聖夜の決戦(祝福されし者)
――雪崩込んでくる力の奔流が体内に満ちていく。
俺がその力と共に在ったのは、ほんの一年にも満たない期間だったというのに、その感覚はとても懐かしく思えて。
※ ※ ※
「なんだよ、それ……」
倒れ伏せた蒼汰はエイモックの話を聞いて顔を歪ませていた。
蒼汰の気持ちはわかる。ようやく優位に立てたと思ったら、それが一瞬で覆されたのだ。
エイモックから溢れ出る闘気が、さっきまでとは比べ物にならない程に強大なのは見るだけで明らかだった。
「だけど、お前に幾人をやる訳にはいかねぇんだよ……!」
蒼汰は歯を食いしばって立ち上がる。
「……ほう、まだ立ち上がるというのか。我の真の力を目の当たりにしてもなお挫けぬその心意気は賞賛に値する。認めてやろう」
手も足も引き摺って、満身創痍な状態でも、蒼汰は諦めようとはしない。それは、諦めたらそこで俺達の敗北が確定してしまうと考えているからだ。
「だが、その有様で何ができる? 大人しく我に降るが良い。なに、悪いようにはしない。我と志を共にするのであれば地位も女も望むがままにくれてやろう」
「じゃあ、幾人のやつも俺にくれるってのか?」
「イクト? ……ああ、水の巫女のことか。駄目だ、あの女は我の妃となり正当なる後継を残すという役割がある」
「それならやっぱり、俺はお前に負ける訳にはいかねぇわ……あいつは俺の一番のダチなんだ。あいつが苦しんでるときに何も出来ないなんて、俺自身が許せねぇ」
「……まあ良い。今の我であれば貴様の記憶を改竄するのも容易い事。我に従わぬと言うのなら、従うようにするまでだ」
祝福の無い状態であれだけの群衆を従わせていたエイモックの魔法である。祝福を得た今では、その力で世界征服すら夢物語ではないのかもしれない。
ただし、それは阻む者が居なければの話だ。
「最高位回復呪文」
俺は魔法の詠唱を終えた。
みるみるうちに体中の傷が癒えていく。折れた骨が元通りに繋がり、打撲は消え、傷は塞がり、腫れは引いた。
俺は立ち上がり、体を動かして痛むところが無いか確認する。
……よし、問題ない。
俺は蒼汰に歩み寄って、後ろから蒼汰の腰に手をあてた。
蒼汰は驚きの表情で振り返り俺を見る。
「い、幾人……!?」
「もう、平気だから。ありがとな、蒼汰……高位回復呪文」
暖かい光が蒼汰を包み込み傷を癒やしていく。蒼汰はその光景を信じられない様子で目を丸くして見ていた。
「怪我が治った? 幾人、これは一体……」
「祝福を持っているのは、エイモックの奴だけじゃないって事さ……もう、大丈夫だ。後は全部俺に任せて、涼花を連れて避難してくれないか?」
「お前にだけに任せるなんて、そんな事できるかよ!」
「これからの戦いはこれまでとは次元が違う物になる。蒼汰達がいると巻き込む危険があるから本気で戦えないんだ。だから、悪いけど引いて貰えないか」
「……勝算はあるんだな?」
「おう」
「……わかった。必ず勝てよ」
そう言い残して蒼汰は俺の側から走り去った。
そして、俺は改めてエイモックに向き合う。
「水の巫女か。治癒魔法で己の傷を癒やしたか」
「お陰様で、俺も祝福を得る事ができたからな。残念だったな、エイモック。もう、お前の思い通りにさせはしないぜ」
「くっくっくっ……愚かだな。思い上がるなよ、水の巫女風情が!」
エイモックは俺を嘲るように言葉を紡ぐ。
「我が得た闇の神ダクリヒポスの祝福は四大属性神の祝福と比べて五倍以上の恩恵があるのだ。故にお前がミンスティアの祝福を得たところで我の障害にはなり得ない」
それは、異世界でもほとんど知られていない事実だった。
……だけど、
「……そんなことは知ってるさ」
かつて、光と闇の祝福について存在すら知らなかった俺は、四大属性の祝福を得て魔王に挑んだ。その結果、闇の祝福を持つ魔王に手も足も出ずに殺されかけたのは苦い経験だった。
「知っている、だと? ならばどうして……」
「じゃあ、これは知っているか? お前が見下すこの世界の人間は、生まれつきの属性もなくて魔力も持っていない。だけど、その代わりに普通なら生来の属性しか得られない祝福を複数得ることができることを」
俺は魔法を詠唱して両手に双剣を生成する。
火と氷の剣と風と大地の剣、かつての俺の愛剣だ。
「反属性魔法だと……馬鹿な!?」
「かつて、俺はこの世界から召喚されて、全ての属性神の加護を得てこの世界に戻って来た」
