放課後の呼び出し
クリスマスイブ。
その日は終業式があり、生徒会主催のクリスマスパーティがあり、そして、不良グループの集会とやらに蒼汰が呼び出されている日でもある。
その前日の放課後、ラブレターで呼び出しを受けた俺は学校の屋上にやって来ていた。
最近は告白されることも増えていたから、対応に割りと慣れてきてはいたのだけど、今日の呼び出しはそれらとはまた異なった趣だった。
屋上に出た俺を片手に余る人数の男達が取り囲んでいて、さらに入り口を封鎖するように二人が物陰から現れたのだ。
待ち構えていた男のうち何人かは見覚えがある。先日エイモックという男と一緒にいた不良グループの男達だ。
「ようこそ、如月さん」
俺に話しかけてきたのは、不良グループの中で唯一優等生っぽい見た目をした男だった。
圧倒的優位な立場を踏まえての物言いにはイラッとさせられる。
「手紙には告白したいと書いてたのだけど……これだけの人数に見守られていないと告白できないのは、いくらなんでも臆病すぎやしないかな?」
俺の台詞に男は一瞬鼻白んだ後、すぐににやにや笑いを復活させる。俺の虚勢とでも思ったのだろう。
「その手紙は方便でね、告白するつもりはないんだ。今日は僕達と一緒に来てくれないか」
「……どうして? 集会とやらは明日なんでしょ」
「明日の集会を成功させる為にはゲストが重要でね。すっぽかされると痛いから、そう出来ないようにしておきたいんだ」
「なるほど。貴方達のような人間なら、他人を信じられないっていうのも仕方ないのだろうね」
「ふふ……その強気な物言いがいつまで続くかな? そうだ、明日は折角のクリスマスイブなのだから、僕達と夜通しで楽しもうよ。そして、その様子を撮影して神代に送りつけてやるんだ。最高に素敵なクリスマスプレゼントだと思わないか!」
「……この下衆野郎」
俺を取り巻いている男達が下卑た視線で俺を見る。蒼汰からの視線は微笑ましく思えた俺だったが、こいつらの視線はただひたすらに不快だった。
「……これはエイモックってやつの指示なの? 確かあなた達は蒼汰を仲間にしようと考えてたんじゃなかったっけ」
俺達に手を出したら蒼汰が仲間になる可能性は万が一も無くなる。奴がそんな指示を出すようには思えなかった。
「僕は神代に復讐をしたいんだよ……仲間だなんて冗談じゃない」
この男は蒼汰に個人的な怨みがあるようだ。蒼汰に潰されたという不良グループの前のメンバーなのだろうか。
「自分が原因で大切に想っている女がぼろぼろにされたのを知ったとき、神代はどんな顔をするんだろうなぁ……想像するだけで心が踊るよ!」
「なんとも下卑た発想だね」
「お褒めに預かり光栄さ。それで、どうする? 大人しく僕達と一緒に来てくれるならそれでいいけど、そうでないときはこれに入って貰うことになる」
男が視線を向けた先には業者っぽい作業服を着た男達が居て、縄と人が一人入りそうな細長いダンボールが用意してある。さらに、いつの間にか男達の何人かの手にはスタンガンが握られていた。
どうやら、周到に誘拐する準備を整えているようだ。
「どちらもお断りだ」
「だけど、そう言う訳にもいかないんでね。それじゃあ、無理矢理来てもらうとしよう。恨むなら神代を恨む事だな」
男が片手を軽く挙げて、俺に向けて振り下ろして周りの男達に合図する。
それと同時に俺は身体能力向上(小)の詠唱を終えた。
『イクトさん、敵勢力は前方に六、後方に二、それから物陰に一の九人です。魔法の使用制限はどうしますか?』
『いざとなれば全力、それまでは認識しづらい物のみで』
『了解、バックアップします』
飛びかかって来た男達の一人にこちらからも踏み込んで、すれ違いざまに男の股間にストレートの一撃を叩き込んだ。
