文化祭二日目(翡翠とデート)
メイド喫茶はその後も特に問題もなく終わった。来ると思っていなかった両親がやってきて、少し恥ずかしい思いをしたくらいだ。「アリスよ、健康的な不健全が素晴らしいな」と父さんが感想を漏らしていた。良くはわからないが、多分碌な意味ではないのだろう。母さんに頬をつねられてたし。
まあ、それはいいとして――とうとう、このときが来てしまった。
ウィソ大会の賞品についての義務を履行する……つまりは翡翠とのデートだ。
昨日は結局そのまま体の内の熱に身を任せてしまい、現状ノープランのままだった。
とはいえ、なんだかんだで翡翠だから大丈夫だろうと、楽観しているところもある。なにせ、彼女とは幼い頃からの付き合いなのだ。
一応、今朝着替えるときに下着は上下揃いで白いレース付きのお洒落な物にしてはいる。
何もするつもりも無いし、されるつもりも無いけれど。『かわいい下着にするんですね』と、アリシアには突っ込まれたりしたけれど。
あくまで念の為だ。
メイド喫茶の担当時間が終わった俺は、メイド服から制服に着替える。
少し迷ったがブルマは履いたままにしておいた。蒸れるから脱いでしまおうと思ったのだけど、翡翠と会うのに気持ちでもガードを強化した方が良いかなという思いが勝った。
……それに、昨日のような事をされて下着が少しくらい湿ったとしても誤魔化せるから。
着替え終わって、翡翠に連絡をしようとスマホを見てみるとメッセージが届いていた。「今あなたの側に居るわ」って怖いよ!?
顔をあげると、教室から出てすぐのところにちいさく手を振る翡翠の姿があった。
「お疲れ様」
「翡翠……待っててくれたんだね」
「ええ、私とても楽しみにしてたから」
「それはとても光栄だよ……それで、翡翠は何処か行きたいところはある?」
「特に考えてない。あなたに任せてもいい……?」
翡翠は基本的に受け身なところは変わってないようだ。俺と蒼汰がすることを決めて、優奈と翡翠が後をくっついてくるというのが以前の俺達の日常だった。
昨日の行動の理由はまだわからないけれど、以前とかわらない翡翠を発見できて少しホッとした。
「了解。じゃあ、とりあえず学園祭の出し物を見ながら出店巡りでもしようか」
「わかったわ」
俺達はプログラムを取り出して適当に目についた出し物目指して歩きだした。途中目についた物にふらふらと立ち寄る。
狙いをつけてもコルクがまともに飛ばない射的で、残念賞のペロペロキャンデーを二人でくわえながら文句を言う。
焼きおにぎりの屋台の香ばしい醤油の焼ける匂いに釣られて買い食い。
ひとつだけ辛子が入ったロシアンたこ焼きは、辛子入りに当たった翡翠が平然と食べていた。額に汗が浮いて頬が引き攣っていたけれど。
限定ジャンケン大会に参加。あっという間に星が無くなって別室送りになった俺を、星を大量にゲットした翡翠が助けてくれてゲームクリア。
クレープの屋台では別々の物を注文してお互い相手の物を味見する。
他にも美術部や手芸部の展示物を冷やかしたり、コンピューター部の作成した脱出ゲームをプレイしたり。
あれだけ翡翠を警戒していた事が馬鹿みたいな程に、俺は彼女との時間を楽しんでいた。
気がついたら規定の二時間なんてあっという間に過ぎ去っていて、賞品関係なしに俺は翡翠とのデートを続けていたのだった。
「んー、遊んだー」
ウィソ部の部室で二人でくつろぐ。旧校舎は昨日の大会を例外として基本的に外の人が来ることもなく休憩するにはもってこいの場所だった。
涼花のティーセットを使って翡翠が紅茶を入れてくれた。なお、使用許可はちゃんと本人から貰っている。彼女達もいつの間にか仲良くなっていた。
「こうしていると、まるで昔に戻ったみたいね」
「そうだね……」
子供の頃、翡翠とは蒼汰の次に一緒にいる事が多かった。中学生になって、男女が二人でいると周りにからかわれたことがあって、二人で遊ぶことは殆どなくなっていたけど。
「ねぇ、中学二年生のときの夏祭りのこと覚えてる?」
「あー、二人でひよこに夢中になってたら、うっかりみんなとはぐれちゃったんだっけ」
「……そうだよ。みんなとはぐれて焦った私は転げて足も挫いちゃって。せっかく着た浴衣も汚れちゃって、情けなくて、心細くて、思わず泣いちゃって……」
「たしか、その後俺がおぶって歩いたんだっけ」
『イクトさん!』
誰かと話しているときにアリシアがこんな風に割り込んでくるのは珍しいな。
……どうしたんだろう?
「そう、あなたは『俺がいるから大丈夫だ』って私を励ましてくれて、私をおぶって歩いてくれた」
何か違和感がある。
『彼女はアリスじゃなくて、イクトさんに――』
「あのとき、あなたの背中で私はあなたへの想いに気づいたの」
自然に会話していた俺と翡翠との思い出。だけど、それは俺が幾人のときのもので、アリスとしては知り得ないもので。
「私はあなたが好きよ、幾人……ずっと、ずっと好きだった」
そう言った彼女はまっすぐ俺を見て微笑んだ。
その瞳からは涙が溢れて零れ落ちていた。