文化祭初日の夜に
その後ハイテンションで無理やり空気を変えた蒼汰の頑張りによって、表彰式はなんとか滞りなく終わった。そして、丁度迎えた外部開放時間の終了と共に、残っていたプレイヤー達は校外へ立ち去った。
だが、主催である俺達はこれから後片付けをしなければならない。
片付けに際して、教室を借りていた手芸部や演劇部のメンバーも何人か手伝いをしてくれた。弱小文化部は困ったときは助け合いだから! と嫌な顔ひとつせずに手伝ってくれるのは頭が上がらない。
……さっきの表彰式を目撃した人が居るみたいで、俺や翡翠の姿を横目で見てきゃーきゃーと言われてるようだけど、気にしたら負けだ。
翡翠はそんな様子に対してもどこ吹く風で平然と片付けをしている。俺が見ている事に気づくと、見返して微笑んできたりして、俺は慌てて顔を逸らすのだった。
翡翠はいったい何を考えているのだろう……?
俺の記憶にある一年前までの彼女からは、こんな行動をとるなんて想像も出来なかった。
それとも、俺が知らないだけで、以前から彼女はその気があったのだろうか? ……流石に幼馴染の性癖なんて、蒼汰以外は知らないから自信は無い。
だけど、なんとなくそれは違う気がした。自惚れでは無いけれど、以前の彼女はそれとない好意を俺に向けてくれていたと思うからだ。
このもやもやは片付けが終わって下校してからも続いて、ご飯を食べてお風呂に入っても晴れることは無くて。俺は寝る前にアリシアに聞いて見ることにした。
『ねぇ、アリシア……翡翠はなんであんなことをしたのかな?』
『好意の表れだとは思うのですが……それが、どういった意味を持つのかは、わたしにはわかりません』
『……だよなぁ』
『ただ、気のせいかもしれませんが、彼女は何かに怒ってるようにも思えるんです』
『うん? ……ますますわからないな』
『……もしかしたら……いえ、憶測はやめておきます』
アリシアにしては珍しい歯切れが悪い物言いだった。
『まあ、明日のデートのときにそれとなく聞けばいいか……それにしてもあのキスはやばかったなぁ』
表彰式でのキスを思い出してしまい頬が赤くなる。
『あ、あれですね……わたしも、キスを甘く見ていました』
『頬だったのに……あんなに、その……気持ちいいなんて』
俺は手を頬にあてる。
生暖かくて柔らかい舌が頬を舐めまわる感触を生々しく思い出してしまい、頬が熱くなる。
『唇にされるともっと気持ちいいのかな……?』
俺は自分の唇をなぞるように触れる。
頬だけでもやばかったのに、粘膜同士が触れあったらどれだけの気持ちよさなのだろうか。
それに、もし翡翠のあの舌で、今若干切なくなってしまっている部分を舐められたとしたら……
『……あ……』
体の変化に気づいたアリシアが言葉を漏らす。
『そ、その……意識同調切りますね……』
『ええと、その……助かる』
なんだか気まずい。
今に至ってもまだ、性的な行為に対する照れはお互い大きかった。
生理の期間を除いて、就寝前に俺はほぼ毎日のように自慰行為に浸っている。その事にはアリシアも気がついてはいるのだろうけど、暗黙の了解でお互いそのことに触れないようにしていた。
『それじゃあ……おやすみなさい。イクトさん』
『ああ、おやすみ。アリシア』
アリシアの挨拶は、何故かいつもと違って寂しそうに聞こえた気がした。
だけど、もう体が熱くなってしまっていた俺は、そっちに意識がいってしまっていて、その違和感は直ぐに頭から消えてしまった。




