兄妹(優奈)
俺はシャワーで体を洗い終えた後、脱衣所で体を拭いて着替えを身に着けていく。
お風呂上がりにどんな格好をするのかは迷った。バスタオル一枚だけ身に着けるなんてことも考えたが、そんな格好をする事に現実味を感じられなくて、結局普段通りの部屋着を準備してきた。
だけど、下着だけはピンクで上下揃いのレースのついた、いわゆる勝負下着を選んだ。
「勝負って言っても、別に男に見せる為ってだけじゃないの。試験とかで気合を入れたかったり、着替えや旅行で下着を見られる場面がある場合にも着るものなのよ」
そういう話をしながら、優奈が選んでくれたものだ。
その下着を本来の用途で優奈相手に着る事になるなんて、全く想像もしなかった。
キャミソールを着て、その上からワンピースを頭から被って完成となる。
この体になって最初の頃はズボンをはいていないと落ち着かなかったが、今ではすっかり慣れたものだ。
姿見に向き直ってみる。そこにはこの家で日常をすごす、普段通りの俺の姿があった。
だけど、現実の俺はこれから妹を抱く非日常の世界に居る。
リビングに居た優奈にシャワーから出たと声を掛けてから、自分の部屋に戻る。優奈とのやり取りはどうしてもぎこちないものになった。
自分の部屋に戻った俺は何とも言えない時間を過ごす。
ベッドのシーツの上にいつものようにバスタオルを敷くくらいで、それ以外に準備する物も思いつかない。
ベッド下の引き出しには翡翠から貰ったおもちゃが隠してあるが、優奈相手に使う事は無いだろう。
ベッドに腰を下ろして、時間を潰そうとスマホを手に取るが、ネット巡回しても文字が頭に入ってこない。ゲームをする気にもなれず、俺はそのままスマホをベッドサイドに置いた。
枕を取って両腕で抱きしめながら物思いにふける。
「俺は優奈を抱けるのか……?」
俺は頭の中に思い浮かんた疑問をそのまま口にした。
アリスの口調に変換することもしていない。
『……イクトさんはやっぱり嫌なのですか?』
溢れた言葉を聞いたアリシアが俺に再度問いかけて来る。アリシアに不安に思わせてしまったか。
「そうじゃなくて……俺は今まで優奈に性的な感情を抱いた事がないんだ。それは、アリシアも知っていると思う」
『そう言われたら、そうかもしれませんね』
俺は今まで妹に欲情したことはない。
体を洗って貰ったときは流石に反応したけれど、それは肉体的な官能で、精神的な昂りを覚える快楽とはまた違うものだ。
優奈のお下がりのショーツをはいたときですら、感じたのは居心地の悪さだけだった。これが他の女の子の物だったら、多分直ぐに汚すようなことになっていたと思う。
「俺が優奈としても、そういう気持ちにならずに失敗するかもしれない。だから、もしそうなったとしても俺自身の問題だからアリシアは落ち込まないで欲しい」
大事なのはあくまでアリシアの不安を解消することだ。
だけど、優奈が相手に失敗すると、逆効果になってしまう可能性もある。
表面的に行為を成立させるだけなら、喘ぎ声でも出して感じているふりをしていればいいのかもしれないけれど、そんな事をしてもアリシア相手には全く誤魔化しにならない。
『わかりました……けど、わたしは心配無いと思いますよ』
「そうかな……」
『だって、ユウナはかわいいですから。イクトさんも知ってるはずです』
確かに客観的に見ても、優奈は黒髪ロングの正統派美少女だと思う。だけど、今問題になっているのはそういう事じゃない。優奈は俺の妹なんだ。
アリシアとそんな話をしているうちに時間は過ぎていて。
ついに、俺の部屋のドアがノックされた。
少し緊張した声でどうぞと俺が声を掛けると、ドアが開いて優奈が部屋に入ってきた。
その姿を見て俺は息を呑む。
優奈は体にバスタオルを巻いた状態で、他に何も身に着けていなかった。
両手は胸元を隠すように重ねられて、着替えを抱えている。
優奈の肌は見慣れている。一緒にお風呂に入ったのも数えられない程で、全裸でさえ何度となく見ているのだ。
だけど、目の前で恥じらっている少女は、いままで俺が見てきた優奈とは印象がまるで異なっていた。
首筋から鎖骨を通じて肩に至る素肌。不安げに腕で隠された胸元。くびれた腰からヒップに至る曲線美はバスタオルでも隠しきれていない。そこからすらっと延びた足は不安げに内股で擦り合わされていて、何とも言えない気持ちが込み上げて来る。
「……あんまり、見ないで」
優奈は、顔を背けて俺の不躾な視線を咎めた。
その顔は赤みを帯びていて、瞳は潤んでいる。
俺の前で今まで見せていた、姉としての優奈の面影はすっかり無くなっている。
そこにいたのは、これから起こる事に不安と期待が入り混じった感情を抱いているひとりの女の子だった。
――どくん、と俺の心臓が跳ねる音がした。
……なんだこれ?
俺は、込み上げて来る感情に戸惑いを隠せない。
『――だから、大丈夫っていったでしょう?』
アリシアの声が悪魔の囁きのように俺の頭の中に響いた。




