神代蒼汰(告白)
「……お前が幾人? なんじゃそりゃ。冗談にしちゃたちが悪いぜ?」
俺の告白に対して蒼汰の反応は微妙だった。
……まあ、そうなるよな。
こんな突拍子もない話が、そう簡単に受け入れられるとは俺も思っていない。
「長い話になるから、続きは蒼汰の部屋でしようか」
俺は蒼汰の返事を待たずに蒼汰の家の縁側で靴を脱いで家に入る。勝手知ったる他人の家というやつだ。
「ちょ……お前……!?」
俺は記憶にあるままの廊下を曲がり、その先にある蒼汰の部屋の襖を開けた。
「……変わらないなぁ」
畳の部屋に置いてあるベッドと勉強机、それから本棚と箪笥。壁にグラビアアイドルの水着のポスターが貼ってあるのが目新しいくらいで、蒼汰の部屋は俺の記憶のままの風景だった。
「お前、他人の家にかってに入るなよ……」
俺が部屋をしげしけと眺めていると、俺に追いついた蒼汰がそう文句をつけてきた。
「今まで蒼汰の部屋に入るのに許可を取ったことなんて一度も無いけど?」
「そもそも、アリスは俺の部屋に入ったことなんて無いだろ……?」
部屋の主の言葉を聞き流しながら、俺は蒼汰の部屋に入って、ベッドにストンと腰を下ろした。
続けて入ってきた蒼汰は勉強机の椅子に座る。これが、俺達の定位置だった。
「懐かしいな……俺が幾人だったときから殆ど変わってない」
以前は気にならなかった男の匂いみたいなのが少し鼻につく。だけど、すぐに気にならなくなって、むしろ懐かしいような、安心する匂いに思えた。
「またそれか。口調を変えてからかうのはよせよ。口にしていい冗談と、そうで無い冗談があるぞ……いい加減にしないと怒るからな」
蒼汰の口調は真剣だった。亡くなった幾人のことをからかわれたと思い怒ってくれているのだ。
「怒ってくれてありがとな……でも、ごめん。俺はそんな蒼汰をずっと騙してた」
俺は胸の奥に溜まっていたものを吐き出すように告白を続ける。
「最初は蒼汰と涼花の関係を壊したく無いって言い訳をしてたけど、やっぱり怖かったんだと思う。蒼汰は俺の一番の親友だったから。姿形も性別すら変わっちまった今の俺を拒絶されたらどうしようって……」
そうやって、アリスとして蒼汰と接しているうちに、嘘が積み重なっていって余計に話しづらくなっていた。もし、翡翠に見抜かれていなかったら、こんなふうに正体を明かす勇気が出たかどうかもわからない。
今だって正直言うと怖い。
「……お前、本気で言ってるのか?」
流石に俺の口調がからかっているようには聞こえなかったのか、蒼汰が俺の言葉を問いただす。
『イクトさん、よろしければわたしが蒼汰さんに事情を説明しましょうか?』
そこにアリシアが助け舟を出してくれた。
俺は好意に甘えて、アリシアに経緯の説明をお願いする事にした。念話を蒼汰と繋ぐ。
『はじめまして、わたしはアリシアと申します』
蒼汰はアリシアの念話に最初は驚いたものの、その後は終始冷静にアリシアの話を聞いていた。
「幾人は異世界に行って勇者として魔王と戦って相打ちしたが、アリシアって娘の体に魂を移してこの世界に戻って来たって……そんな話を信じろってのか?」
突拍子もない話に蒼汰は当惑しているようだ。
「俺の事情はアリシアが伝えた通りだ。嘘は言ってない」
「正直信じ難い。だから、確認の為に幾人しか知らないはずの事を幾つか聞いてもいいか?」
「構わないぜ。何から答えればいい? 蒼汰が初めて裏山で拾ったエロ本のタイトル? 蒼汰が一番好きな女の子のパンツの色? それとも、本棚のどこにエロ本を隠しているかとか……?」
俺はそう言って本棚の一番上の棚に視線をやる。
前と変わっていなければ本棚の最上段奥に入っている箱入りの百科事典セット。本来の中身はダンボールにしまわれていて、中身は蒼汰秘蔵のお宝に変わっているはずだ。
「おーけー、わかった。お前は幾人本人だって信じることにする……だから、大丈夫だ」
蒼汰はこめかみを押さえながら応えた。
「それに、お前が幾人っていうなら、ときどき感じていた違和感に説明がつく……もしかして、翡翠はお前の事を知っていたのか?」
