番外編 うちのクラスの妖精さん
僕の名前は山崎春乃。
平山高校一年の男子生徒で写真部に所属している。
あだ名はマツリ、理由はお察し下さい。
パンよりもご飯派だし、名字に濁点もないんだけどなぁ……
夏休みが終わり、文化祭で写真部員として展示する写真のテーマをそろそろ決めないとまずい時期が来ていた。だけど、僕は撮りたい物が見つけられないでいた。
僕が彼女と出会ったのはそんなときのことだった。
二学期の始業式の日。何十日ぶりかで変わらない、いつもの通学光景がまた始まるだけと思っていた。
校門を抜けながらそんなことを考えていた僕の隣を、一陣の白い風が走り抜けていった。
「女の子……?」
背の低い僕と比べても二回りほど小柄な少女、風にたなびく銀色の髪は幻想的で僕の視線を捉えて離さない。
その女の子は、僕を追い抜いて校門を走り抜けて――思いっきりすっ転んだ。
前のめりに転んだ女の子は四つん這いに臥せっていた。スカートが捲れ上がっていて、隠されるべき中身が惜しげもなく晒されている。
それは、純白のフリルがついたパンツで、一瞬すれ違ったときにうけた幼い印象と比べて随分と大人びた感じのそれはとてもアンバランスで倒錯的な魅力が――
「ひゃぁーーーーっ!?」
衝撃的の光景に混乱した僕の思考は悲鳴によって中断された。
スカートを押さえて飛び上がった女の子は、銀色の髪を揺らしながら逃げるように走り去って行った。
「……純白の……妖精?」
思わず零れた僕のつぶやきを誰かが聞いていたのか、しばらくしてこの呼び方が校内に拡がっていたときにはびっくりした。
……如月さん、ごめんなさい。
彼女の名前は如月アリスといって、なんと僕のクラスの転校生だった。
両親が亡くなって外国から日本にやってきたという彼女は、全く違和感なく日本語で挨拶をしていた。
静かにしているときの神秘的な雰囲気とは裏腹に、話をしているときの彼女は気さくで表情がころころと変わるので見ていて楽しい。
気がつくと自然と視線が如月さんを目で追っていることが多くなっていた。そして、彼女の写真を撮りたいという熱が自分の中で我慢出来ない程に高まっていった。
だけど、勝手に撮ったらそれは盗撮になってしまう。僕は悩みに悩んだ末、如月さんに直接お願いしてみることにした。
「如月さん、あなたの写真を撮らせて下さい!」
放課後の教室で帰り支度をしている如月さんに僕はそう話しかけた。如月さんは普段あまり会話の無いクラスメイトである僕のいきなりの申し出に戸惑っている様子だった。
「山崎くん、うちのアリスに何の用?」
隣の席の如月さんのお姉さんが僕と如月さんとの間に入って話し掛けてくる。如月さんに下心を持って近づく男子は彼女によってすべからく阻まれていて、鉄壁の如月姉と影で呼ばれていたりする。
「そ、その……僕は写真部なんだけど、文化祭に展示する作品の題材として妹さんの写真を撮らせて貰えないかと思って……」
「写真ってどんなふうに撮るの?」
妹の方の如月さんは写真に興味を持ってくれているようで、そんなふうに答えが返ってきた。
「僕は如月さんの日常の自然な表情を撮りたいんだ。だから、如月さんにカメラを向けるのを許可してもらえたら、それだけでいいんだけど……」
「アリスのパンチラが目的じゃないよね?」
姉の如月さんが訝しげな表情で俺に問う。
「ちっ、違うよ! 撮った写真は全部チェックして貰うようにして問題無いのだけ残すようにするから。やましい気持ちなんて無い、神に誓うよ!」
