お昼ご飯は居酒屋で
純と合流した俺達四人は、駅前に向かって歩いていた。
「何か食べたい物の希望はある?」
俺はみんなに問いかける。
「ボクはお腹に溜まるものがいいな」
と、運動部っぽい要望を言う純。
「あたしは何でも良いよ」
「私も……特に希望は無いわ」
そう言う優奈と文佳。
「それじゃあ、私の行きたいお店でもいい?」
「……アリス、ちなみに何を食べに行こうとしてるのか教えてもらってもいい?」
「鶏皮丼っていう焼鳥の皮のタレ焼きと目玉焼きをご飯にのせたどんぶりがお勧めのお店だけど、どうかな?」
それは居酒屋の大将がお昼にやっているお店で、幾人だったときに蒼汰と見つけて以来ちょくちょく利用していたところだった。
『アリス、あなたねぇ……男だったときと同じ感覚で提案するんじゃないわよ』
念話で優奈からつっこみが入る。
ふむ……言われてみると女子高生が連れ立って行くには不釣り合いな気もしてきた。
「……やっぱりファミレスにしとこうか?」
無難中の無難である代案をあげてみる。
「鶏皮丼美味しそう……ボクはそれがいい!」
と、純。彼女は丼物が似合いそうだ。
「私も興味があるわ。アリスのお勧めのお店に行ってみたい」
と、文佳からも意外な返事だった。
「……仕方ないわねぇ、あたしもそこでいいわ」
優奈は溜息をついてから諦めたような表情で答える。
駅前から徒歩三分、大通りから一本入った裏通りにそのお店はある。
典型的な居酒屋で少し雑然としている外観は、鉄板焼鳥と書かれた看板に、名物鶏皮丼と書かれた張り紙、それから、ランチありますと書かれた三角看板が出ていた。藍色の暖簾が風にたなびいている。
「アリスのお勧めのお店ってここ……?」
気のせいか二人くらいドン引きしてるように見える。残り一人は目をらんらんとさせて期待しているみたいだったが。
『アリスの馬鹿、何考えてるの!? どうみても、女子高生が行くお店じゃないでしょ、ここ!』
念話で優奈が全力で俺につっこみを入れる。
「や、やっぱり、ファミレスにしとこうか……ねっ?」
優奈は文佳の表情を窺いながら提案する。
文佳は私の顔をちらりと見て、ぐっと手を握って言う。
「わ、私は大丈夫……ここにしましょう!」
「ボクはここがいい!」
二人が良いと言ってしまうと優奈は断る理由も乏しく、結局多数決で決まってしまうのだった。
……なんかごめん。
俺が先頭に立ってガラガラ音を立てる横引きのガラス戸をあけて暖簾をくぐる。
「らっしゃいませー!」
一年以上経っても変わらない大将の声がする。
「すみません、四人ですがいいですか?」
「奥の座敷にどうぞー!」
連れ立って店の奥に入る俺達。カウンターとテーブル席に一組ずつ他にお客さんがいて少し訝しむ表情をしていたが、堂々としていたら、どうということは無い。
奥側に設置された小上がりに靴を揃えて脱いで上がる。他の三人も俺と同じようにして座敷に上がる。
大将がおしぼりを持ってきてくれた。
「嬢ちゃん達みたいな娘達がうちの店に来てくれるなんて珍しいねぇ、注文はどうするかい?」
「ボク鶏皮丼! 大盛で!」
抜け目なくランチメニューをチェックしていた純が応える。
まあ、メニューは事前に説明してたし大丈夫か。
「私は鶏皮丼の小で」
以前は大盛りを頼んでいたが、流石にこの身体にも大分慣れてきたので分量は弁える。
「鶏皮丼、普通サイズでお願いします」
「私も普通で!」
オーダーが終わって主人がカウンターで調理を始める。
「焼鳥なのに鉄板で焼くんだ……初めて見た」
優奈が調理の様子を興味深そうに見て呟いた。
「大将の田舎の流儀みたい。炭火焼とはまた違う味わいで私は好きなんだ。以前、日替りで焼鳥定食を食べたこともあるけど、あれも絶品だったなぁ……」
