聖夜の決戦(最後の賭け)
『幾人!?』
俺に誘導されて、霧の中をやって来た蒼汰が床にうつ伏せに倒れ込んだままの俺の姿を見つけて駆け寄って来る。
世界がひっくり返って、気がつくと抱き起こされていた。小柄な俺の体は軽々と抱えられて蒼汰の両腕の中に収まる。
「……っ!」
体中を走る痛みに、思わず言葉にならない声が口から漏れる。
『す、すまん……大丈夫か?』
久々に役割を取り戻した視界に蒼汰の姿が映る。
『おう……これくらい全然大した事ねーよ』
せめて心配を掛けないように俺は強がって見せる。
こうして軽口をきけるのも念話のおかげだ。口の中は切れていて腫れぼったく多分普通には喋れない。鉄っぽい血の味がする。
『……全然大した事あるだろ、それは』
蒼汰は呆れたような口調で返す。エイモックに見つからないように基本的に会話は念話を使っている。
『異世界では良くある事さ。これくらいなら、後で魔法で回復できるし問題ない』
『……本当か?』
蒼汰はとても疑わしげだった。
嘘なんて言ってないのになんでそんなに信用無いかなぁ……
『それより聞いてくれ。あまり時間も無いんだ』
こうしている間にも俺は設置した氷の槍を発動してエイモックを牽制している。魔法を使う度に襲ってくる頭の中をガンガンと打つような痛みで気分が悪くなり吐きそうになっている。
ステージに設置した氷の槍も残り僅か。そして、そもそもの俺の魔力も尽きようとしていた。
俺が出来る時間稼ぎはもうそろそろ限界だった。
『わかった……俺は何をすればいい?』
真剣な表情で蒼汰は俺に問う。
『実のところ特別な作戦はないんだ。けど、このままだと何もできずに負けてしまう。だから、俺はお前の可能性に賭けてみたいと思うんだ』
『俺の可能性? でも、俺はお前たちの戦いについていけていないんだぜ……』
蒼汰は悔しそうに言う。
魔法も使わずに魔法使い同士の戦いに参加するってのは普通は無理たから。あの影の猛攻を捌くのだけで大概すごい事なんだが……
『魔法で身体能力を強化しているのが大きいからな。だから、これから蒼汰に同じ魔法を使おうと思ってる』
『マジか! それなら俺もやつと戦える! ……しかし、そんな事が出来るなら、なんで最初からやらなかったんだ?』
蒼汰から当然の疑問が出てくる。俺も別に出し惜しみをした訳じゃない。
『身体能力が上がっても体に頭がついていけなくて、逆に戦闘能力が下がる可能性があるんだ……ちなみに俺の場合は違和感なく戦えるようになるまで一週間は掛かった』
例えるなら乗用車の運転しかしてこなかった人間がレーシングカーを運転するようなものだ。こうして、ぶっつけ本番で使うのは無謀以上の自棄ととられても仕方ない行為だと思う。
それでも……
『俺の魔力はもうじき尽きる。そしたら俺にはもう戦う手段は残されていない。蒼汰一人で戦ってエイモックに勝つには、強化された体を制御出来る可能性に掛けるしかないんだ……』
アリシアと相談したが、他に可能性は思いつかなかった。
蒼汰に無茶振りをして、勝敗の行方を丸投げてしまう事に申し訳なくなり、俺は顔を歪めた。
『んじゃあ、まぁ、やってみるしかねぇなぁ……幾人の言うとおり今のままじゃ、やつに勝てる見込みは無さそうだし』
そんな俺に対して蒼汰は軽いノリで応える。そんな蒼汰はとても頼もしく見えた。
『蒼汰に全部押しつけるような事になってすまない……俺ひとりで何とかなるって過信してた。予め蒼汰にも身体強化して慣らしておけばこんな事にはならなかったはずなのに……』
魔法があればどんな人間相手でも圧倒できるだろうと余裕ぶっこいた結果がこの有様だ。
そもそも、今の俺が使える水魔法はサポートを得意とする魔法だった。最初から蒼汰を強化して俺が掩護を中心に立ち回っていれば、戦いの結果は全く違っていた筈だ。
『エイモックがここまで強いだなんてわからなかったし仕方ねーよ。それに、お前の怪我は俺の不甲斐なさが原因だ。足手まといにしかなってない俺が戦える可能性があるなら願ってもない事さ』
そう言って蒼汰は俺の額に手を置いた。ごつごつとした大きい手でぽんぽんとなだめられた。
『もともと、これは俺の戦いだからな?』
蒼汰は親指を立てて笑顔を見せる。
『……蒼汰』
『心配すんなよ。知ってるだろ? 俺は初見のゲームをクリアするのは得意な方なんだ……さあ、やってくれ。それで、後は俺に任せて休んでるといいさ』
俺は最後に残った魔力を使い、身体能力向上(小)の詠唱を開始した。
※ ※ ※
「……ほぅ、そんなところに居たのか。探したぞ」
俺の魔力が尽きてステージに立ち込めていた霧は晴れて視界がクリアになる。
いつの間にか日が落ちようとしていて、海辺の海水浴場のステージは夕焼けで紅く染まろうとしていた。
エイモックは影を周囲に纏わせながら悠然とステージに立っている。影になって表情は分かり辛かったが、勝利を確信して勝ち誇って笑っているに違いない。
俺は蒼汰によってステージ隅の電柱に背中をもたれさせて座らせて貰った。これで霧の領域が切れた今も戦いの結果を見届ける事が出来る。
「どうやら魔力が尽きたようだな。あれだけの魔法を連続して使えば無理も無い。しかし、これほどの魔力を持った母体をこの世界で得られるとは……やはり我は神に愛されているとしか思えぬな」
母体とか言うな、気持ち悪い。
お前の子供を産むだなんて絶対にお断りだ。
俺は熱のこもったエイモックの視線を感じてゾクッと身震いする。
次の瞬間、蒼汰が間に割って入り、俺の視界からエイモックの姿を遮って隠した。
「おいおい、まだ戦いは終わっちゃいないぜ……?」
蒼汰の背中は大きく見えて頼もしく感じる。と同時に何も出来ない自分自身を不甲斐なく思う。
「カミシロソウタか。素養は感じるが所詮魔法も使えぬただの人、身の程をわきまえるが良い」
エイモックは蒼汰を対等な相手として見てはいない。俺を打ち倒した今はもう負ける事は無いと思っているのだろう。
「……御託はいい、始めようぜ」
――そして、戦いは最終局面を迎える。