僕はそう否定する。やましい気持ちで如月さんにカメラを向けようだなんて決して思っていない。
「……どうするアリス?」
「やめときなよ。変な写真撮られちゃうかもよ。そもそも、アリスはそういうところ割と無防備だし……」
俺は首から下げた愛用のカメラを強く握る。
一般的な女子が写真部に対して持っているイメージはあまり良くないことが多い。
言うんじゃなかったかな……
周りの女子にいろいろ言われて、僕は挫けそうになっていた。
だけど如月さんの返事は意外なもので、僕を含めたみんなを驚かせた。
「まず、写真は校内のみで校外は無し。後、他の人に渡したりネットに載せたりもダメ。それから、撮った写真のデータは私にコピーを頂戴。その三つが条件だけどどうかな?」
「僕はそれで問題無いけど……いいの?」
「私は自分の写真を一枚も持っていないから。日常の姿を残してくれるのなら、私もありがたいかなって」
亡くなった両親の事を思い出すので、故郷のことは話題にしたくないと如月さんは言っていた。写真も日本に来るときに持って来なかったのだろう。
「……アリス! いっぱい写真撮ろうね。一緒に思い出作ろう!」
如月さんのその言葉に感極まった女生徒が彼女に抱きついた。その様子を見たもう一人の女生徒も同じように反対側から抱きついて、如月さんは真っ赤になって固まってしまっている。
「そうだ山崎くん、早速だけど、この状態で写真を撮ってもらってもいいかな?」
女生徒が僕にそう言う。如月さん自身も照れてはいるけど、嫌という訳じゃなさそうだ。
「わかったよ!」
僕は首から下げていたカメラを構えて何枚か写真を撮る。
……うん、如月さんは恥ずかしがってる姿もいいな。
※ ※ ※
「よーマツリ。今日も愛しの妖精さんのストーカーか?」
ある日の放課後、雑に話し掛けて来たのは隣のクラスにいる中学からの友人の音成十蔵だ。趣味、性格、身長と全く僕と違うけど、昔から何となく馬が合ってよくつるむ悪友だった。
「あ、うん。今日は部活に行くみたいだから同行させて貰う予定だよ」
いちいち愛しのとかストーカーとかに反応してたらきりが無いのでスルーして話を続ける。
「しかし、お前も難儀な相手を選ぶなぁ……確か妖精さんって部活の先輩の事が好きなんだろ?」
「だから、そんなんじゃないってば……僕は彼女が綺麗だって思ったから写真を撮りたいのであって、そこに恋愛感情は無いから」
「まあいいけどな。俺はもっとボン、キュ、ボンなねーちゃんの方が好みだな。ほら、このパイオツとかぐっと来るだろぃ? お前もこういうの撮るといいんじゃね」
十蔵は手に持った雑誌を俺の前でぶらぶらさせる。肉感的な下着姿の美女の写真が乗っていて、僕は思わず赤面する。
「んー、なかなかいい趣味をしてるね」
「如月さん!?」
気がついたら横から如月さんが顔を覗かせていて、しげしげとグラビアを眺めていた。
「山崎くんとそのお友達。教室でエロ本見るなら女子に見つからないように気をつけたほうがいいと思うな。私だから良かったけど……」
良くない。僕が普段からこういう本を好んで読んでると思われるのは心外だ。
「ち、違うんだ! これは僕のじゃないから!」
「あ、マツリずりぃ。おめえだけ逃げる気か」
「逃げるも何も僕は巻き込まれただけだろ!?」
「今までさんざん貸してやったエロ本の恩も忘れたのか!」
「き、如月さんの前でそんな事言うなよ!」
僕達は不毛な言い争いを繰り広げていた。
如月さんに軽蔑されたらどうしてくれる!
