お風呂上がりにまったりと
お風呂から出た俺は、冷蔵庫に入っていたコーラとコップを持ってリビングのソファーに腰を下ろした。
ペットボトルからコップに中身を注ぎ、グラスに口をつける。
「んー、お風呂上りに冷えたコーラは最高だなぁ……」
『なんですか、これ!? 口の中が弾けて――でも、冷たくて美味しい!』
「これはコーラっていうんだ。炭酸が口の中でしゅわしゅわーって美味しいだろ?」
思えば随分と喉が渇いていたらしい。身体がもっと水分を欲している。
俺は調子に乗っていつものように呷り飲もうとした。
けれど、アリシアの小さな口では以前のように受け止められなくて、思わず咳き込んでしまった。
「……何やってるのよ、お兄ちゃんは」
二階から降りてきた優奈が俺の様子を見て呆れたように言う。
「コーラなんて久しぶりだったからつい……」
「……もう、服汚さないでよ? それに、お兄ちゃんはもう女の子なんだからさ、ちゃんとお淑やかにしないとだめなんだからね」
その優奈の物言いに俺は少しおかしくなる。
「母さんからお淑やかにしなさいって、あれほど言われてた優奈がそんなふうに言うなんて」
「……もう、一年前とは違うもん」
膨れる優奈に懐かしさがこみあげてくる。
……帰ってきたんだなぁ。
「それで、ママが帰ってくるまで、まだ時間あるけどどうする? あたしは夕飯の買い出しに行ってくるけど」
「んー、どうしようかなぁ……眠るには中途半端だし……」
「アニメでも見る? ここ一年で放送されたお兄ちゃんが好きそうなやつは録画してるから」
「マジか……!」
未視聴のアニメの山があるなんて幸せすぎる。
「ふふーん、あたしを褒め称えてもいいのよ?」
「神様、仏様、優奈様々!」
「感謝してるならアリシアさんの口調でお姉ちゃんって呼んで」
「ありがとう、お姉ちゃん大好き!」
「ふぁぁぁ、かわいいっ……」
悶絶する優奈。今の俺の喜びからしたら、これくらいの媚びはどうってことないぜ。
優奈はテレビの下のガラス棚からDVDケースを取り出して俺に目の前に置いた。
俺はケースから取り出してファイル式の中身を一枚一枚捲っていく。
「……うぉぉぉ、これは!」
各ページ二枚ずつタイトルが記入されたDVDが納められている。最初の方は数話だけ見て続きを視られなくなっていたタイトルが、途中からは知らないタイトルや知っている漫画や小説のタイトルがいろいろ出てきてわくわくが止まらない。
「これもアニメ化されてたんだ……んーどれから視ようかな」
『イクトさん、アニメってなんですか? それに、この銀色のモノはいったい何なのでしょう』
「んー、言葉で説明するより見た方が早いかな? ……そうだ、これにしよう!」
そして、俺は気になるDVDを見つけた。
俺が好きだったネット小説のタイトルが書いてある。
「どれどれ、お姉ちゃんがDVDを入れてきてあげよう」
優奈が立ち上がってテレビ台のプレイヤーにDVDを差し込んだ。読み込みの画面の後、物語が再生される。
広大な自然、モンスターと魔法、ステータスバー、この作品はいわゆる仮想のVRMMOを題材にした作品だった。
次々に移り変わる美麗な画像と迫力のある音にアリシアは興奮しっぱなしで、次々に疑問をぶつけてきて、俺はその都度解説をする。
作品をゆっくりと見ることはできなかったけど、これはこれで楽しい。
アリシアは巫女の使命のため、同年代の友達と遊ぶことが少なく、もっぱら本の中の物語に思いを馳せて余暇をすごすことが多かったらしい。
だから、目の前で色とりどりに展開するアニメーションに心を鷲掴みされてしまったのだろう。
作中の主人公は元々男だったが、何故だか女の子になってしまう。主人公は心に傷を負っていてVRMMOの世界で友人達と交流していく中で少しずつその傷を癒していく。そして、主人公は親友の幼馴染みの男に恋心を抱く――そんな話だった。
『この主人公とイクトさんの状況ってちょっと似てますね』
それは俺も思ってた。この作品を視てみようって思った理由でもある。この話を読んだときはファンタジーとして楽しんだけれど、まさか似たようなことが自分の身に降りかかってこようとは想像もしなかった。
『……いつかはイクトさんも男性に恋したりするんでしょうか?』
『はぁ!? なんでそうなるのさ! 俺は男だよ』
『でも、今は女の子ですよ? 中には同性を好きになる方もいるとは思いますが、子供を作ることを考えると男性と結ばれるのが妥当なのではないでしょうか』
男と結ばれる……一瞬俺が、知らない誰かに抱かれる想像をしてしまい、思考を拒絶する。
――俺は寝取られなんて属性は無い。
『勘弁してくれよ……』
それは心からの台詞だった。