その男はスローモーションのように崩れ落ちると、股間を抑えてひくひくと白目を剥いて横倒しに転がる。
うわっ……痛そう。
その男の様子に、今は無き股間が縮み上がる気がした。
だが、こんな幼気な女子に手を出そうとする非道な野郎に掛ける情けも余裕も今の俺には無い。
「この糞餓鬼!」
四方から俺を捉えようと腕が伸びてくる。俺はそれらを躱し、あるいは掌底で払う。
がに股になっている男の股の間に隙間を見つけて、スライディングの要領で体を滑らせた。
くぐり抜けた先で、片手を付いて床を蹴り上げ、体全体を扇のように回転させて無防備な男の背中を浴びせ蹴る。男は前方に居た数人を巻き込んで倒れた。
俺は蹴りの反動を利用して着地する。
『イクトさん、四時方向に敵です!』
アリシアの警告に体が動き、右後方から迫るスタンガンを持った男の手首を、振り返りざまに手刀で払った。
そのままの勢いで、勢い余った相手の顔面に回し蹴りを叩き込む。
鼻がへしゃげる感触が脛にして、男は前のめった姿勢のまま崩れ落ちた。
続けざまに俺の後ろに居たもう一人の懐に踏み込んで、真正面に迫る股間を蹴り上げ、意識を刈り取った。
「後六人だね……まだ続ける?」
見ると先程巻き込まれて倒れていた男達が立ち上がっていた。
彼等には先程までの嘲るような雰囲気は無く、得体の知れない物に遭遇した恐怖がありありと瞳に出ていた。
ただ狩られるだけの犠牲者と思っていた小さな女生徒が、逆に牙を剥いてきて、短時間で三人の仲間が戦闘不能になったのだ。彼等の理解の範疇を超えた出来事だろう。
「何してるんだよお前ら。相手は小さな女が一人だぞ!? 全員でやってしまえ! 捉えたらボーナスを出してやる!」
優等生風の男に言われて、男達は気勢を回復させる。
さっきから口だけで直接手を出してこない優等生風の男を除いても五人、まだまだ自分達が圧倒的に優位であると思い直したのだろう。
「……懲りないやつらだね」
俺はスタンガンの使い方を確認しながら呟く。先程の男が落としたのを拾った物だ。
シンプルな作りで親指の所のスイッチを押すとバチバチと電流が走る。
「それじゃあ、これを試させて貰おうかな」
その俺の言葉を切欠にして、男達が俺に襲いかかって来た。
結果として、スピードに勝り攻撃力に劣る俺にとってスタンガンはとても相性の良い武器だった。
無理に急所を狙わなくても、体に押し当ててスイッチを数秒間押すだけで人が倒れる。リーチが短いのが若干しんどいが、有象無象相手になら問題にはならなかった。
そして数分後、屋上に立っているのは俺と優等生風の男の二人だけになった。周囲には男達が気絶するかのたうち回っている。
阿鼻叫喚の地獄絵図と言って良いだろう。
「二人っきりになったね」
俺はその男に微笑んで言う。
自分で言うのもなんだが、最高に素敵な笑顔だと思う。
「ひっ、ひぃ……!?」
それなのに、笑顔を向けられたその男は恐怖で顔を歪めて後ずさった。
俺はゆっくりと歩いて距離を詰めていく。
後ろに下がっていた男はバランスを崩し尻餅をついた。
「な、なんなんだ!? なんなんだよオマエ……!?」
「私は如月アリスよ、知ってるんでしょ? ……そういえば貴方の名前はまだ聞いてなかったね」
俺はその男に一瞬で近づくと、胸ポケットに入っている生徒手帳を奪い取った。
その場で開いて中を確認する。
「ちょ……お前っ……!」
「……二年七組の鳳滝二郎ね、憶えたわ」
俺は生徒手帳を投げつけて返す。
「それじゃあ、こんな事をしてくれた鳳先輩には、どんなお返しをすれば良いかな? 二度とこんな馬鹿な事を思いつかないようにしないといけないんだけど……」
「ひ、ひぃ……!?」
『イクトさん、禍根を断つ事はしないのですか?』
