◇神代蒼汰(男の浪漫)
「それじゃあ、いくよ?」
覚悟を決めて俺はそう宣言した。
血走った目をした蒼汰がコクリと大きく頷く。
俺は赤いチェックが入ったプリーツスカートの裾を両手で握り込んだ。そして、その状態のままで固まってしまう。焦らしてやろうとかそんな意図はなくて、単純に動けないでいた。
下半身に注がれる蒼汰の視線が強すぎて俺は顔を背ける。体はすっかり強張って、いつの間にか緊張で震えていた。
……なんでこんなことしてるんだろう?
俺は、後悔していた。
親友にパンツ見られるくらいどうということはない――と気軽に考えていたのだけど、自分から見せるというのは思いの外恥ずかしかった。
だけど、今更やめるのも蒼汰に悪い気がする。そもそも、パンツ見せてやると言いだしたのは自分からだ。
これくらい何でもないって風にこなさなければ、蒼汰との関係が微妙な雰囲気になるかもしれない。せっかく事情を話して以前のように親友として接することができるようになったのにそんなのは嫌だ。
「あんまり……見るなよな……」
少しづつ両手に持ったスカートをたくし上げていく。太ももが冷たい外気に晒されて心許なさがさらに増す。
視線を逸らしていても、刺さるような蒼汰の視線が俺の下半身に注がれているのがわかる。
「おおぉ……」
蒼汰からこぼれた歓声で、ショーツが露になったのがわかり、思わず動きが止まった。
今日俺が履いているのは、薄いピンクに赤のストライプが入ったしまパンである。
布地が小さくてキュッとした形状のかわいくて履き心地も良いお気に入りのショーツだった。
だから、見られても恥ずかしい物じゃない……はず。
俺は心の中で気合を入れて、スカートの裾を腰の辺りまで持ち上げた。
「うぅ……」
視線が熱い。
顔をそらしていても蒼汰の視線がソコに注がれているのを感じる。内股になって足をすり合わせてみても、正面から晒している部分は隠せない。
「パンチラが至高でパンモロは風情がないって思ってたけど、こうやって見せて貰うっていうのもすげぇいいな……」
見せているのが自分じゃなければ、同意していたんだけど……
「こんなにじっくりパンツを見るのは生まれて初めてだぜ」
「……翡翠のは?」
「あいつは家でもやたらガード堅いからな。洗濯は絶対俺や父さんと一緒にしないし、最近はなんだか俺を見る視線が冷たくて……そもそも妹のパンツなんて見ても嬉しくねーよ」
優奈は家ではゆるゆるで割とパンチラしてたから同じ妹でも違うんだなぁ……まぁ、確かに興奮するとかはなかったけど。
「しかし、それだったら俺のだって見ても嬉しくないんじゃないか……?」
「うーん、妹のとはやっぱり違うだろ……上手く説明はできないけど」
そんなものかね。
でも、そうなると、蒼汰は今俺のショーツを見てちんこを大きくしているのだろうか……?
俺は蒼汰の様子をチラ見してみる。座っているからはっきりとはわからないが、ズボンの股間部分はテントを張っているように見えた。
「お前今勃ってるのか……?」
聞いてみた。
「わ、悪いかよ」
……勃ってるんだ。
「あ……いや……悪くはない……けど……」
中身はともかく外見は美少女なのだから、そうなってしまうのは仕方ないのかもしれない。
そのことに嫌悪感は無いけど、ちょっと複雑な気分だ。
「このパンツって自分で買ったのか?」
「うん。これは自分で選んだやつだけど……」
なんでそんな事を聞くんだろう?
「……女の子が自分の下着を選んでる姿ってなんか興奮するよな」
「うわぁ……」
思わず声が出てしまった。その思考はちょっとキモい。
……けど、少しだけ気持ちがわかってしまう自分が嫌だ。
「お前、俺以外の女子にそんな事言ったらドン引きされるからな」
「お前以外に言わねーよこんな事。しかし、お前下着売り場で買い物出来るのか……すげぇな」
「今の俺は女なんだぞ。そんなの当然だろ?」
男を寄せ付けないパステルカラーの空間にももう慣れた。
普段着ている制服は代わり映えしないので、その日の気分で下着を選ぶのは毎日のちょっとした楽しみになっている。
「……しかし、白じゃないのな」
蒼汰は少し残念そうに言う。
こいつは、女の子の下着は白がいいという意見を持っていた。
清らかな肢体を純白の清廉な布地で覆われているのが素晴らしいという考えで、以前は俺も共感していた時期があったけれど、今になって思うと、とても童貞臭い主張だった。
「白は汚れが目立つから、普段履きにするのはちょっとね……」
女の子の下着は汚れやすいのだ。
「よ、汚れ……」
蒼汰が唾を飲む。
女子高生の体から分泌されるあれやこれやを妄想する気持ちはわからないでも無いが……
「ええと、中身は俺だからな?」
お前が妄想している相手はお前の親友の幾人だ。
「……それを思い出させるなよ」
蒼汰は嫌そうに言う。
「いや、それは忘れたらダメだろ……」
俺は溜息をついた。
「……そろそろ、おしまいでいいか?」
俺がそう言うと蒼汰は慌てた様子で俺を止める。
「ちょ、ちょっとまって! もう少し近くで見せて貰っていいか? 頼む!」
俺の返事を待たずに蒼汰が動く気配がする。どうやら、椅子から降りて、俺の前に座り込んだようだ。
「ちょっ、おまっ……!? ぜ、絶対触るなよ! 触ったら殺すから!」
蒼汰の返事は無い。
ちゃんと聞いてんだろうな? ……がっつきすぎだ、馬鹿。
「パンツについてるリボンって、なんかいいよな……」
気持ちはわかる。ショーツに付いているワンポイントのリボンは控え目にお洒落を主張していて俺も好きだ。履くときに前後がわかりやすいのも機能的で良いと思う。
でも、そんなことより……!
