文化祭二日目(翡翠の告白)
「私はあなたが好きよ、幾人……ずっと、ずっと好きだった」
翡翠は、俺が幾人であるということを前提に、俺の事を好きだと言った。
控えめに言ってとても危機的な状況だ。
自然な流れで翡翠との会話に乗ってしまった結果、もう言い逃れの出来ない状況に追い込まれていた。
「翡翠はどうして私が幾人だって思ったの……?」
俺は苦し紛れに思いついた疑問を口にする。
「私は巫女の血を濃く受け継いでいるみたいで、生まれつき人の魂が見えるの。父さんに聞いたら亡くなった母さんもそうだったみたい」
「……それじゃあ、最初に出会ったときから?」
「ええ、そうよ……引きずっていた気持ちに決別するつもりで行った幾人の葬式で、あなたに出会ったときは本当に驚いたわ。一人の体にふたつの魂なんて妊婦さん以外で初めてだったし、そのうちひとつは他でもない幾人のものだったから」
アリスとして翡翠と初めて会ったときに逃げ去られた理由が解った。葬式に行って本人が挨拶して来たら驚くどころの話じゃないな。
「魂がとても似通っている他人じゃないかって自分の目を疑ったこともあった。でも、今日のデートで確信を持つことが出来たの。私があそこまで自然でいられる相手はあなたしか居ないから……」
今日の翡翠はあまりにも自然過ぎた。今になって思えば、それは翡翠が俺のことを幾人だと知っていたからこその態度だったのだろう。人見知りをする彼女がそんな風に接していた時点で、俺はもっと警戒すべきだったのかもしれない。
『……どうしたものかね』
と、アリシアに助言を求めてみる。
『……と言われましても、今更どうしようもないと思いますよ。下手な嘘を考えるくらいなら全部話してしまった方がいいんじゃないですか?』
『……まあ、それもそうだな』
今更どうしようもないのはその通りで、何より翡翠の告白を誤魔化して有耶無耶にするようなことはしたくなかった。
「私からも聞いていい? 正直、何から聞けば判らないくらい聞きたいことはいろいろあるんだけど……」
「わかった、全部話すよ……信じて貰えるかは判らないけど」
『イクトさん、念話を翡翠さんと繋いでいただけますか?』
『わかった』
俺はアリシアとの念話が繋がるように指定を変更する。
『……聞こえますか?』
「え……幾人? ……違う?」
俺と同じ声で脳内に話しかけられた翡翠は混乱しているようだ。
『イクトさんの体にいるもう一つの魂の主でアリシアと申します。今わたしはヒスイさんの頭の中に直接話しかけています』
「腹話術……じゃないわよね?」
『流石に腹話術で頭の中に直接話しかける事はできないと思うよ』
「……幾人も直接頭の中に話しかけれるんだ」
『翡翠も出来るよ、俺がサポートすればだけど。頭の中で話しかける感覚でやってみて? これからの話はあまり他人に聞かれたく無いからこっちで会話して貰えると助かる』
「やってみる」
翡翠は難しい顔をして目をつむって念じるような仕草をした。
『あー、テスト、聞こえますかー? ……これでいいのかしら』
『うん、大丈夫。聞こえてるよ』
『それじゃあ、現在にまでの経緯を、わたしから翡翠さんに説明させていただきますね』
『細かい部分は俺も補足するよ』
それから、順を追って俺とアリシアのことを説明していった。
異世界に召喚されアリシアと出会い、一年間の冒険の末魔王を打ち倒し相討ちになったこと。日本への転移とアリシアの体になったわけ。そして、アリスとして生きることになった経緯。
一通り何もかも包み隠さずに話をした。
『……本当に信じがたい話ね』
『自分でもそう思うよ。それでも、翡翠は信じてくれる?』
『信じるわ……だけど、少し確認させて欲しい事があるの。彼女と二人だけで話せる事は出来るかしら?』
『それは、出来るけど……アリシアはいい?』
『……はい、お願いします』
『じゃあ、俺はそこでスマホでも見てるね。俺に見られてると話し辛いだろうし』
『幾人、ごめんね』
『母さんや優奈で慣れてるから大丈夫』
週に何回か俺の家族はアリシアと二人で話をしている。
その間俺は勉強したりゲームしたりスマホを見たりして時間を潰つのが常だった。
『それじゃあ、切り替えるね』
俺は、念話を翡翠とアリシアの二人のチャンネルに切り替える。これで俺にはもう何も聞こえてこなくなる。
俺は少し離れた机に移動して、スマホを取り出して視線を落とす。
だけど、俺の意識はスマホの画面には無く、これからのことを考えていた。
※ ※ ※
『……おまたせしました。お話終わりました』
気がつくと何分か経過していて。
アリシアの声で俺は現実に引き戻された。
『ヒスイさんがイクトさんにお話があるそうです』
『わかった』
俺はスマホをしまうと、元の場所に戻って椅子に座り、翡翠の正面に向き直る。
『……事情は全部聞いたわ。あなたがアリスでその体から戻れないことも全部。それを踏まえてもう一度言うわ』
翡翠の顔は決意に満ちていて、とても凛として美しいと思ってしまう。
『私はあなたが好き。私の恋人になって欲しい』
予想してたとおり、俺の性別が変わっても翡翠の告白は変わらないようだ。
だったら、俺も翡翠にまっすぐに向き合って答えないといけないだろう。
『その……翡翠の気持ちはありがたいけど……その気持ちには応えることは出来ない』
『理由を聞かせて貰ってもいいかしら? 性別が原因とは言わないわよね?』
俺の拒絶の返事に対しても、翡翠の反応は冷静だった。
『俺は男に興味なんて無いよ……そうじゃなくて、その……大切な人が出来たんだ』
さっき考えている間に覚悟はしたつもりだったけど、いざ口に出すを恥ずかしい。
『ずっと一緒に居たいって思うくらいに……それは思わぬ形で叶っちゃったけど』
触れ合うことが出来ないことだけ少し残念ではあるけれど、ずっと一緒にいられて嬉しいという気持ちの方が強い。
『……イクトさん』
『だから、翡翠とは付き合うことは出来ない。俺が好きなのはアリシアだから』
お互いの気持ちに気付きながら曖昧に濁してきた言葉。
いままで照れくさくて口に出さなかった気持ちを、俺ははっきりと翡翠に告げた。