『この国では犯罪者相手でも殺してしまうと罪に問われるから。殺してしまうのは無しだね』
野盗に襲われたら禍根を残さずに全滅させるのが異世界でのセオリーだった。だけど、日本で同じようにする訳にはいかない。
「も、もうこんな事はしない。だから、助けてくれ……!」
『イクトさん、エイモックという人との事を聞いて貰ってもいいですか?』
「エイモックって何者? 貴方とどういう関係なの。話して貰えるかな?」
「わ、わかった……」
卑屈に微笑んだ鳳はやたら饒舌に語りだした。身内の情報を敵に漏らすといった意識は無いようだ。
「あいつは半年くらい前にコスプレのような服を着て繁華街を歩いていたんだ。当時リーダーが補導されて気が立っていた僕達はやつに絡んで、逆に不思議な力でボコボコにされた」
「……不思議な力?」
「普通では考えられないような身体能力に加えて、目に見えない黒い影のような刃物が襲って来て服や肌を切り裂かれた。やつは魔法と言っていたが、あながち嘘じゃ無いのかもしれないと思ってる」
「魔法……」
「やつの力とカリスマ性を利用出来ると思った僕は、僕達のグループの新しいリーダーになってくれないかとその場で交渉した。やつとの付き合いはそれからだ」
半年前、コスプレ、魔法……やけにひっかかる単語が多い。
「やつの力とカリスマ性で僕達のグループは周囲のグループを取り込みどんどん大きくなっていった。明日の集会では地域のグループをすべて取り纏めたセレモニーになる予定なんだ」
……なるほど。大体聞きたいことは聞けた感じだ。
「だけど、神代の野郎を仲間になんて冗談じゃねぇ……! あいつのせいでアニキは院に行くはめになったんだ。だから……!」
「こうして、私を襲った訳ね」
この行動はグループというよりこの男の私怨ということなんだろう。
だが、こいつらの都合なんて知った事じゃない。それらが俺達に害をもたらすなら、容赦するつもりはない。
たまたま狙われたのが俺だったから何とかなったものの、もし他の仲間が狙われていたなら取り返しのつかない事になっていた可能性は高い。
「……狙ったのは私だけなの?」
「俺は他には指示はしていない。エイモック自身が動いているかもしれないが、俺は知らない! もう、グループ本体は完全にやつの意思で動いてるんだ」
「……ちぃ」
さっさとけりをつけて安否の確認を取った方が良さそうだ。
「二度と私達を襲う気にならないように体に刻みつけてあげる」
俺はへたり込んで座っている鳳に手に持ったスタンガンを掲げてスイッチを押し、バチバチと放電する様を見せつける。
「ひ、ひぃ!? 勘弁してくれ……二度とお前達には手を出さないから!」
鳳は恐怖に顔を歪めて言った。
「でも残念。貴方達は口約束なんて信じられないんでしょ? だったら私もその流儀に倣うことにするよ」
俺は鳳にのしかかり、スタンガンを近づけていく。
「次にもし私達に危害を与えようとしたら、ここ潰すから……」
男の股間にスタンガンをあてて俺は言った。
「や、やめてくれ! か、金か!? 欲しいならいくらでも出す! だから、それはやめてくれ!?」
「だーめ」
俺はにっこり微笑むと、スタンガンのスイッチを入れた。
悲鳴と共に鳳の体が跳ねて倒れる。どうやら意識が飛んだらしい。
ズボンの股間部分が色濃くなって内側から液体が溢れ出てくる。ツンとアンモニアの匂いがする。
俺はスタンガンを放り捨てて、友人達の無事を確認する為にスマホを取り出した。
電話を掛ける前に思いついて白目を剥いている鳳の姿をカメラで撮影する。スマホに写真が残るのは嫌だったが、復讐を考えられないようにする為の保険は必要だ。
俺は仲間達の無事を祈りつつ、まずは優奈にコールを掛けながら屋上を後にした。