「ぷっ……あははは!」
如月さんは笑っていた。その表情には軽蔑とか嫌悪とかそんな感情はなさそうで、むしろ、何だか嬉しそうなくらいの声色だった。
「いいって、いいって、私は全然気にしないから。男だもん仕方ないよ」
如月さんは心底楽しそうにそう言う。
そんな如月さんの様子に流石の十蔵も困惑しているみたいで指で頬を掻いていた。
「それじゃあ、私は部活行ってるから。写真撮りに来るならいつでもどうぞ」
そう言い残して如月さんは立ち去った。
「あれが噂の妖精さんか……彼女、なんか凄いな」
十蔵の言葉に僕は頷いて同意するしかなかった。
※ ※ ※
休み時間や放課後に如月さんの写真を撮っているうちに、最初は訝しげにしていたクラスメイトも、だんだん当たり前のものとして受け入れてくれるようになっていった。
最近は如月さんと女生徒を一緒に取る依頼を受けることも増えている。
ちなみに、男子生徒の場合は如月のお姉さんによって、一律ににべもなく断られていた。
そんなある日の授業中、衝撃的な事件が起こった。
如月さんに初潮が来たらしく、彼女の席の周辺が血塗れになってしまったのだ。
少女と女との境で戸惑う如月さんの表情と太ももを滴る赤い一筋は衝撃的で、僕の心に深く刻まれてしまった。
流石に写真を撮るような真似は出来なかったけど、もしあの表情を撮れていたらコンクールのグランプリも取れたのじゃないだろうか?
そんなことがあって、彼女の表情や仕草の中に時々大人びた色気が混ざるようになってきた。そして、それを見た僕の中に、もやもやとしたものが溜まるようになっていた。
高校生男子として、その処理方法は心得ていたけれど、処理する度に今度は罪悪感が積もっていった。純粋な如月さんを穢してしまってるような気がして。
そして最近はクラスを問わず男子から、如月さんの写真を売ってくれないかと言われることも増えた気がする。如月さんとの約束があったから一切断わっていたけれど。
そんなある日の放課後。いつものように撮った写真を如月さんにチェックして貰ってるときの事だった。
僕はカメラを渡した後で、致命的なミスに気がついた。
お昼休みに撮った写真。中庭の木陰でに静かに佇む如月さんの写真。木漏れ日の下の彼女はとても幻想的で、とある問題さえ無ければ文化祭にはこの写真で決定しても良いくらいの出来だった。
その問題というのは如月さんのスカートの中、具体的には薄桃色のパンツが写ってしまっていた。
その事に気づいたのは写真を見返していたときで、本来ならその時点で削除するべきものだった。
だけど、消すには惜しすぎる出来だったので消すのを保留にしてしまい、そのまま忘れてしまっていたのだ。
案の定如月さんはその写真に気づいたみたいで、写真を見ている手をとめて画面をみたまま固まっていた。
「……これ、私のパンツ写ってるよね」
如月さんが僕のことを睨むような視線で見上げてくる。
「ご、ごめん! わざとじゃなかったんだ。撮ってからそれに気づいたんだけど、写真の出来が良かったから消すのに躊躇しちゃって……本当ごめん。消してくれていいから」
僕は言い訳せずにひたすら謝った。
如月さんはじーっと写真を見て、何かを考え込んでいる様子だった。
……怒らせてしまっただろうか?
その様子に僕が不安に思っていると、不意に顔を上げてじっと僕の目を見てきた。
「……これ、誰にも見せないって約束出来る?」
「え? ……ああ、もちろんだよ!」
「じゃあいいや。特別許してあげる……私もいい写真だと思うから」
「ほ、本当!?」
「特別なんだからね? これが許されたからって他にパンチラ撮ったり、この写真を他の誰かに見せたりしたら絶交だから!」
「わかった、約束するよ!」
「いつものようにデータは後で頂戴。それじゃあね」
そう言って如月さんは立ち去った。
僕の手元には如月さんのパンチラ写真が入ったカメラが残された。
……もし、彼女がこの写真を使って僕がすることを知ったらどれだけ軽蔑されるだろうか。
最近は罪悪感すら快楽のスパイスになってるような気がして、自分が卑しい人間に思えて仕方なかった。
※ ※ ※
