聖夜の決戦(終結)
「なあ、生きてるか?」
俺は補助魔法を全力掛けで警戒しながら、倒れたエイモックを覗き込む。
普通の人間なら消し炭も残らないような強力な魔法の雷を受けたエイモックは、あちこち焼け焦げてボロボロの状態ではあったものの人の姿を保っていた。
「死んではおらぬ……まあ、ただそれだけとも言えるが」
意外にも返事があった。
こんな状態なのに相変わらずの尊大な態度には、呆れを通り越して感心させられる。
「……生きていたか」
俺は正直なところ安堵した。いまさら敵の命を奪う事に躊躇いはなかったが、なるべくならこの世界での殺生は避けたかった。
「神は我を見放したもうか。いや、最初から神の意思はそなたにあって我には無かったのだろう……我も道化を演じたものよな」
「……神の意思なんて関係ねぇよ。俺は俺の意思でお前を倒しただけだ」
神の存在を身近に感じられる異世界の人間は総じて信心深い。その分、運命を神の思し召しに委ねてしまっているように感じるときがあり、そこを時折もどかしく思のだった。
「で、どうするんだ。続けるか? それとも、大人しく負けを認めるのか?」
「認めよう、我の負けだ――さあ、止めをさすがいい」
どこかやりきったかのような口調でエイモックは言う。だが、俺はそんなのに付き合う義理は無い。
「……アリシア?」
俺はアリシアに確認する。すぐに俺の聞きたい事を察してくれたらしく答えが帰ってきた。
『大丈夫ですイクトさん。今の言葉で誓約魔法は履行されました』
その言葉を聞いたエイモックは怪訝そうな表情をする。
戦いが終わった今はエイモックとの念話のチャンネルを開いていてアリシアの言葉はエイモックにも届いていた。
「いまさら誓約に何の意味が……」
確かに今から死ぬと言う相手に誓約は無意味だろう。
エイモックの疑問に俺は魔法を詠唱しながら答える。
「こういう事だよ……最高位回復呪文」
温かい光がエイモックを包み込み、焼け爛れた皮膚がみるみるうちに癒えていく。
「……何を……している?」
「戦いは終わってお前の野望は潰えた。だったら、これ以上やり合う理由も無いさ……そっちがまだやる気なら容赦するつもりもないけどな」
「……いや、魔王様をも倒した勇者に我が勝てる道理も無い。それに、無駄な抵抗は趣味では無い」
エイモックは上半身を起こした。
その瞳は憑き物が落ちたように力が失われていて虚ろだった。
この分なら反抗されることも無いだろう。
それに、今の俺はエイモックがどんな手段を試みて抵抗してきてもなんとか出来る自信がある。
『イクトさん、門を閉ざしましょう』
エイモックとのやりとりが一段落したのを見計らってアリシアがそう提案してくる。
見上げると薄闇の空にポッカリとあいた黒い穴が健在だった。大きさは二メートル程の球体で、不気味に佇んでいる。
『あちらの世界との繋がりを残しておく事が、この世界に良い影響を及ぼすとは思えません』
今後世界を渡って侵略者が来ないとも限らないし、逆もまた然りだ。このような物は閉じておいた方が良いというアリシアの意見には同意だった。
「でも、いいのか? その、里帰りとか……」
この穴は異世界へと繋がっている。そこはアリシアが生まれ育った世界だ。
アリシアは神殿で育てられた孤児のため、あちらの世界には実の家族こそ居ないが、アリシアと親しい家族と言える人達は大勢居たはずだった。
『あちらの世界でわたしはもう居なくなった者として扱われているはずです。別の巫女も選出されているでしょうし、わたしが戻ることで、いたずらに混乱を招くことになるかもしれません』
アリシアはそう言って俺の提案を断る。
『それに、以前はイクトさんの肉体が鍵となってこの世界への道を繋ぐ手助けをしてくれていたんです。ですから、イクトさんの肉体が失われた今、再びこの世界に戻って来られる可能性はとても低いと言わざるを得ません』
