女になるということ(その1)
翌日、俺が目覚めたのは激しくノックされるドアの音によってだった。
「アリス! アリスっ! 遅刻するわよ!?」
その言葉で意識が覚醒した俺は、自分の格好や部屋の惨状に気がついて狼狽する。今の俺は一糸まとわぬ全裸で、着ていた衣服は周囲に散乱していた。室内には甘ったるいような匂いが残っていて、昨晩の行為の残滓が感じられる。
「私、起きたから!」
俺が応えるとノックの音が止む。
「もう、なんで鍵なんてかけてんの」
「ごめん、優奈! すぐ下りるから待ってて!」
「……わかったわ。急いでね」
優奈はそう言うとドアから離れたようで、その後に階段を降りていく音が聞こえて来た。優奈には訝しげに思われただろうけど、今のこの部屋に優奈を入れる訳にはいかない。
取り敢えずこの惨状をどうにかしないと。
昨日は未知の快楽に没頭した結果、何度目かの絶頂の末に力尽きてそのまま寝てしまったようだ。
取り敢えず枕元に用意していた新しいショーツを履いて、脱ぎ捨てられていた寝間着を着けていった。
その後窓を全開にして空気を入れ替える。爽やかな朝の空気が鼻孔をくすぐる。
その後、ぐちゃぐちゃになったベッドを整えていく。
「……どうしよう、シミになってる」
昨晩の行為の結果シーツには何箇所かシミが出来てしまっていた。けれど、登校時間が迫っている今出来ることは殆どない。母さんが気がつかない事を祈って掛布団を掛けておくことにする。
……今度からバスタオルを敷いてするようにしよう。
掛布団を整えていたときに丸まったショーツを発見した。摘んでみると、それは湿ってしまっていて重みがある。その生々しさに昨夜の快楽を思い出してしまい、思わず下腹部がきゅんとしてしまう。
俺は少しだけ確かめてみたくなり、手をそこに触れようとして――
『……あーイクトさん』
「ひゃいっ!?」
頭の中に聞こえて来た声に、俺は悲鳴をあげて飛び上がる。
『いろいろ言いたいことはありますけれど……取り敢えず早くしないと遅刻しますよ?』
『う、うん!』
俺は手にした下着を手近にあったコンビニのビニール袋に入れて机の引き出しの奥にしまう。もう今朝の洗濯機は回ってしまってるはずだ。今晩のお風呂のときにでも、洗って洗濯機に入れておくとしよう。
それから、ご飯を食べて、洗面所で準備して、部屋で着替えて、玄関に駆け下りる。
「……もう、アリスのせいで今日も走らないと間に合わないじゃない」
そう文句をいいながらも、待っててくれる優奈は何だかんだで優しいと思う。
「ごめん優奈。私夜ふかししちゃったから……」
靴を履きながら俺は優奈に謝罪する。
「変な時間に寝るからよ……体は大丈夫なの?」
「うん……ちょっと眠いけど……」
寝不足に加えて、あれやそれやが原因と思われる体のだるさはある。
「自業自得ね。じゃあ、ちょっと走るわよ」
「わかった」
正直走るのは少し辛いけど、優奈の言う通り完全に自業自得だし仕方ない、頑張ろう。
「ちょっと待って」
俺は玄関を出る前に身体能力向上(小)を自分と優奈に掛ける。
「これで少しは楽に走れるから」
※ ※ ※
登校は無事間に合った。魔法のお陰でそこまで身体に負担を感じることもなく走る事ができた。
走り始めに加減の分からない優奈が、ちょっとだけ人類の限界を超えた速度で走ったりとか、すったもんだはあったけど大したことではないだろう。
授業は穏やかにすぎていって、穏やか過ぎて眠気が襲ってくる。特に三時間目の古文の授業は強敵で、つらつらと読み上げられる古い詩を聞いていると目蓋が重みを増してきて……段々と……
『イクトさん、ダメですよ眠っちゃ……授業中ですよ』
『ん……アリシアが代わりに聞いといて』
『無理ですってば。わたしの意識はイクトさんの意識が眠りについたら一緒に眠ってしまうんですから……』
『……もうだめ』
『イクトさん、イクトさん! ……もう、先生に怒られても知りませんからね』
アリシアの声を心地よく耳にしながら、俺は意識を手放した。
※ ※ ※
――再び夢をみた。
イクトの部屋。アリシアとイクトがベッドに並んで座っていて、何かぎくしゃくと会話をしている。お互いが意識しているのがまるわかりで、何とも見ていて気恥ずかしい状態だった。
やがて、イクトが意を決して何かを言ったみたいで、アリシアは一瞬固まる。そして顔を真っ赤にして、イクトに黙って頷いた。
イクトはアリシアに口づけをする。そのままイクトはアリシアを腰掛けたベッドに押し倒して……
※ ※ ※
「……ぎ……さらぎ……如月アリス!」
自分の名前を呼ぶ声に俺は現実に引き戻される。
横の席の優奈が俺の事を揺すっている。
……やばっ
「は、はいっ!」
俺は慌てて立ち上がって応える。
「転校そうそう居眠りだなんていい度胸しているな……って、お前、それ!?」
教師の言葉で教室がざわめき出す。
どうしたんだろう?
下半身にひんやりとしたものを感じて、俺は慌てて左手でお尻を押さえる――手に触れたスカートは一部が湿っていて。
……も、漏らした!?
慌てて俺は座っていた椅子を見ると、座席が赤い絵の具を引きずったように汚れていた。想定外のことに呆然と立ち尽くすことしかできない。
何かが太ももの内側から垂れてくる感触がして俺は視線を下げる。
スカートの中から伸びた自分の足に朱い筋が一本延びていた。