「ところで、アリスはどうやってこの店を知ったの? ……まさかあなた一人で来たりなんてしないでしょ?」
文佳の疑問に思わず言葉に詰まる。
優奈が「どうすんのよ、知らないわよ」って、言いたげな視線でこちらを見ている。
「……そ、その……友達と一緒に来たことがあって」
俺はしどろもどろななりながら答える。
「もしかして、その友達って男……かな?」
友人二人の視線が、獲物を見つけた肉食動物のようになっている。
「そ、そうだけど……ただの友達、だから……」
「なるほど、なるほどー」
……あ、駄目だ。これ、絶対勘違いしてるやつだ。
『どうしよう、優奈?』
『勘違いさせといたら? どうせ蒼兄と来たんでしょ。別に本人に面識があるわけじゃないんだし放っといても実害ないじゃない。それに、今何を言っても照れ隠しにしか聞こえないから』
『それも、そうか……』
「で、アリスは本当はその友達のことどう思ってる訳?」
「どうって言われても、まだ、私はほとんど話したことも無いし……」
根掘り葉掘り聞かれる前にほとんど面識の無いことにしてしまう。嘘はついていない、アリスとして蒼汰と話したのは葬式のときの一度こっきりだった。
「ほうほう……じゃあ、これからってことなんだね!」
「これは、とても興味深い話を聞けたわね」
純も文佳も面白そうにしてるし、もう!
「もういいじゃない。ほら、鶏皮丼も来たみたいし、この話はおしまい!」
強引に話を打ち切ると大将が鶏皮丼をテーブルに運んでくる。
焼き鳥のタレの香ばしい匂いが実に食欲を唆る。
皆で「いただきます」と挨拶をして、食事を開始する。
焼き鳥のタレのみのシンプルな味付けだが、これがまた旨いのだ。
「……美味しいわ」
「ご飯とよく合ってていいね!」
「ほひいい(おいしい)!」
『さすがイクトさんのおすすめです! ほっぺたが落ちそうなくらい美味しいです』
皆気に入ってくれたようで、ひたすら木匙を動かす音が聞こえてくる。
皆が食事を終えて、腹ごなしに水を飲んで休憩をしていたとき、お店に新しい客が入ってきた。
「らっしゃっせー」
大将の声に入り口を見ると入ってきたのは、平山高校の制服を着た男子生徒のようだった。
彼はカウンター席に腰を下ろして鶏皮丼大盛りを注文した後、こちらの方を何気に見回して固まっていた。
「げ……」
俺も同時に相手が誰か気がついて固まってしまう。
「白いのと優奈……か? お前らがなんでこんなとこに……」
そこに居たのは、俺の幼なじみで親友の蒼汰で――噂をすればなんとやらというやつだった。
アリスとしては初対面である葬式のときに言い争って別れたっきりで良い印象は無い。
……だからって、白いのって何さ。
「アリス」
「……へ?」
「私の名前。ちゃんと呼んで、蒼汰」
「え、ああ、すまん……アリス、だったか……」
「それでいいよ。私達がここに居るのはたまたまだから……それに、もう、食べ終わって出るところだったから安心して」
「お、おう……」
「それから、今日から私は蒼汰の後輩になったから……よろしくお願いしますね、先輩」
「……お前、高校生だったのか」
「どうせ、高校生には見えないでしょうけど」
「気を悪くしたのならすまん」
「いいよ、これから成長期だし蒼汰より大きくなる予定だから」
「それは、無理じゃないか?」
苦笑気味に蒼汰が応える。
これでも、以前は蒼汰より身長は高かったんだけどなぁ……
「それじゃあ、私達行くから……みんな、もう大丈夫?」
俺は後ろを振り返って確認すると3人が頷いた。
「それじゃあ大将、お会計お願いしまーす」
「あいよ」
会計を終わらせてお店を出る。
さて、次はスイーツ巡りだ。