「そうか……」
それを聞いて俺は申し訳ない気持ちになる。俺は家族と一緒に生活することができているのに、アリシアは一時的な里帰りすら望めないのだ。
『気にしないで下さい。イクトさんの家族はわたしの事を本当の家族のように接してくださっています。だから、わたしは寂しくなんてありません』
「……ありがとう、アリシア」
俺はアリシアに感謝した。
「……それで、お前はどうするんだ? 聞いての通り、俺達はこれからこの門を閉じる。元の世界に帰るなら今のうちだぜ」
もう一人の異世界人であるエイモックに尋ねる。
「あちらの世界に戻っても、人類の裏切り者である我に居場所などない……もう、一族も残ってはいないだろう」
エイモックは門を見上げながら遠い目をして言った。
いろいろあったが、俺自身はエイモック個人に思うところはない。不良達とごたごたしたのはこいつの指示では無かったし、勝負のときも人質を利用したりとか戦闘不能の相手を狙ったりといった行為はなかったのでそれほど印象は悪くない。
だから、俺はエイモックがこの世界に残る事に反対ではなかった。
「わかった。ただ、この世界に残るのなら、ひとつ確認しておくことがある」
「……なんだ?」
「この世界に魔法はない。もし、魔法の存在が認知されたら、この世界は驚き混乱することになるだろう。それは、今誓約で禁じたこの世界への干渉になるだろう。だから、お前は魔法を秘匿する義務がある……わかったか?」
「……わかった。神に誓おう」
『それでは、門を閉じます。わたしに続けて魔法の詠唱を行って下さい』
アリシアが紡ぐ言葉を繰り返して、俺は魔法の詠唱を行う。
『光と闇の狭間より来たれり門よ――』
その魔法は半年前に異世界から戻って来るときに見た魔法と似た構成だった。朗々と謳い上げるように言葉を紡いでいく。
「―――かく祈りて我は扉を閉じん。閉門!」
そして、魔法が発動する。
黒い球が蠢いたかと思うと、徐々に大きさが小さくなっていって消失した。
異世界との接続が切れて体内から祝福が失われていくのがわかる。
こちらの世界に戻って来たときも思ったが、祝福が失われるというのは不思議な感覚だった。心の中に満たされていた物が失われるような、ぽっかりと穴が空いたような独特の喪失感。
『ありがとうございました。ミンスティア様……』
「今までありがとう……さようなら」
俺は今まで俺に力を与えてくれていた神様達に別れを告げた。
両の手に持ったままだった魔法剣はきらめいて消失していく。
「……神の祝福が失われたか」
俺と同様に祝福を失ったエイモックは自分の両手のひらを見つめながら放心していた。
「そうだ。これであちらの世界との関わりは絶たれた……お前も神にこだわらず自分の好きな事をしていいんだぜ」
「好きな事……か」
「何かやりたい事は無いのか?」
「……わからぬ。我はダクリヒポスの神官としての生き方しか知らぬのだ」
『でしたら、これから見つければ良いと思います。もうあなたを縛るものは何もないのですから』
「……ミンスティアの巫女か。お前は見つけたのか? 神無きこの世界での生き方を」
『……はいっ!』
「……そうか」
エイモックは立ち上がり、俺達に背を向けた。そして、沈みゆく夕日を静かに眺め続けていた。
「おーい! 大丈夫かー!?」
遠くから俺達に声が掛けられる。
それは、戦闘に巻き込まれないように離れてもらっていた蒼汰だった。
蒼汰は涼花を背負っていた。涼花の豊満な胸が蒼汰の背中で潰れているのがわかる……羨ましいやつめ。
「終わったのかー!?」
蒼汰の問いかけが繰り返される。
俺は満面の笑顔と勝利のVサインでそれに応えた。