「そんなことあり得ぬ……複数の属性神の祝福など、それではまるで……」
「そういえば、俺はまだ名乗っていなかったな。俺は如月幾人、あちらの世界では勇者と呼ばれていた者だ」
「勇者、勇者だと……? 馬鹿な、お前は水の巫女ではないか……それに勇者は男だったはずだ!」
エイモックの表情が驚愕に歪んだ。
勇者という俺の称号はあちらの世界ではそれなりに名が通っていた。エイモックも俺の事を知っていたらしい。
「訳あって、今はアリシアと体を共有している。だけど、力の発動に支障はないぜ」
今の俺の体はアリシアのもので水魔法の適性がある。その分他の属性の祝福は受けられない可能性もあったが、杞憂だったようで全ての祝福の恩恵が有効だった。
むしろ、自前の魔法適性がある分、幾人のときよりも魔力は向上している。
「ふざけるな、そんな戯言を誰が信じる……その化けの皮、剥がしてくれよう!」
エイモックが指を鳴らすと、夥しい数の影がエイモックの影から飛び出して来る。腕くらいの太さで紐状の影は放射線状に広がって辺りを覆い尽くそうとしていた。
「あいも変わらず同じ魔法とは、芸の無いやつだな……影操作!」
俺はエイモックと同じ魔法で対抗する。闇の祝福の恩恵で使われた闇魔法の構成を読み解き自分でも使うことができた。
「闇魔法……だと……!?」
俺の足元から影が飛び出して扇状に広がっていく。溢れる魔力に物を言わせて作り出した影の数はエイモックの約二倍。
迫りくる影の迎撃を命令すると影は方向を変えて矢のように飛んでいく。迫りくる影の塊同士が交差して、ぶつかり合い弾けて消滅していく。
「……まるで、誘導ミサイルだな」
影の総数は俺の方が圧倒的に多い為、影同士でかちあわずにエイモックに向けて抜けていく影も多数残った。
俺に向かってくる影も幾つかあり、それらは両手に持った魔法剣で切り捨てた。
エイモックを襲った影は数十にも及ぶ。
影が命中する直前にエイモックは後方に数メートル飛んでかわす。何本か勢い余った影がステージに突き刺さると、轟音を立てて砕けて飛散した。
「ちぃっ……!」
残った影は自動的にエイモックを追尾するが、エイモックが闇の焔に包まれた腕を振るうと衝撃波で次々に引き裂かれて消えた。
「認めん……我はこんなことは認めんぞ!!」
エイモックは着地するや否や、地面を蹴って俺に突撃して来る。
「――風の加護、――岩石の守護、――身体能力向上(極大)!」
俺は一息で強化魔法を重ねて詠唱すると、こちらからも一気に距離を詰めてエイモックに斬りかかる。初撃は闇の焔を纏った腕で受けられた。
衝撃波が周囲の空気を震わせる。
「この世界に救いをもたらすのが我の使命! この世界に転移したのも神の意思のはずだ! それなのに何故だ!?」
俺は風魔法で空中に作り出した足場を蹴って、続けざまに斬撃を繰り出す。今の俺の攻撃は一振りで小高い丘を粉砕する威力がある。普通の人間なら攻撃を防ぐ事すら叶わず粉微塵となるだろう。
だが、闇の祝福を得たエイモックもまた常識の枠外の存在だった。俺の度重なる攻撃に耐え、さらに反撃すら加えて来たのには驚きを禁じ得なかった。
「神に意思があるかどうかは俺にはわからない。だが、少なくともこの世界はお前による救済なんざ望んじゃいない!」
エイモックの表情は引きつっている。
「黙れ、黙れ、黙れ!!」
怒りに任せたエイモックの攻撃を俺は受け流す。
「唸れ、迅雷球!」
俺は風と火の混合魔法で球状に連なる稲妻を作り出してエイモックに叩きつけた。
「ちぃっ!? 宵闇の水晶結界!」
黒い半透明の膜状の四角錐がエイモックを取り囲む。膜に命中した稲妻が稲光を撒き散らしながら爆ぜて轟音をあげて四散した。
――だが、本命は別にある。
「轟雷柱!!」
魔力を収束した火と風の攻撃魔法を発動させた。
エイモックを中心に幾筋もの稲妻の柱が立ち登る。重ねられた稲妻は四角錐の結界を打ち抜いて、中心にいるエイモックをも貫く。轟音が響き渡り、放電と共に辺りが眩いばかりの光に包まれた。
世界が白く染まっていく。
やがて、視界は戻る。
放電の残滓と焼け焦げた匂いが周囲に立ち込める中、クレーターのように抉れ跡形も無くなったステージがあった場所に、エイモックはそれでも立っていた。
俺は警戒を緩めずに居たが、エイモックはそのまま動き出す事なく、やがて力無く倒れた。
――それで、戦いは終わった。




