神代蒼汰(決着)
俺はこの世界に戻ってから初めて、目に見える形で身体強化以外の魔法を戦闘に使う。
蒼汰に自分の正体を話すのだから事前に魔法を見せておいても支障は無いと判断しての行動だ。
「飛水礫!」
俺の詠唱に応えて野球ボールくらいの水の礫が六つ空中に出現した。
「ここからが本番だよ、蒼汰!」
俺はそれらを蒼汰の顔面目掛けて放つ。
普通なら卑怯と言われるかもしれない手段だが、俺達の決闘は顔面への打撃と金的以外はなんでもありだ。魔法も禁じ手ではない。
「うわっ! ……な、なんだ!?」
蒼汰の顔面で続けざまに礫が弾ける。ただの水なのでダメージは皆無だが、踏み込むきっかけには充分以上だ。
怯んでいる蒼汰に接近した俺は、鳩尾に左右のワンツーを撃ち込んだ後、背中に回し蹴りを見舞う。打撃はすべて綺麗にヒットして蒼汰の体が揺らいだ。
続けざまにストレートを打ち込もうと右手を振りかぶったとき、警告を告げるアリシアの声が頭の中に響いた。
『イクトさん、ダメです!』
反射的にバックステップする。さっきまで体のあった空間を蒼汰の鋭い拳の一撃が振り抜かれていた。
今の瞬間に立て直して反撃してくるなんて……まったく油断も隙も無い奴だ。
「いったいどんなトリックだ……水風船? いや、宙に浮いていたように見えたが……」
「今のは、私の魔法だよ」
「魔法? ……それじゃあ、お前は魔法少女だとでもいうのか? だったら、是非変身してみせてくれよ」
蒼汰は俺にからかわれたと思ったようで、やや不機嫌にそう応える。まあ無理もない。
「うーん、変身は出来ないんだけどね……」
せっかくだから、見せつけてやるとするか。
『アリシア、今使える、派手な魔法って何がある?』
『水場も無い現状では、派手な魔法はちょっと厳しいですね……戦闘に使えて明らかに魔法と判るものでしたら氷の剣なんて如何でしょうか?』
『それはいいな。リーチ不足も補えそうだし、流石はアリシア!』
異世界での戦闘でも彼女の助言には何度も命を助けられた。やっぱり、アリシアは俺の一番のパートナーだ。
「ふふっ……蒼汰のご希望通り本物の魔法を見せてあげるよ」
俺はブレザーのポケットからティッシュを取り出して中身のみを右手に握り込む。
それからその手を蒼汰に向けて突き出して、魔法を唱える。
「白き刃よ、紡ぎ織り成し我が手に来たれ、氷の剣!」
青白く光る水の粒子が周囲を舞い、右手に集まっていく。魔力で精製された水は握り締めたティッシュの繊維を溶り込んで氷結し、手首から棒状に伸びていく。
シンプルな形状の直剣として一メートル程の長さで形を整えた。
「なっ、なんだそりゃ!?」
「氷の剣だよ、すごいでしょ」
俺は剣を軽く振って感触を確認する。
軽すぎず、重すぎず、しっくりくる重さで、この体でも扱いに支障は無さそうだ。
「いくよ、蒼汰!」
「ちょ……っ!?」
俺は一気に間合いを詰め、横薙に斬りかかる。
初撃は躱されたが、返しに斬り上げた一撃が蒼汰の脇腹を打ち据えた。
「ぐっ……痛え!?」
蒼汰は打たれた場所を押さえて後ずさる。
「強化してある氷だからね、木刀よりも全然硬いよ?」
パルプを混ぜた水を凍らせたものはパイクリートと呼ばれ、普通の氷より溶けにくく高い強度を持つ特性がある。
ポケットティッシュではパルプの量が不足しているが、そこは魔力でカバーしてある。
「上等……!」
体勢を整えた蒼汰が殴り掛かってくる。俺は氷の剣で攻撃を往なす。
「さっきまでと立場が逆だね、蒼汰!」
剣の長さでリーチ差は逆転している。無理に攻める必要が無くなったのは大きい。それに、俺は異世界では剣を用いて戦っていた事もあり、こっちの方が体に馴染んでいて戦いやすかった。
「武器を持ったくらいで勝ったつもりになってんじゃねぇぞ!」
蒼汰の動きもまた凄まじいものがある。常人離れした速度で打ち込む俺の剣をぎりぎりのところで躱していた。
それでも間髪いれず攻撃を続けていると、徐々に有効打が増えてくる。
「そこぉ!」
ついに蒼汰を捉えた俺は、氷の剣を袈裟がけに打ち込む。
「貰った!」
確かな手応えを感じて、俺は蒼汰と視線を合わせる。
――だが、蒼汰は痛みに顔を歪めつつも不敵に笑っていた。
「流石に、打ち込んだ瞬間は動けないだろ!」
気がついたら眼前に蒼汰の体が迫り、一瞬遅れて衝撃が体を襲う。蒼汰のショルダータックルを受けて俺は突き飛ばされていた。
蒼汰はそのまま俺を押し倒してマウントを取ろうとしているようだった。宙を舞う俺の視界は、のしかかって来ようとする蒼汰を視界に捉えている。
……させるかよ!
俺は体を捻って左手を地面につき、天地逆転した状態で体を垂直に突き上げる。
身体強化された俺の体は大きく跳ね上がった。制服のスカートが花開くように舞い、俺の視界から蒼汰の姿を隠す。だけど、もう真っ直ぐ伸ばした両足は突っ込んでくる蒼汰を捉えているので問題は無い。
両膝でがっちり蒼汰の頭を挟み込むと、体全体で蒼汰を巻き込んで投げ飛ばす。所謂、フランケンシュタイナーだ。
蒼汰の体は綺麗に一回転して地面に叩きつけられた。
「……かはっ!」
蒼汰の口から肺の空気が漏れる。
受け身も取れなかったようで、すぐには動けない様子だ。
両膝で蒼汰の頭を挟み込んで馬乗りになった姿勢のままで、俺は手に持った白い剣を蒼汰の眼前に突きつけた。
「私の勝ち、だね」
「……ああ、俺の負けだ」
蒼汰は俺の姿を見上げて言う。そして、何かに気づいたかのように慌てて顔を逸した。
「ここまで苦戦するとは思わなかったから、びっくりしたよ」
ただの人間相手に魔法を全力で使って対抗する羽目になるとは思わなかった。
俺は魔力を開放して氷の剣を霧散させる。ポケットティッシュの成れの果ての白いパルプの粉末が雪のように空に舞って消えた。
「びっくりさせられたのはこっちの方だよ。今のは本当に魔法……なのか? アリス、お前はいったい……」
「幾人」
「……え?」
「私……いや、俺は幾人なんだ。蒼汰、今まで黙ってて悪かった」
俺は蒼汰に告白する。
……俺が勝ったのだから、もういいよな?




