・フィジカル(小)を使って駆け抜ける事にした。

 涼花は蒼汰にお姫様だっこされることになった。ぶっつけ本番で魔法で体を強化して山の中を走るのは危険だからだ。

 蒼汰に抱えられて最初は少し恥ずかしがりながらも嬉しそうにしていた涼花だったが、俺達が移動を始めるとその表情は一瞬で凍りついた。


「ひゃあああ!!?」


 涼花を抱えたままあり得ない速度で駆け出す蒼汰。

 呆れたことに蒼汰は魔法によって強化された身体を完全にコントロールしていた。

 草が地面を覆い野良生えの木が行く手を阻むような道を、速度を落とすこと無く、枝から枝に飛んだり、石から石に数メートル跳ねたりと、アクロバティックな動きを繰り返して移動する。

 それは、世界樹の杖しか荷物がない俺でもついて行くのがやっとの驚異的なスピードだった。


 ……うん、下手なジェットコースターよりも迫力がありそうだね。


 目を固く閉じてひたすら蒼汰にしがみつく涼花の様子を見て、俺は内心合掌した。


 海水浴場の裏手側の山道を抜けた先にあるコンビニまでは直線距離で3キロメートル以上ある。俺達がそこに辿り着いたときの時間は、出発時刻から十分弱しか経っていなかった。


 このくらい離れたら警察に見咎められることは無いだろうと、俺達はコンビニで休憩する事にする。

 人目がある為ここから市内に帰るのに魔法は使えない。涼花が執事の安藤さんに連絡して迎えに来てもらうことになった。


 ちなみに、蒼汰に散々振り回された哀れな涼花は腰が抜けてしまっていた。


「……蒼汰さんのバカ!」


 涙目の涼花が自分で立てるようになるまで、蒼汰は涼花をお姫様だっこしたまま、ひたすら謝って涼花の機嫌を取ることとなった。途中から涼花は怒っているふりをして蒼汰に甘えているようにも見えた。


 ……このリア充共め。


 とても見てられないと、俺はいちゃつく二人を置いてクリスマス装飾がされたコンビニに入る。

 戦いの際に脱ぎ捨てたコートは探す事ができなかったので今の俺は巫女の法衣の姿だったが、今日は割りと普通に応対された。クリスマスの仮装と思ってくれたのだろう。

 首から下げてある財布からお金を取り出し、暖かい飲み物を三つ購入した。

 コンビニから出ると、ひとりで立てるようになっていた涼花が少し落ち込んでいた。

 俺が渡した紅茶のボトルを涼花は礼を言って受け取る。


「鈴音にこんなに怒られたのは初めてです……」


 無許可外泊に近い事をしてしまった涼花は、執事の安藤さんにこっぴどく叱られたらしい。

 それから、俺たちは安藤さんへの説明をどうするか考える事になった。

 魔法の事を明かす事はできない。安藤さんは信頼できる良い人だと思うけど、橋本家に雇用された執事である。善意を期待しすぎるのは間違っているだろう。

 また、エイモックに攫われたことも話すこともできなかった。エイモックの立場を考えたからではない。続けて二度も攫われた事を知られたら、涼花は日本に留まる事を許されず、両親のいる外国に行く事になるだろうと涼花が言ったからである。


