魔法とチート
食後はリビングのソファーでくつろぎながら優奈と雑談となった。
母さんは食器を洗っている。食器くらい俺が洗うと言ったのだけど、いいからゆっくりしてなさいと断られた。
「ところで、お兄ちゃんは異世界で魔王を倒したって聞いたけど、どんなふうに戦ったの?」
「いわゆるチート能力だったな。あっちの世界には魔法があって、人は全員魔力を持っているんだ」
「魔法かぁ、いいなぁ……それで、お兄ちゃんは魔力が天元突破してたりとかするの?」
「いや、俺というかこの世界の人は全く魔力が無いみたいで」
「……なんだ、それじゃあ全くダメじゃない」
「それが、そうでもないんだ。どれだけ才能があっても、人の持つ魔力では魔獣や魔族には全く通用しない」
「でも、それなら、どうやって戦ってたの?」
「あの世界には精霊神がいて、その祝福を得ることで人は自分の限界を遥かに超えた魔力を扱えるようになるんだ。そして、異世界人は産まれたときに魔力の属性が決まっていて、その属性と同じ精霊神からしか祝福が受けられない」
「わかった! つまり固有の属性や魔力の無いお兄ちゃんはどの精霊神とも契約ができるって訳だね!」
「その通り。水の精霊神ミンスティアに仕える巫女アリシアに召喚された俺は、冒険を経て他の精霊神の祝福を授かり、ついに魔王を打ち倒しましたとさ」
「なるほどねぇ……テンプレだけど、祝福が増えて段々強くなる展開ってのは燃えるねぇ」
「当事者としては最初から強かった方が嬉しかったけどな……」
精霊神ってば揃いも揃って極端な環境のところに居るんだわ。
活火山の溶岩溢れる洞窟とか、砂漠のど真ん中とか、一年中雪が溶けず吹雪が吹き荒れる峡谷とか。挙句の果てに、世界樹を登った先にある天空の城とか、魔王城直下の地下迷宮の先にある神殿とか、少しは訪れる人のことを考えてほしい。
もう二度と同じことはやりたくない。
「それで、そのチートは今も使えるの?」
優奈はワクワクしているようだ。残念ながら、その期待には応えられない。
「世界転移したことで俺もアリシアも精霊神の祝福は切れたんだ……だから、今の俺は残念ながらただの人だよ」
精霊に祝福されているかどうかは当事者なら確実にわかる。感覚は説明し辛いが、精霊と繋がっていることがわかるのだ。
だから、この世界に戻って来たときに祝福が切れているのはすぐにわかった。
「なるほど……でも、今のお兄ちゃんってアリシアさんの体なんだよね。だったら普通の魔法は使えたりしないの?」
「んーどうだろ? アリシアはどう思う?」
『魔力は魂ではなく器に由来すると言われてます。大昔の大魔法使いが自らの魂を移すために素質のある魔術師を素材として求めたという逸話もありますし……まあ、野望は未然に潰えたみたいなので真偽は不明ですが』
「つまり、わからないってことだな……まあ、物は試しでやってみるか。何か今の俺に使えそうな魔法で良さそうなのはあるかな?」
『それじゃあ、修復を髪に掛けてもらってもいいですか? 魔王との決戦に備えて少しでも魔力を節約しないといけなかったので、修復を使えなくて髪の毛が少し傷んでしまっていて……』
修復は、俺が水の精霊神の祝福を得た後に最初に習った魔法で、簡単な切り傷や傷みを文字どおり修復する効果がある。
水浴びも儘ならないような旅の最中で、よくあんなに綺麗な髪を維持できるなぁと思ってたんだが、そんな方法だったのか。
俺は両手で髪を手に取り前方に回す。
「アリシアさんの髪って銀の糸みたいで本当に綺麗……けど、ちょっと傷んでるところがあるね。お兄ちゃん、まめにケアしないとダメよ?」
確かによく見ると少し傷んでるのがわかる。
……あ、枝毛発見。
魔法が使えなかったら、この長い髪の手入れを自分でしないといけないのか……どうか、魔法が使えますように。
俺は両手で髪を支えた状態のまま、手に魔力を流して魔法式を構築する。
体から魔力が引き出されるのがわかる――今までは外付け魔力タンクである精霊から魔力を引き出していたので、これは初めての感覚だ。
「……修復」
手先が僅かに輝いて、髪の毛に移っていく。
「何これ……すごい……」
輝いた毛先から傷みや枝毛が消えていった。
どうやら成功したみたいだ。
ほぅ……と、溜め息をつく。
そして、顔をあげると、すごい顔で俺を見ている女性二人がいた。
「お兄ちゃん、今の何!?」
優奈が詰め寄るように俺に迫る。
「……何って、修復の魔法だけど」
「髪が輝いてる……手触りもすべすべだし……何これズルい!? あたしが毎日髪の毛をケアするのにどれだけ手間暇掛けてると思ってるのさ!」
人の髪触りながら、理不尽にキレる優奈。
……こら、どさくさに紛れて匂いを嗅ぐんじゃない。
「この魔法お前にも掛けられるんだけど?」
優奈がピタっと止まる。
「……お兄ちゃん、魔法って素敵ね」
「ズルいって思ってるなら要らないよね」
「お願いお兄ちゃん……あたしが悪かったから、あたしにもその魔法使ってぇ……」
……このくらいにしておいてやるか。
こいつにはDVDの恩があるしな。
「……幾人。その魔法ってもしかして肌荒れにも使えたりするのかしら?」
「多分、大丈夫だと思うよ」
お母様、いつの間に後ろに立っていたのですか。というか、笑顔が怖いです。
「それ、私にもお願いしていいかしら」
そんな無言でプレッシャーを掛けなくても、こんなのが親孝行になるならいくらでもしますから。
女性の美容に懸ける執念の一端を目の当たりにした気がした。
女って怖いなぁ……
ちなみに、優奈の髪に修復を掛けたところ、脱色していた色も元の黒髪に戻ってしまい、少し落ち込んでいた。
次に髪を染めている母さんに掛けたときは問題なかったので、「私も染めるっ!」と、すぐに元気を取り戻していたが。