「ち、近い……近いってば、蒼汰!?」
下手すると息が掛かりそうなくらいの距離に蒼汰の頭がある。持ち上げたスカートに隠れて蒼汰の表情は見えない。
触られたりはしていないから、俺の言う事を守ってくれてはいるのだろう。だけど、今にも触れられるかもしれないって意識すると、とても落ち着かない。
うぅ……食い入るように見られてる……
触れられても居ないのに、視線を受けた体は電流が走ったかのように小刻みに震えた。
体の内側が疼いて、ショーツの股布の内側がじんわりと湿る感触がして――俺は一気に青ざめる。
やばい。
自分からパンツを見せて感じているなんて、ただの変態だ。俺は、蒼汰が求めるから仕方なく見せてあげてるだけで、それに悦びを覚えるような性癖がある訳じゃない。
「もう、おしまい! 蒼汰、いい加減に離れてぇっ……くぅ……!」
もし、今の状態を蒼汰に気づかれて、変な勘違いをされたりなんかしたら最悪だ。俺は慌てて蒼汰を引き剥がそうとする。
そんなときだった、彼女が現れたのは。
「蒼汰! 縁側に靴があったけど、もしかしてアリスが来てるの!? ……!」
突然、部屋の入り口の襖が、勢い良く音を立てて開かれた。
そこに立っていたのは翡翠で、ベッドの横に立つ俺とはちょうど真正面に相対する形となる。
「よ、よぅ……翡翠」
俺は翡翠に挨拶をする。スカートを自ら捲ってショーツを晒した格好のままで。
「こんにちは、アリス。今日はお洒落なショーツなのね、とても素敵よ……だけど、見せる相手は選んだ方が良いわね」
頬を染め熱のこもった口調で俺の事を賞賛する翡翠。だが、視線の先がそちらに移った途端に、彼女の言葉の温度は氷点下を越えて冷ややかなものになる。
汚物を見るかのようなその視線の先には、俺の下半身に張り付いたままの蒼汰の姿があった。あまりの事態に蒼汰は固まってしまっている。
「ち、違うんだ翡翠、これは……」
俺は思わず言い訳する。スカートの裾を手放すと、パサッとスカートの端が蒼汰の顔に被さった。
「わかってるわ。悪いのはそこのゴミよね? どうしよう、まだ、粗大ゴミの日には早いのだけど……バラバラにしたら燃えるゴミで回収してくれるかしら」
洒落にならない事を翡翠は言う。
……冗談、だよな?
そう思った次の瞬間、翡翠は俺と蒼汰の間に割って入ると、蒼汰の顔を乱暴に掴んでスカートの中から引きずり出した。
「ちょ……誤解だ、翡翠! これはお互い合意の上でのことで……!」
「誤解かどうかは私が決めるから。状況証拠であなたは既に有罪、情状酌量の余地は無いわね。すでに、私の中の陪審員は全会一致で死刑判決を下しているわ」
翡翠が掴んでいる蒼汰の頭がキリキリと締められているのがわかる。
「は、話を聞けよ! ……っていうか、いてぇ!? マジいてぇから!?」
「ちょっと、私はこのゴミを始末してくるから……戻ってきたら今度は私と続きをしましょう?」
とびっきりの笑顔でそう言い残した翡翠は、頭を掴んだ蒼汰を引きずるようにして部屋から出ていった。
……こええ。
ひとり蒼汰の部屋に取り残された俺は、力が抜けて蒼汰のベッドにストンと腰を下ろした。
『……危なかったですね』
いたずらっぽくアリシアが話しかけてくる。
自分から下着を見せるというアブノーマルな状況に体が反応してしまい、危うく蒼汰にシミを見られるところだった。
アリシアにはそんな俺の状態も全部ばれている。
『……もう、二度と自分から見せるなんてするもんか』
求められているからって、気軽に与えてはダメだ。
野鳥に求められるままに餌をあげた結果、糞害で迷惑する人もいるのだ。
……ちょっと違うかな? まあいいや。
とにかく、俺は反省した。
『……これからどうします?』
『蒼汰には悪いけど、翡翠が戻ってくる前に帰ろうか』
今ので翡翠のスイッチが入ってしまったかもしれない。
翡翠に捕まる前に撤退した方が安全だろう。
『それがいいかもしれませんね』
俺は足音を立てずに忍び足で蒼汰の家からお暇した。途中怒号や悲鳴のようなものが聞こえたような気がした。
気のせいだ。空耳だよな、うん。