「……ああ」
「……だからか。優奈や翡翠が幾人の死に対して割りと直ぐに立ち直っていたのは……ってことは、幼馴染四人の中で知らなかったのは俺だけって事か」
「ち、違うんだ! 蒼汰にだけ仲間外れにした訳じゃ無くて……本当は、家族以外に話すつもりは無かったんだけど、翡翠には正体を見抜かれちゃって……」
「……お前がそんなに薄情だとは思わなかったぜ。俺達は家族みたいなもんだろう? 俺達がお前の不利益になる事を誰かに話すとでも思ったのかよ」
「そういう訳じゃないけど……」
話さなかった理由はいろいろある。
涼花のこと、翡翠の俺に対する気持ちのこと。
それに、正体を話した結果、今まで通り付き合えずにぎくしゃくするくらいなら、いっそアリスとして新しい関係を築いた方が良いんじゃないかって思ったりもした。
だけど、それらは全部俺の事情であって、蒼汰達の感情を考慮していない身勝手なものだ。
「俺達がお前の死にどれだけ心を痛めたかわかるか?」
俺の葬儀のときの二人の姿が思い出されて、胸が締め付けられる思いがこみあげてくる。
「お前が男のままだったら殴ってたところだぜ」
「……それくらいの覚悟はしてる。殴ってくれて構わない」
「今のお前を殴るのはちょっと、な」
以前と全く同じ関係ではいられないとは思ってはいたけれど、さっそくそれを突き付けられた格好だ。女性に手を上げる事を躊躇する蒼汰の気持ちもわかるだけに、寂しいと思う。
「……まあ、いいさ。ともかく無事帰って来てくれたならそれで」
「……俺を許してくれるのか?」
「許すも許さないも無い。さっきから言ってるだろう? 俺達はそんなことでどうこうなるような関係じゃないって」
「……蒼汰」
心がじーんと熱くなる。
蒼汰はやっぱり一番の親友だ。
「やっぱり、何かお詫びとして俺にできる事は無いか? なんでもするから」
「お前な、その体でなんでもするなんて気軽に言うなよ。俺だからいいけど、エロ漫画みたいな事されても知らないぞ……?」
「こんなこと、蒼汰にくらいしか言わねーよ……それに、エロい事も少しくらいならいい。胸を触るとか……」
「そ、そんな事しねーよ……大体、その体はアリシアさんのだろ? 勝手に触らせちゃいかんだろ」
「そ、そうだな。すまん……」
そう言われたらそうか。この体に馴染み過ぎていて、アリシアの体という意識が最近希薄になっていた。
「アリシアもごめん……」
『わたしは気にしなくて大丈夫ですよ? いつも言ってるように、その体はもうイクトさんのものなんですから。もし、蒼汰さんと結ばれて子を成したいと思うのなら、それでもわたしは別に構いませんけど……?』
「いや、俺が構うから……それは本気で無いから勘弁して」
俺はホモじゃない。
蒼汰に少しくらいならエロい事をされても構わないって思っているのは、俺達がそれをどれだけ欲していたか、身にしみてわかっているからで、持たざる者に対しての施しのようなものだ。
蒼汰の気を引きたいとかそういうのは断じてない。
「俺も無理だからな。いくら可愛くても中身が幾人じゃなぁ……」
……だけど、そうまで言い切られると、ちょっとなんだか面白くない。
「さっきは俺のパンツにあれだけ食いついてきた癖に……」
「そ、それは、お前の正体が幾人って知らなかったからだろ!?」
「じゃあ、中身が俺だってわかったら、もう俺のパンツには興味無いってことか?」
「ぐっ、それは……」
わかってる。中身とかそういうのは別として、女の子のパンツはとりあえず見たいって思うのは悲しい男の性だ。
「さっきも言ったけど、素直に見たいって言うのなら見せてやってもいいんだぜ……?」
蒼汰がゴクリと唾を飲むのがわかる。
女子のスカートの中には男の夢が詰まっている。そんな事を蒼汰と語り合っていたのを思い出す。
しかも、制服。
俺達にとって日常生活で最も馴染みがある服装だけに、エロに転じたときの破壊力は絶大だ。中身が元男の親友なのが微妙だとは思うが、視覚的なエロには抗い難い魅力があるはずだ。
「……み、見たいです」
……何故に敬語。




