ウロボロスの盟主
「我の名はエイモック・ハルトール。今はチームウロボロスの盟主を務めている。そして、我はこの国の王となる定めを持つ者だ」
その男の言葉に俺達はどういう反応をすれば良いのか分からず固まってしまう。
「エイモックさんはすごい人なんだ。俺達のチームウロボロスで世界を取るって言うのはフカシじゃねぇ。お前ら馬鹿にしてんじゃねぇぞ!?」
この国の次は世界か……なんだか、壮大な話になってきたな。
「蒼汰、この人と面識は……?」
「いや、無い。ウロボロスは俺が潰した不良グループの名前だが……こんな奴は居なかったはずだ」
もし会っていたら忘れるような相手とは思えないので、初対面なのは間違いはないだろう。だったら、この男は最近不良グループのリーダーになったということだろうか。
不敵に笑う厨二病患者は、手を広げてこちらに突き出しながらおもむろに口を開く。
「カミシロソウタと言ったか……お主、我の部下として仕えるつもりはないか?」
「エイモックさん、なんでこんな奴を!」
「我が覇道を征くに優秀な人材は幾らいても足りぬ。先代の仇ということでわだかまりがある者もいるだろうが、我らが見据えるは遥か高みぞ。故に、彼奴が、我と志を共にするというのであれば、同志として迎え入れようぞ」
「俺が間違ってた……エイモックさんが見ている世界は俺達なんかと大きさが違う。俺達はエイモックさんの判断に従います!」
俺達を蚊帳の外にして三文芝居が繰り広げられている。
俺と蒼汰は顔を見合わせた。蒼汰は何とも言えない表情をしている。多分俺も同じような表情になっているだろう。
「……それで、カミシロソウタ。返答は?」
「お断りだ。俺は妄言に付き合う気はねぇ」
いい加減付き合いきれないといった様子で、蒼汰は三文役者の提案を一蹴する。
「……! 神代、てめぇ!?」
取り巻きがざわめく。
言われた当人は冷静のようだった。
「ふむ……小人に我の理想を理解させるには、まずは、己が矮小さを自覚させねばならぬか……」
「てめぇ、エイモックさんになんてこと言いやがる!」
「構わぬ――では、カミシロよ。我との果し合い受けてもらおうか」
「……果し合いだと?」
「クリスマスイブの日に我らウロボロスが主催の集会を行う。その場で先代を倒したお主を打ち倒し、我の権威を確たるものとする礎とさせて貰う……安心するがいい、命は保証してやろう」
「断る。そんなのに参加する気は無い」
「我の誘いを断ると……?」
「そもそも、俺はお前らに付き纏われて迷惑させられてるんだ。お前らに協力してやる義理はない」
「なるほど、メリットか……だが、デメリットについて考えは至らなかったのか? 我に従わぬ場合、お主の生活が脅かされるとしたら」
「……脅しか」
「お主だけではない。お主の大切な者が犠牲になるかもしれないぞ。我の部下には、そこの女のような未成熟な女を傅かせることを何よりも好む者もおるのだ」
感情の篭もらないライトブルーの瞳で一瞥された俺は寒気を覚えた。人に向けられたものとは思えない、まるで取るに足らない羽虫を見るような視線だった。
「俺のダチに手を出したら絶対に許さねぇぞ」
蒼汰は怒りを籠めた冷ややかな口調で言った。
「結果の如何を問わず果し合いに応じたらお前とその周囲には一切手を出さない事を我が名において誓おう。それが我の提案するメリットだ」
こんな男との約束なんて信用するに値しない。そんな奴の言葉にしたがってやつらの集会にのこのこ出るなんて馬鹿げている。
「私はお前らの思い通りなんかならない! 蒼汰、そいつらの言うことに耳を貸す必要なんてないよ!」
だが、今の俺が何と言っても蒼汰には届かない。
蒼汰にとって今の俺は、かつて肩を並べていた如月幾人ではなく、同じ部活の後輩で女子である如月アリス――彼が護るべきと考える対象だった。
「……わかった、俺が行く。だから、俺以外のやつに手出しをするな」
「蒼汰!」
「皆の者聞いての通りだ。カミシロソウタは今度の集会にて我が打倒する獲物を決定した。我の獲物に手出しは赦さぬと全員に通達しろ」
「さすが、エイモックさん!」
男達が歓声をあげる。
それに対して俺は苦々しい気持ちでいっぱいだった。蒼汰の力になりたいと思ってやってきたのに、逆に蒼汰の足枷となってしまった。
「私も一緒に行く!」
だから、俺は衝動的にそんなことを言っていた。
「ちょ……馬鹿!? 何言ってるんだ!」
「……ほう」
それに対して卑劣な交渉者は、面白いおもちゃを見つけたかのように口角を上げる。
「我はカミシロとの約束は違えるつもりは無いが、集会の中で盛り上がった者達の行動を諌めることはしない。それでも構わぬなら好きにするが良い」
不良グループの集会に女の身で乗り込む。
普通ならありえない無謀な行為だと思う。
不良共に乱暴される自分の姿を想像してしまい、一瞬身がすくんだ。
だけど、引くわけにはいかない。
「……ああ、わかった」
「アリス!」
俺には戦う力があるから。
蒼汰を独りで行かせるなんて事はできない。
下卑た声をあげる不良たちを睨みつけた。
「では、我の用件は済んだ。立ち去るとしよう」
そう言うと、エイモックは学校と道路の境にある塀に向けて歩き出す。塀は二メートル程の高さがあり、人が出入りできるような造りではない。
不思議に思って見ていると、エイモックはおもむろにジャンプして、塀の上に飛び乗った。
「なっ……!?」
信じがたい光景に俺達は思わず目を剥いた。
不良達の歓声があがる。
「カミシロよ、せいぜい愉しませてくれよ」
そう言い残して、エイモックは塀の外側に姿を消した。