 結論として、涼花は昨晩は俺の家に泊まりに来ていて、エイモックは俺の家に来ていた共通の知人ということにした。

 些か無理がある設定のような気はしたが、他に良い案が思いつかなかった以上これでいくしかなかった。


「……でもこれ、俺が涼花をたぶらかして口裏を合わせて貰ってるんじゃないかって安藤さんに勘違いされるんじゃないか?」


 蒼汰が疑問を口にする。


 ……うん、実は俺もそんな気はしてた。


「……そうだとしても、後で鈴音の誤解は解いておきますわ」


 どうやら、涼花も同じように思っていたらしい。


「うっ……けど、まあ、しゃあねぇか」


 蒼汰一人に押し付ける事になってしまうかもしれず、少し罪悪感を抱いていると、涼花が意を決したような表情で口を開いた。


「その……わたくし今晩はパーティの後の予定はありませんの。ですから……その……誤解じゃなくしてもらっても、わたくしは……構いません……ですの……」


 涼花は顔を真っ赤にしてそんな事を言う。自分で言って恥ずかしくなったのか、だんだんと声が小さくなって語尾は途切れになっていた。

 聞いてるだけの俺ですら恥ずかしくなるくらいの超ド直球なお誘いである。クリスマスイブなればこそだろうか……涼花の頑張りに俺は思わず心を打たれた。


 だけど、涼花が一所懸命に勇気を振り絞ったお誘いは、蒼汰が固まって返事に窮している間に安藤さんのお迎えが来た事で有耶無耶になってしまった。


 ……このヘタレ。


 その後迎えに来た安藤さんに打ち合わせ通りの話をした俺達だったが、ぎくしゃくした蒼汰と涼花の二人の態度もあいまって案の定安藤さんに思いっきり疑われていた。

 だけど、もう蒼汰に同情する気持ちは一切湧かなかった。

 蒼汰も真剣に考えているから結論を出せていないというのは分かってる。だけど、真面目に一途な涼花を見てると俺は応援してあげたくなるんだ。


   ※ ※ ※


 安藤さんの車に乗った俺達はパーティ会場の学校に向かう前に涼花の家に立ち寄る事になった。昨日外泊した涼花の準備があった為である。

 涼花の家は見るからに高級そうな分譲マンションの最上階にあった。俺達が通されたのは、市内を一望できる大きな窓が印象的なリビングで、高級そうな家具でシックに纏められている。完全な庶民である俺と蒼汰はどうにも落ち着かない空間だ。


 涼花はパーティの仮装としてクラシカルで本格的なメイド服に着替えてきた。よく似合ってはいたが、生粋のお嬢様のせいか華やかすぎてメイドっぽさはあまり無い。


 蒼汰も戦闘でボロボロになった制服ではパーティに行けないと涼花に説得されて、何故か蒼汰のサイズで用意されていた執事服に着替える事になった。

 それは安藤さんの執事服ともまたデザインが異なっていて、それを着た蒼汰はまるで乙女ゲームに出てくる不良執事のようで少し笑った。


 ちなみに俺はそのままでパーティに行くつもりだった。祝福を受けた法衣は魔力を注いだ事で新品同様に修復されていたし、汚れも浄化の魔法で祓っていたからだ。


「パーティにノーメイクで行くなんて女性としてありえませんわ!」


 だけど、そんなふうに涼花と安藤さんに強く説得されて、俺は軽く化粧をすることになった。


 ……いや、涼花は俺が男だって知ってるよね。


 それに、パーティと言っても学校の行事なんだから気合入れなくても……という俺の言葉は笑顔で聞き流された。


 執事の安藤さんに肌の綺麗さを褒められたり羨ましがられたりしながら、俺はされるがままに化粧される。くすぐったかったりこそばゆかったりと不思議な気分だった。


「ほら、出来ましたよ」


 仕上がった俺の顔を鏡で確認する。

 普段よりもはっきりした目鼻立ち。幼い顔の作りは変わらないけど、その中でもぷっくりとピンクに染まった唇は誘うような色気あって――我ながらドキっとさせられる危うさがあった。


「……如何ですか?」


 安藤さんが俺に微笑みかけながら尋ねてくる。


「まるで私じゃないみたいで……なんだか、どきどきします」


 お姫様気分ってこういう感じなのだろうか。安藤さんは終始俺を恭しく扱ってくれるので、なんとも言い難いふわふわした気持ちになってしまう。

 執事喫茶にハマる女性の気持ちが少しわかった気がした。


「如月様はとてもお美しいですからやり甲斐がありました。その可憐な衣装とあいまってパーティの華となるのは確実でしょう」


 ……それは別になりたくないんだけどなぁ。


 そう思いつつも安藤さんに言われるのは悪い気分じゃなかった。


「おかしいよね? 私が化粧なんて……」


 蒼汰が俺の顔をじーっと見ているのに気がついて、俺は苦笑しながら尋ねてみる。

 何故か顔を背けた蒼汰は、口をもごもごさせて、顔を背けてポツリと答えた。


「変じゃ、ねーよ……ちょっと、びっくりしただけだ……」


「そ、そう……」


 そんな蒼汰の様子に何故か俺も気恥ずかしくなって顔を逸してしまう。

 安藤さんはそんな俺達の様子を笑顔で見守ってくれていた。


 ……あっ、涼花がちょっと拗ねてる。

 俺の正体を知ってもまだ心配するだなんて涼花は心配性だなぁ……


 俺と蒼汰で何かあるはずなんてないのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