文化祭の日、俺はクラスのメイド喫茶の撮影係に任命されていた。如月さんは超ミニのメイド服で、少しかがんだだけでスカートの中が見える際どいものだった。
「これ、アンスコだから大丈夫だよ!」
そう言って自分のスカートを自分で捲って見せる如月さんに、僕は思わず直立出来ない事態になってしまったのは仕方ないと思う。真珠色のフリルがついたかわいいそれは、どう見てもパンツにしか見えなかった。
喫茶開始からしばらくして、どう見られているのか気がついたのか、やたらと恥ずかしそうにしてたのも、なかなかクルものがあった。
ちなみに、その日のアンスコが見えていた写真は如月さんの手によって全部削除された。やっぱりダメだったらしい。
なお、翌日履いてきたブルマは如月さん的にはセーフだったみたいで、スカートの裾から見えている写真でも削除されなかった。
後日、クラス写真の注文を取ったとき、スカートからブルマがちら見えしている写真は一番人気で、如月さんはその写真に書かれた購入希望者の名前を見て苦笑していた。名前を書いた男子は女子からは冷ややかな視線を受けていて、ある意味勇者だと思う。なお、名前を書くのが嫌で、直接僕に焼き増しを依頼されることも多かったが、そちらはこれまで通り断っていた。
写真部の展示物としての僕の作品は、図書館で静かに読書している如月さんの写真だった。本を捲る雰囲気が神秘的な一枚で、先日の木漏れ日の下での写真と比べても遜色のない出来の写真だ。他の写真部員からの評判も良かった。
如月さんも妹の方の神代先輩と一緒に見に来てくれて、大判写しになった僕の作品に驚いたり照れたりしていた。
※ ※ ※
文化祭が終わって数日経ったある日、僕は如月さんを放課後の校舎裏に呼び出した。
普段はチェックの厳しい如月のお姉さんは何かを察してくれたのか、呼び出しを止められることは無く、僕は如月さんと二人で話をする事が出来た。
「如月さんのおかげで文化祭でいい写真が撮れたよ、ありがとう」
まず、如月さんにお礼を言う。
「こっちこそありがとう。いっぱい写真を撮ってくれて嬉しかったよ」
「後、如月さんのおかげでクラスのみんなと親しくなれたし」
如月さんの写真を撮るようになってからクラスメイトと話する機会が増えた。
「私は何もしてないから山崎くんの人柄だと思うよ? ……でも、きっかけになれたのなら良かった」
そう言って如月さんは微笑む。
その笑顔に、僕はいつの間にか魅せられていた。
いや、思えば最初からだったのかもしれない。十蔵にはそうじゃ無いと言ったけど、多分、一目惚れだったんじゃないかと思う。
だから、もう一度僕は勇気を出して言う事にした。
「如月さん、僕は君の事が好きだ。お付き合いしてもらえませんか?」
僕の告白に、如月さんは戸惑って視線を中に泳がして顔を伏せる。
……ああ、やっぱりか。
「……ごめん。私好きな人がいるんだ」
知っていた。写真を撮っていたからわかる。お兄さんの神代先輩と一緒に居る時の如月さんの表情は、明らかに他の人と居るときのものとは違っていた。
「……神代先輩ですよね」
僕の言葉に如月さんは目線を逸らして、少し迷った後に言う。
「……う、うん。まあ、そう……かな?」
「ありがとう……これからも友達で居てもらえるかな?」
「それは、こちらからお願いしたいところだけど……山崎くんはそれでいいの?」
「うん」
「それじゃあこれからもよろしくね……ごめんなさい、ありがとう」
そう言うと一礼して如月さんは走り去った。
残された僕はその場で立ち尽くす。
この結果は最初から解ってたことだった。
だけど、自分の中にあふれてくる気持ちを留めておく事が出来なかった。
どうしても、君が好きだと伝えたかった。
「……いよぉ、マツリ」
……何分くらい経ったのだろう?
気がついたら目の前に十蔵がいた。
ずっと、俯いていたから気が付かなかった。
十蔵は、おもむろに肩から腕を回して来る。
「……カラオケでも行くか?」
「……行く」
丁度、大声を出して発散したい気分だった。
十蔵とは、なんだかんだで気が合う腐れ縁だ。
多分それはこれからも続いていくのだろう、そんな気がした。




